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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆264 時季外れの転校生




 泣きそうになりながら家に帰った。

頭の中はもうぐしゃぐしゃで、これまで見ないようにして生きてきたものを全て暴かれたような気分で、でも白波さんの安全を考えると否定することもできない。


 私なりに、これでも頑張ってはきたのだ。

そう思っても、奈々子からすればそれは取るに足らないことになってしまう。努力はしても結果は出せていない。それは事実だ。どうしようもない真実だ。

そして、彼女にとってそれは無価値と同義だということ。


彼女ならば、私が逃げ出した悪役令嬢のポジションに収まることは容易いことだろう。元からそうであったように、見事に演じ切ってしまうに違いない。

そうして、もしも東雲先輩が本当に奈々子のものになってしまったら。そのことを考えただけで心に針が刺さったような気持ちになった。

私の持っているモノが全部奪われてしまう恐怖。今までのストーリーが破壊されてしまうことを考えただけで暗い気持ちになってしまう。


 確かに、辛いことはあった。惨憺たる出来事の前では霞んでしまうけれど、それでもかけがえのない幸せも経験してきたことは事実なのに。


白波さんは、悪役令嬢になると言い切った奈々子を眼前にしたらどう接するのだろう。ひとまず今分かるのは、奈々子はただ無能に非業の死を遂げるつもりなんかサラサラないということだ。

もしも悪役令嬢の座が他人のものになったとしたら、私という存在はこの世界にとってどのような意味を持つのだろう?

積み上げてきたこれまでは失われてしまうの?

そのようなことをずっと考えていたら、残りの休みはあっという間に消えてしまった。





 ……頭が痛い。

学校が始まったその日は朝から止まない頭痛に悩まされていて、私は仕方がなく戸棚にあった痛み止めを2錠飲んだ。

寝不足にメンタルにもダメージを受けながら、私は暗い顔で始業式をなんとか乗り切った。学校長の挨拶も殆ど上の空だった気がする。

ごめんなさい。


 クラスに戻ると、そんな私に声が掛けられた。

「よお、久しぶりに会ったら辛気臭い面してんじゃねーか」

朗らかな鳥羽からの言葉に、私は驚いて俯いていた顔を上げる。長い黒髪のポニーテールを流し、中性的で整った容貌の彼はニヤリと笑った。


「……今日は頭痛がしているのよ」

「それはそれは、お気の毒様なことで」

 大して心配しているように聞こえない。それなのに、その口調はどことなく愛嬌が含まれており、私もつられて微笑んでしまった。

この明るさは鳥羽の人柄に大いに貢献しており、彼の口からは嫌味な発言が多いわりに周囲からつまはじきにあっていないのは恐らくこの部分によるところだろう。


「そういえば、みんな聞いて聞いて! 今日から転校生が来るらしいよ」

 バレリーナのように教室で踊りながら、希未はツインテールを振り回して言った。明るい茶髪に冬の透明な日差しが透けて見える。

そんな彼女の言葉に、クラス中がざわめいた。


「て、転校生ですか!?」

 白波さんがびっくりして舌を噛みそうになる。周囲の反応も似たようなものだ。みんな、このような時期に突然やって来る転校生の存在に驚きを隠せなかった。

これを聞き、比較的常識人の鳥羽が顔をしかめる。


「こんな時期に転校生? どうせろくでもない奴なんじゃねえだろうな……」

「どうしてそんなことを云うの?」

 白波さんが目をパチパチさせる。そして、たしなめるように、


「決めつけたら可哀想だよ。何か事情があるのかもしれないじゃない」と目くじらを立てた。

「あのなあ、普通は転校生っていったら春に来るもんなんだよ。いくら学期の始めといったってこんな真冬の一月に転入してくるような奴は、何かしら事情のある奴だ……」

 鳥羽が呆れたように告げる。

自分の椅子の上であぐらをかきながらそんなことを喋っている彼氏に、白波さんはぷくっと頬を膨らませた。


「そんなことないもん」

「いーや、断言したっていい。来るとしたらどうせろくでもない野郎だ。もしくは、女!」

 やがて痴話げんかを始めた2人から視線を外してため息をついていると、私に抱き着くようにくっついてきた希未が笑いながら言う。


「でもさー、その子すごいよね! だってこの学校の転入試験って入試より難しいんだよ。どんだけ偏差値あったらクリアできるのって話ー」

 そうなのだ。

この学校に来る転校生が少ないのは、その事情もあるはずなのに。


「……そうね。もしくは、それを補えるだけのコネや財力のある人間か……」

 そこまで口にしたところで、私はふと嫌な予感を感じた。

無意識にその可能性を否定する。まさか、奈々子がこの学校に時季外れで転校してくるはずがない。そう思いたい一方で、彼女はどちらかといえば有言実行の人種だというジンクスを思い出した。


