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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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★間章――遠野ちほ




 ……眠い。

三日ほど前に夜通し栗村さんの家で女の子トークをしていた結果、彼女、遠野ちほは数日経った今でもいささかの眠気と気だるさを引きずることとなっていた。


ようやく週末になった日曜日の現在、美容院にヘアカットに行く予定があった遠野は、少しばかりいつもよりもオシャレをして家を出た。

個人的に思うことだが、散髪、と愛想のない表現をしてしまうより、ヘアカットと横文字カタカナの響きを使う方を彼女は好んで用いる。なんの都合かって、女子力的な問題だった。


 伸ばしている髪は切らない。

白波小春や月之宮八重の容姿の端麗さに比較して、遠野ちほは平凡な見た目をしている。もう少し鼻が高かったら、とか、二重だったら良かったなあとか思うことはつらつらあるけれど、せめて自分で努力できる範囲の髪の長さくらいはこだわっていたいと願っているのだ。

そんな風に気を使って手入れをしているのに、髪型を三つ編みにしてしまうのは彼女の卑屈さの表れでもある。優等生らしさを演出していたはずなのに、ちっともそうなれないことが歯がゆくもあり、けれどそんな矛盾した自分のことは以前ほどは嫌いではない。


 ……柳原先生、髪を切ったら気付いてくれるかな。

もしかしたら、みんなに隠れて褒めてくれたり、そこからバラ色の展開になったり……したり? ……しちゃったり?


そんな広がっていく妄想に遠野はぽっと頬を染めて、人の行き交う往来でいやんいやんと身体をくねくねさせた。


 恐らく、彼女の思っていることはほぼ99%現実化しないだろう。日々の雑務に忙殺されているというよりは、柳原は元からそういう気の利く男ではない。

けれど恋する乙女にとってそういう都合の悪い現実はスルーもしくは黙殺してしまうのが世の常だ。


 ぽわん、とピンク色の考えが浮かぶ。

……もしかしたら、そのままお付き合いとかが始まっちゃって、それから怒涛の展開で夜の渚でプロポーズとかされちゃって、子どもは一姫二太郎で先生に似た子を三人は産んで……。

くどいようだが、彼女はアヤカシに子どもが殆どできない事情を知らないのだ。……もっとも、それを知ったとしても新たに家族計画を見直すだけであろうが。


 頭の中をお花でいっぱいにさせながら、遠野ちほは明るい気分でスキップをしながら美容院に向かう。

そんな浮かれた少女を不信の目で眺める通行人のことは気付かない。今の歩き方は普通に不審者の類になっていることも、気付かない。


「…………あれ?」

 そんなことをしていたら、気付けば道を間違えていた。

どこの通りを一本間違えたのか……慌てて周囲を見渡した少女は、視界にまさかの人物が飛び込んでくる。

ぼさぼさのグレーの髪にポロシャツとジャージのズボンを履いた柳原と、身ぎれいにまとめた服装の東雲椿が街角に立っているのを発見したのだ。

 なんという偶然!

遠野の瞳に星が輝く。

意中の男性を見つければ、世界がきらめき眩いばかりの光に包まれる。声を掛けようか、掛けるまいか。そんなのは決まっている。この出会いは運命だ。そうに違いない!


「……やっぱり先生と私はどこでも結ばれるさだめ」

 完全に偶然の出来事を都合よく曲解しナチュラルに捻じ曲げた遠野ちほは、口端を緩めて微笑した。

白金髪の妖狐のことは苦手だけど、そこは目に入れないようにすれば問題ない。余計なものを排除して、今日の予定を美容院からデートに変えてしまおう。


 ああ、なんだか先生の存在によって空気までもが美味しくなったような気がする。

すーはーすーはー、すーはーすーはー、すーはーすーはー、すーはーすーはー。

こんな距離から息を吸っても柳原の体臭は吸い込めないだろうが、そこは気は心というもの。

息をはあはあさせながら、一点を凝視しよだれを拭きとった遠野の怪しい行動に、道行く子どもが怯えた顔で走り去る。

純粋な幼児が対面するには、いや、人類が直面するにはまだ早い変態だった。


「……よし、心の準備は、できた」

 勇気を出して話しかけよう。

いざ、そう心に決めた遠野ちほの目が、ある存在を見つけて見開かれる。柳原と東雲の二人組と対話している1人の女性の姿を見つけたから。


 アッシュグレー色をしたワンレングスのロブヘアーに、触れれば冷たそうな白い肌。ふっくらとしつつグラビアモデルのような弾力のある色気抜群の身体をした、泣きぼくろの印象的な美女が親し気に彼らと接していたのだ。

 年齢は、およそ二十代。

服装は、破廉恥としか表現できない。

大人の色気たっぷりにしなだれかかろうとしている正体不明の美女に、遠野の持っていた自信がガラガラと崩れ去る。


「……誰?」

 恰好はいただけないものの、柳原や東雲の隣に立つにはすごく釣り合った見た目をしている謎の女。

それだけでも胸が痛くなってしまうのに、あろうことか柳原は呆れながらも親愛のこもった眼差しをその女に向けている。

なんで、なんで。

消えていく柳原と東雲と美女の背中を見送りながら、遠野はぎりりと親指の爪を噛んだ。


「浮気なんて、ゆるさない……っ」

 徹底抗戦。開戦の狼煙が上がる。

恋とは、戦って勝ち取るものだから。




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