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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
255/361

☆240 女子だけのお泊り会




 やがて泣き止んだ希未は引っ付き虫となった。

この騒ぎに呼ばれて駆け付けた柳原先生は、深々とため息をついて言う。


「この状態じゃ授業も受けられんだろう。早退の許可を出すから今日はさっさと帰りなさい。親御さんへの連絡は必要か?」

「いらない……」


 希未はふるふると頭を振ってそれを拒んだ。

彼女の目は泣き腫らしたウサギのように真っ赤になっている。先ほども少し赤かったけど、それをはるかに上回る充血さだ。

希未は、父親との折り合いがよくないのだろうか。少し不安になった私の耳に、こんな声が届く。


「今日も仕事で忙しいと思うから、帰って来ないし……」

 不思議と、希未の言葉に嘘が混じっているような気がした。どう説明したらいいのか分からないけれど、直感的なものだろうか。


「あら、以前もそんなことを云ってなかった?」

「……う」

「まあいいわ。親子関係に口を挟めることではないのはこちらも同じだし」

 もしかしたら、希未の父親は余り褒められた人物ではないのかもしれない。仕事仕事で家庭を顧みないだけならまだしも、よそに隠れた交際相手がいるとか。毎夜のように飲んだくれているとか……。

考えると嫌な妄想ばかりが広がっていく。

確かに私は希未のことを何も分かっていない。彼女の家庭環境に関しては、長く付き合いがあるというのに無知も同然だ。


「じゃあ、帰りましょうか」

「え?」


「何? どうしてそんな怪訝な顔をしているの?」

 私が照れくささを隠さずに問いただすと、希未は口を酸欠になった魚のようにパクパク動かす。「だって……今のセリフはまるで八重も一緒に帰る、みたいな……」と呟かれたので、髪を振り払いながら応えた。


「しょうがないから、今夜は一緒に居てあげるわよ。家の中、散らかしてはいないわよね?」

「ええ!?」

 驚き半分、嬉しさ半分といった具合に彼女はすっとんきょうな声を上げる。それを聞いた白波さんが、目を輝かせて自分も立候補した。


「私も! 私もお泊り会に参加したいです!」

「……私も、それに同じく」


「お前らなあ……」

 鳥羽がやれやれと疲れた表情になったが、その先は続かない。こうなったら苦言を申しても無駄だと身体が覚えているのだろう。


「おー、そうか。じゃあ月之宮と白波、遠野は栗村のことをよろしく頼むわ。面倒見てやって」

「ちょっと待ってよ! うちにそんなに布団ないって!」

 悲鳴を上げた希未に、私は落ち着き払って告げる。


「なら、届けさせましょう」

「何を!?」


「寝袋に決まってるじゃない。この流れで他に何を……ああそうだわ。店屋物でも一緒に山崎にお願いしておく?」

「どうせならみんなで作りましょうよ! アクアパッツアとか!」

 白波さんがぴょこぴょこ跳ねながらそう提案したのでおもむろに頷くと、頭痛を感じ始めた希未がフラフラうずくまる。

どうしたのかと顔を覗き込んだら、耳まで赤くなった友人の珍しい姿が見えたので、私は彼女の小指と自分の小指を絡めてあげた。





 ということで、時間を早送りする。

みんなで盛り上がりながらスーパーで食材を買い、山崎さんの運転する軽自動車であっという間に希未の住む小さなアパートへ到着。案の定というべきか部屋中に散乱している洗濯物や溜まった食器などを片付け、女の子スキルの高い白波さんがホットプレートで鯛を焼き、オリーブオイルを回しかけ煮込みながらアクアパッツアを作り、突発的に始まったお泊り会の余興に色んな具や生地とたこ焼き器を折りたたみテーブルに広げる。

