☆242 同盟を結ぼう
「ふん、どいつもこいつも……」
全く、世の中なんて当てにならないことばかり。やってられないったらありゃしない!
死んだ目で窓の外をやさぐれながら眺めている私の様子に、周囲のクラスメイトは遠巻きにして見守っている。
イライラしながら舌打ちをすると、びくっと怯えた希未と鳥羽が戦々恐々としてひそひそ声を出した。
「ど、どうしちゃったの……。あんな風に態度の悪い八重は初めて見たよ」
「普段は被ってる猫の皮が完全に真っ裸になっているじゃねーか」
うるさい。
ぎろりと睨むと、2人はあからさまに目を逸らす。
そんな私に話しかけようとしたのは優しい白波さんだ。
「月之宮さん、何かあったの?」
「……何があったも何も……」
けっ。
今はちょっと白波さんの優しさに甘えたくない気分。
「男なんて、所詮性欲で生きているようなものよねえ……」
「え?」
「一途だなんだと言ったって、手の届きやすい女に流れるのが世の常ってこと? あんだけ恋だの愛だの信じろと云っておきながら、これって酷くない? ねえ、そう思わない?」
「え、ええっと……」
私の空ろな発言に、白波さんの目がキョトンと丸くなる。冷や汗も若干かいているようだ。凄んだこちらのオーラに小動物みたいに震えだした。
「白波さんも気を付けた方がいいわよ。男なんて所詮当てにならない生き物なんだから。あなただって、いつまた鳥羽に裏切られるか分かったものではないわ。これからの時代は女も自立するべきよ」
「そ、そうなんですか!?」
ボソボソそんなことを怯えた白波さんの耳に囁いている私の言葉に、鳥羽の目が据わった。
「とばっちりを食らわせるなよ、月之宮」
「あら、間違ったことは云ってないとは思うけど?」
ツンとソッポを向いた私に、教室の奥で何者かが音を立てて起立したのが聞こえた。椅子を跳ね飛ばす勢いで、遠野さんが移動をする。そのまま、私の席まで黒いオーラをまき散らしながらやって来た。
「……そう……男なんて当てにならない」
低い声で、遠野さんは陰鬱にそんなことを言いだす。
「……月之宮さんの云う通り」
ふふ、ふふふふ……、と彼女は不気味に笑っている。世に災厄をもたらす暗黒の魔女になったようだ。
それを見た希未が、慌てながら私たちに話しかけてきた。
「ね、ねえ! 2人ともどうしちゃったのさ!
一体何があってそんなことに……」
「何があって、ですって?」
思い出すだに忌々しい。
私と遠野さんは交互に口を開いた。
「浮気されたのよ……」
「……そう、浮気をされた」
「白くて冷たくて」
「……巨乳で」
「腰はきゅっと細くて」
「……恥ずかしいぐらいの服装で」
「髪は少し短くて」
「……灰色をしていて」
「「東雲先輩が(柳原先生が)、そんな破廉恥な女と浮気をしていたの!!」」
……あれ?
私が思ったことそのままな合いの手がかぶさってきたことに、流石の怒っている頭も正気に返った。
みんなも同じことを疑問に感じたようで、微妙な表情を浮かべている。
すごく言い辛いものを指摘する形で、白波さんがおずおず桜色の唇を動かした。
「あの……、もしかして、2人とも同じことを云っているんじゃないかなって……」
遠野さんは、その言葉に三つ編みをばっと翻した。
彼女の黒い両目がだんだんと焦点が合ってくる。少しだけ怒った口調で、こんな風に言われた。
「……月之宮さんも、まさか?」
「まさか、遠野さんの柳原先生まであの女と浮気したというの?」
衝撃の展開だ。
こんなことってあるのでしょうか。
一瞬冷めてしまった頭が、それはそれで熱くなってくる。
東雲先輩だけではなく、柳原先生にまで手を出していたとは、なんて好色な女だというのだろう!
「……月之宮さん」
じっとこちらを見上げてくる遠野さんは、ちょっと本気の声色で、
「いっそのこと、残った私たちで付き合いませんか」
「ん?」
なんでそんな発想に至ったのかしら?
私の怪訝な顔つきで答えは分かったらしい。少し頬を赤くした遠野さんは口端を吊り上げて言った。
「……冗談。いえ、冗談じゃないけど、間違えた。
私たちで、同盟を結びませんか。と言いたかったんです」
「同盟?」
「……このままあの女の好きなようにされるなんて、悔しい。敵が誰なのかを調べて、先生と生徒会長に土下座をさせる――絶対、させる」
「……なるほど。それは……」
思案した私に、希未が焦った声を出す。明るい茶髪のツインテールをふりふり、
「そんなことしなくても、東雲先輩を信じてあげようよ! 八重! あの先輩が浮気なんて考えるわけないじゃん!」
「それは……すごくいいわね」
「ちょっと八重ったら!」
遠野さんの誘いは、渡りに船のように思える。
私に本気で謝罪してくる妖狐のことを想像したら、心の中で満足するものがあった。傷つけられた自分のプライドも癒えそうだし、何より今度こそ東雲先輩に私への愛を誓わせるのだ。相手がそこまで真剣に謝ってくるなら、許してやらないこともない……し……。
「うわあ……マジで怖え」
断片的な情報を聡い頭で繋ぎあわせた鳥羽がボソッと呟いた。その言葉に、私たちがすごい形相で睨みつけると、意味深な表情で目を逸らす。
「さ、俺たちはあっちに行ってるか。白波」
天狗はそそくさと恋人の手を引いて、迷惑な火種が飛んでくる前に避難しようとした。白波さんは目を白黒させていたけど、私には彼らを追うつもりはない。
逃げる者は逃げればいい。標的はあちらではないのだ。
「一緒に協力してあの女の正体を突き止めましょう」
にっこりと冷え冷えとした笑顔を浮かべると、東雲先輩を擁護していた希未は潰れた蛙のような声を上げた。




