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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆262 2人目の転生者




 傷つけてしまうことしかできない。

私たちにとって前に向かうということは、誰かを傷つけるということなのかもしれない。


時が過ぎて欲しくないと思えば思うほどに、まとまった単位で消費されていくような心地がした。


「……せんぱい」

 待ち合わせをした公園に、センター試験を受けたばかりの東雲先輩が現れる。その落ち着いた様子に、結果は聞くまでもなく分かった。


「少しは心配してくれました? 八重」

「そんなの、してない」

 気取った調子で声を掛けられ、私は思わず素っ気なく返す。

本当はすぐにでもどうだったのか聞きたい。彼の成績なら間違いなく合格できると分かってはいても、それでも不安は残ってる。

 受験には、魔が潜んでいる。

そう、何度も家庭教師から聞かされていたから。


「……どうでした?」

 上目遣いで訊ねると、


「万事、普段通りに」

と返ってくる。

その返事を聞いて、ようやく張りつめていたものが解けた。肩の力を抜くと、東雲先輩はそんな私を見てくつくつと笑う。


「何がそんなにおかしいんですか!」

「いや。だって、まるで自分のことのように緊張していたみたいだから」


「笑わないでください」

 私はむっとする。

先日から、東雲先輩は神名について話題に出さない。

気を遣われていることは分かってる。私を急かすつもりがないのも、温かく見守ってくれているのも知っている。

それでも、私のメンタルは焦っている。

早く、早くと。己を好きにならなければと。ずっとそんなことばかり考えて、落ち込んで。

そうして、自分を責めている自分を責めて。

完全な悪循環。

私独りが幸せになるなんて、許されないのに。


「嬉しいよ、そんな風に思ってくれて」

 東雲先輩は穏やかにそう言った。

このアヤカシは、こんなにも優しい。

木枯らしが寒かった。冬の屋外の冷たさは、まるで私の今の心の中のようだった。


「ほら、八重」

 東雲先輩が手を伸ばす。

一瞬ためらった後に、私は薄く微笑んでその手を掴む。


この世界は、きっとゲームなんかじゃない。

やっとそう思った。確信というわけじゃないけど、なんだかそんな気がした。

あの悪夢の意味は未だ分からない。ただの偶然で起きたものではないとは思う。

けれど、私にとっての今は、あんなモノクロな画面に映し出されているものではなくて、実際のリアルの出来事なのだ。

そうであって欲しい。そう願った。





 その日、私は奈々子に呼び出されて久しぶりにお茶を飲むことになった。

学校はまだお休みで、白波さんを見捨てた彼女に対してはこちらも言っておきたいことがあったから、丁度いい時期だった。

先方の希望により松葉は途中まで一緒に来た。何でもないように振る舞っているその姿に私は少しだけ安堵した。

真っ黒な喪服みたいなゴシックロリータを身に纏った奈々子は、日之宮の屋敷の一室で静かに待っていた。

白い肌にその装束はとてもよく映えていて、なんだか人形めいた趣で。もしかしたら、本当に式を使ってここにいるのかもしれないことに気が付く。


まさか、私が非文化的な行いをすると思っているのだろうか。

そうだとすれば、それは随分と信用されていない。


「……お久しぶり、八重ちゃん」

 得体の知れなさを漂わせた奈々子はそう言って微笑んだ。


「よくもそんな風に云えたものね」

思い切り睨みつけると。

「あら、まさか恨んでいるの? あたしはただ、危険な仕事を受けなかっただけなのに?」

 ぐ、と声が詰まる。

確かに、彼女の理屈では間違っているのはこちらだ。賢明なリスク回避をした人間をむやみに責めることはできない。

奈々子は自分の長い髪を弄りながら、親し気な笑顔を浮かべた。


「それよりもね、今日は八重ちゃんに面白い話を聞いてもらおうと思って来たの」

「……厄介ごとではないでしょうね」

 椅子に座ってから思わず牽制をすると、奈々子は感情の見えない瞳をこちらに向けた。

 ひどく虚無的な、その視線。


「あのね、あたし、実は前世の記憶を思い出したの。そう云ったら、信じてもらえるかしら」

 予想だにしなかった内容が、唐突に奈々子の口から聞こえた。


「……どういうこと?」

「あたしもね、こんなことがあるだなんて思ってもみなかったから、すごく動揺しちゃって。でも、八重ちゃんしか相談できる人はいないじゃない」

 憂い気にため息をつかれ、私は天地がぐらぐらと揺れている思いになった。

 そして、今までの常識は全て逆転される。


「――それでね、信じて貰えないかもしれないんだけど、やっぱり云うわ」

 私は息を呑む。


「この世界の本当の正体はね、ゲームの世界なのよ」

 真剣そうな彼女の話したその言葉に、私は絶句してしまった。




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