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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆263 サブパーツの彼女




 何を言っているのか理解できない。

それぐらいに衝撃の大きな内容を口にした奈々子は、ゆっくりと紅茶の入ったカップを口に運んだ。

しばらくして、ようやく私は再起動をする。


「何を……云って……」

「やっぱり信じられない?」


「…………っ」

 言おうとした言葉が消えてしまう。

まさか奈々子は嘘をついているのだろうか?

……いや、彼女にとってこんな嘘をつくメリットがどこにある? もっと騙すとしたら利口なことを言うのが筋というものではないのだろうか?

こんな骨董無形な話をして得られるものなんて……。

じゃあ、本当に奈々子は2人目の転生者なの?

そこまで考えたところで、胃の腑が冷えるような思いになる。ゾッとしている私に、奈々子は少しずつ話し始めた。


「この世界はね、あたしが昔やったことのある乙女ゲームにそっくりなの。まあ、昔っていっても前世でやったことがあるってだけだけど」

「その、前世はいつ思い出したの?」

「つい最近」

 ……となると、今までの奈々子にはゲームの知識はなかったのか。

私が考え込んでいると、彼女は角砂糖をつまみながらくすりと笑う。


「驚かないのね、八重ちゃん」

「……驚いてはいるけれど、不可思議なことで一々反応していたらこんな陰陽師だなんてやっていられないわ」

 なんとか体面を取り繕った。

――こちらも、前世の記憶を持っていることを打ち明けるべきなのだろうか。それとも、何も話さないでいた方が……。

その迷いが顔に浮かんでいたのか、奈々子は少しだけ困り顔になる。


「それでね、あたしが知っている前世の知識では、八重ちゃんのことも出ていたの」

「私のこと……」

 ドキリとしながらも相槌を打つと、

「八重ちゃんはね、『魅了しましょう☆あやかしさま!!』に出てくるライバルキャラクターの悪役令嬢だったはずなのよ」


 ……あー、久々に聞いたかな、この名前……。

緊張の瞬間だったはずなのに、そのゲームのネーミングを耳にしたら妙に脱力しそうになってしまった。

しかも、彼女が真顔でそれを云うものだから余計に何とも言えない気分にさせられる。


「悪役令嬢っていうのはね、ヒロインである主人公の邪魔をしてくるご令嬢キャラだからファンの間からはそんな愛称がついていたの。でも、実際にはアヤカシの攻略対象者を始末しようとしてくるだけであって人間サイドから見たらそこまで悪辣な存在ではないのだけど……」

「いや、普通に分かってるから大丈夫よ」

 そんなに詳細な説明は要らない。

顔を引きつらせた私がきっぱり言うと、奈々子は不気味な笑顔で首をこてんと倒す。


「……あらそおお?」

「それで、奈々子はそのゲームに出てくるのかしら?」

「残念だけど、あたしはキャラの中に入っていないわねえ」

 私の記憶にも、日之宮奈々子が登場した覚えはない。そのことに変わりがないことにやや安心していると、彼女は意味深に言った。


「でも、何となくこの世界でのあたしの役割は分かる気がするわあ」

「……役割?」

「多分、あたしは悪役令嬢になるはずだった八重ちゃんのサブパーツなのよ」

 予想だにしなかった一言に、私は表情を凍らせた。


「サブパーツって……」

「この月之宮の対を為すような日之宮という苗字といい、あたしは何のために生まれたのかなって自分なりに考えてみたの。それでね、本来八重ちゃんが埋めるはずだった悪役令嬢の空席を補てんする為に転生しているんじゃないかって予感がしたわ。

あくまでも、あたしの霊能力者的な直感だけど……」


「それって、本来の私はアヤカシたちと敵対をするはずだったってこと? それで、奈々子がその代わりをしようとしているの?」

「それがあたしの役目なら」

 奈々子は薄く微笑む。

頭の中が引っ掻き回されたように混乱している私は、声を荒らげた。


「冗談じゃない! せっかく力関係が落ち着いたのに、余計なことをしないでちょうだい!」

「でも、それも八重ちゃんがアヤカシの顔色を窺っているからそうなっているだけでしょう? はっきり云って、本来の陰陽師としては屈辱的なことよね」


「ぐ…………っ」

 そう言われてしまえば返す言葉もない。

確かに、いくら信頼関係が結ばれていると信じていても、私がアヤカシである彼らの機嫌を損ねないように努力していることは事実だ。

それを顔色窺いと切り捨てられてしまえば、それまでである。


「八重ちゃんよりも陰陽師として優秀なあたしだったら、あの学校におけるより理想的な人間とアヤカシのパワーバランスの均衡を作ることができる。アヤカシに左右されることのない陰陽師の優位性を得られるし、いわば、悪役令嬢が存在しないことによって生まれていた不具合を正しながら、大事なお友達の安全が確保されるわ」

「……それで、あなたは何を望もうというの?」

 これまで保身で頑なに動こうとしなかったのに、今更関与することによって打算的な彼女が得られるものとは何なのか。

疑いを持って訊ねると、奈々子は憂い気にため息をついた。

「……やっぱり、おつむだけは賢い八重ちゃんにはバレてしまうのね。ええ、正直に云うわ。あたしね、前世に好きだったキャラクターがいるの」

「それが本音?」


「そこは、一体誰なのか聞いてくれるところじゃなあい?」

 私は嫌な予感がする。

奈々子は、うっとりとその名を口にした。


「前に会った時は戦ってしまったけれど、東雲椿。全部が思い通りにいった暁にはあの綺麗なアヤカシを自分のものにしてみたいと心底思うわ!」

 奈々子の邪悪な言葉に、私は呼吸が止まった。

さっと青ざめたこちらに彼女は食べかけのタルトの土台をフォークで無造作に壊す。


「勿論協力してくれるわよね? 八重ちゃん……」



 ああ、

どうしてこんなことに!




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