「……ねえ希未。その転校生ってもしかして女の子?」

 私の問いかけに、希未は首を捻った。


「ごめん八重、私はそこまでは知らないんだぁ……。でもなんでそう思ったの?」

「いえ、ちょっと」

 まさかこんなこと、友達に言えるはずもない。ちゃんとした確証があるわけでもないのに……。

 私が曖昧に笑うと、こめかみの辺りが強く痛んだ。





 クラス担任である柳原先生は、気のせいか少し怯えているようにも見えた。


「……では、このクラスに新しい仲間がやって来ました」

勉学に励むように激励を飛ばしつつ、当たり障りのない挨拶をしばらく話した後に、先生はそう言ってクラスの扉の方を見やった。

みんなが好奇の視線を向けると、そこからは静々と見目のいい女子が入ってくる。みどりの艶やかなロングヘアに、改造されたこの学校の制服を着用している。フリルが増量されたロリータ服をまとった彼女は、紫がかった薔薇色のルージュが引かれた唇を開いた。


「……聖百合ヶ峰女学院から来ました、日之宮奈々子です」

 にこりと意味深に微笑んだ彼女を目にした私は、息をひゅっと呑みこんだ。


――まさか、本気でこの学校に転校してくるだなんて!!


奈々子の口にした学校名に、クラス中がざわめく。それもそのはず、百合ヶ峰女学院は育ちのいい令嬢しか入れない閉鎖的な学校なのだ。

学歴としては慶水高校と同じくらいだけど、その名前のブランドとしてはあちらの方が上だとされている。

それなのにその女学校を蹴ってまでこの学校にやって来るだなんて、よほどの事情があるはずなのだ……本来は!

ガンガンと痛み始めた頭に、私の顔色が死にそうになっていると。


「では、自己紹介をお願いしようかな! うん!」

と柳原先生が冷や汗を流しながら言った。

 カツリ、と黒板の前の奈々子の革靴が乾いた音を立てる。フリルのついたスカートが揺れ、彼女は息を吸い込んだ。


「あたしは、無能と貧乏人が嫌いです」

 …………は?


「無能は他人に自分の背負うべきものを押し付けてくるし、貧乏人は根性が悪いわ。あと、ひがみっぽい人間も嫌い。弱者に見せかけた怠惰な人間も嫌い。何でも他人に責任転嫁する人間も嫌い。それでいて、守ってもらっておいて口でお礼だけして何の誠意も見せない人間も大っ嫌い!」

 奈々子は、毒々しく口端を上げる。


「それでもよろしければ、どうぞよろしくお願いします。二年B組の皆さん」

 そのスピーチに、教室中が沈黙に包まれた。

圧巻といえば圧巻。破天荒といえば破天荒。常識破りのこの内容に、誰もが困惑して目くばせをしあった。


「……これで終わりか?」

 柳原先生が恐る恐る聞くと、奈々子は微笑を浮かべる。その確認ができると、先生は何かを誤魔化すように大きな拍手をした。

まばらな拍手が奈々子に降り注がれる。けれど、大半の生徒は先ほど浴びせられた大寒波に凍り付いたようになっていた。


「それで、お前さんの席なんだが……」

 柳原先生が腰を低くそう言うと、返事を聞く前に奈々子は教室を闊歩した。……そして、やはりというべきかやって来たのは私の目の前で。


「あなた、おどきなさい」

 澄んだ声の奈々子は実に理不尽なことを私の隣の席の男子に命令した。


「……え、でも」

「八重ちゃんの隣はあたしのものだと小さい頃から決まっているのよ。早くおどきなさい。この命令が聞こえないの?」

 やがて、奈々子には反論が通じない相手だと悟った男子はその席を明け渡した。すごすごと彼がいなくなったその机に奈々子は持っていた鞄を置くと、ふっと勝ち誇った顔をして椅子に座る。


「……あの、よろしくお願いします」

 近くにいた白波さんがおずおずと話しかけると、奈々子は嫌そうに口を真一文字にした。

 鳥羽は、それ見たことかと鼻で笑った。




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