 組み合わせがおかしい? そんなのは問題にならない。和洋折衷というやつだ。


 こんなことをやっていれば希未の強張っていた表情筋も自然とほぐれてくる。少しずつ会話を交わしながら、泣きっ面が笑顔に変わっていた。



「……やっぱりたこ焼きにはキムチチーズ、これ正義、絶対」

 箸を光らせた遠野さんの言葉に、希未がのんびりと言う。


「それってタコヤキのジャンルに含めていいものなの?」

「……誰が認めなくとも私が認める。世界が刃を向けようとも、たこ焼きで一番おいしいのはキムチチーズ」

「ぞりゃ美味しいとは思うけど……」

 むぐむぐタコヤキを頬張っていた希未が、隣の白波さんの出すオーラにびくっとする。いつになく真剣な表情になった白波さんがカッと目を見開いた。


「いいえ、この世で一番おいしいタコヤキさんはキムチチーズではありません……。恋人のような甘さと出所したてのシャバの空気のようなしょっぱい生地が出会った――、

チョコタコヤキ! 私はこれが一番美味しいと思うです!」


「ああ、いつの間にチョコなんか具に投入したの!? なんだか熱で溶けてダークマターみたいなことになってんだけど!?」

 綺麗だったはずの機械にへばりつくチョコの焦げた匂いに、希未が気が付いて嘆く。


「大体キムチもチョコも機械が汚れるんだってば! もっと落ち着いて作ればいいのに……」

「意外ね。希未の口から『落ち着く』だなんて言葉が聞けるなんて」


「ああん? 私に喧嘩でも売ってるの、八重!?」

 別にここで第二ラウンドを始める気はない。

無言で暗に意志を示すと、希未はくすくすと笑い始めた。


「ちなみに、私は今日のセレクトではカレーソーセージが一番好き」

「誰かタコのことを思い出してあげましょうよ。本家本元なんだから」


「いーんだよ、庶民の家庭でやるたこ焼きなんて、三割くらいしかタコが用意されないのが普通なんだから。後は安い具でかさ増しするのが楽しいんだって」

 ……そういうものなのか。

視界の中央では、せっせと好きな魔たこ焼きを量産している遠野さんと白波さんがいる。たこ焼き器は赤と黒で汚れ、地獄の様相を呈してきた。


「少しは私の分も焼けー!」

 希未が慌てて叫ぶと、2人は舌をちょろりと出す。

なんだかテンションが高いと思ったら、いつの間にやら一緒に購入されていた缶チューハイの空き缶が転がっていた。

希未ったら、いつの間に酒なんか飲んでいたのかしら。

そろそろいい匂いがしてきたアクアパッツアの味見をすると、口の中でほろりとほぐれた鯛の身がその旨味を醸し出している。

これは確かにお酒が欲しい味だ。白波さんの料理上手さに唸りながらも、飲酒の誘惑に抗いながらみんなで箸を進める。


 珍しく遠野さんまでが白波さんを褒めたたえ、みんなで雑魚寝同然になりながら寝袋を敷き詰める。


何故かこのアパートには一緒に暮らしているという父親の生活感がない。まるで女子だけで一人暮らしをしているような間取りだ。実は父親が最初からいないのだ、と嘘をつかれてしまったら、簡単に信じてしまいそうなくらい。

一番最初に眠りに落ちたのは希未だった。色々疲れていたのだろう。酒の効果もあって洗い物をする頃には瞼が閉じていた。



「栗村さん寝ちゃったねー」

 遠野さんはお風呂に入っている。そういえば、明日も学校なのに私たちは誰も宿題をやっていない。朝になったら大変なことになることを理解しているくせに、怠惰が顔をのぞかせている私は教科書とノートを開くつもりになれなかった。


「そうね」

「ねえ、そういえばさ。月之宮さんと栗村さんってどうやって出会ったの?」

 白波さんの問いに、私は瞬きをした。


「どうやって……そうね。そういえばその話をしたことがなかったわね」

「是非知りたいです!」

「そんなに大した出会いじゃないのよ。私、高校では友達を作る気がなかったんだけど、何故か向こうから話しかけてきたのよね」


「なんて?」

「希未は、『入学したてでまだ友達がいないなら、私なんかすごくいい人材だと思うなー』って売り込んできたのよ。だから私は、『あ、そう』って返してやったの。そしたら、いつものように笑顔で私の後をカルガモよろしく付きまとうようになったわ」

「く、栗村さんメンタル強いね……」


 私にはできないかもです、と呟いた白波さんは自覚していない。かつて彼女が私に殆ど似たような迫り方をしていたことを。

 そうだ。思えばあの頃は希未と友人になる予定はなかったのだ。

それがいつの間にやら親友といえるような関係に落ち着くことになったのだろう。懐かしい思いになりながらこれまでの月日を振り返っていると、白波さんが微笑んでこちらに訊ねる。


「月之宮さんは、栗村さんのことが好きですか?」

 私の瞼の裏に、ツインテールをなびかせた制服を着た少女の姿が鮮やかに蘇る。口端を吊り上げた彼女は、いつでも私の名を嬉しそうに呼ぶ。

『――八重!』


それを思い出した私が、まつ毛を伏せて、

「無二の友達だと思ってるわ」


「羨ましい。妬けます。ちょっとだけ」

「白波さんのことだってそう思ってるわよ」

 そんな会話を交わしていると、誰かが不意に私の洋服の裾を引っ張った。振り返ると、そこにはいつの間にか寝ぼけ眼の希未が立っている。


「わあ!? 希未!」

「すっかり寝ちゃってたー、喉乾いた。水ちょうだい」

 今の会話、どこから聞かれていたのやら……。ドキドキしながらコップに入れた水を差し出すと、希未はまだ眠そうにそれを飲み干す。

その時の仕草がどことなく野生の獣のように思えて、私は希未の横顔をどこかで見かけた何かに似ているような気分になった。

しばし見つめているうちに、脳内で過去の映像がリンクする。


「あ……」

「何? 変な声出して」

 声を洩らした私は、なんでもない、と誤魔化す。

まさか言えるわけがない。

目の前の女子高生、栗村希未の姿が昔餌をやっていたタヌキに酷似するものを感じただなんて、そんな戯言。


「……だから、友達になったのかな」

 懐かしいような、切ない気分を味わいながら苦笑すると、希未と白波さんは首を捻ってキョトンとしていた。

なんでだろう。2人には、まだ言う気になれない。

もうちょっとだけ、秘密にしていよう。




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