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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆239 嵐の終わり




 体育の時間、先生から2人ずつペアになるように言われた。いつもだったら希未と組むその時間を、私は白波さんと過ごす。(私と一緒になるのを狙っていた遠野さんは別の子と組むことになり、それはそれは悔しがった)

ストレッチを終え、ペアからあぶれた状態となっている希未が赤い眼をしていることに気が付く。こうなっては、意地が悪いのは彼女なのか私なのか定かでない。


「まだ仲直りするつもりはないのか?」

 休憩時間にため息交じりに問いかけられ、私は言葉に詰まる。

この状況で誰のことを問われているかは分かっている。顔を赤くして何秒か沈黙した後、私はふいっと視線を逸らした。


「それは……」

「まさかこのまま絶交でもしちまうつもりか? 流石にそれはないんじゃねーの?」

「よりにもよってアンタに云われたかないわよ!」


 秋の事件の元凶だった鳥羽に無造作なことを言われ、思わず叫んだ。声を上げてからしまったと我に返る。近くにいた白波さんの顔色がない。


「お前……」

 理解できない、といった風情で鳥羽が面食らう。

違う。ここで父親を亡くしたコイツに感情をぶつけてしまうのは間違ってる。そんなこと頭では分かっているつもりなのに。

それなのに、理性では抑えきれない部分が、私の情けない部分が、攻撃的な刃となって剣先をきらめかせてしまう。

どうしてこんな態度をとってしまうのだろう。

あっさり水に流せれば、もっと楽になれるはずだったのに……。


「月之宮さん」

 白波さんが、冷え切った私の手をとった。真剣な彼女の表情に、息を呑んでしまう。濃く淹れた紅茶色の瞳が迷えるこちらを真っ直ぐに見つめ、僅かに微笑んだ。


「月之宮さん、栗村さんとそろそろ仲直りしましょう」

「でも……」


「何が原因かは知らないけど、このままでいちゃダメだよ。それは、月之宮さんが一番理解できているはず。いつもより一緒に居られて私は嬉しかったけど、やっぱりみんなで一緒の方が自然です」

「…………」

 それで、白波さんはそれでいいの?

あなたは自分が、その命の危機に切り捨てられそうになったことを知らないのよ。

もしもそれを知っていたならば、今と同じことは……。

そこまで思考したところで、私はハッと気が付いた。白波さんならば、その事実を既知のものだったとしても同様のことを言うのかもしれない、と。


 その事実は、私の心を大きく揺らがした。

そうだとしたのなら、私はなんの為に希未と喧嘩しているのだろう。白波さんが気にしないというのなら、そろそろ許してやるべきではないのか。

……でも、人の生き死にの問題は許す許さないの次元で取り扱っていいことなのだろうか。そんなに簡単に、私は希未の発言を扱っていいのか。

行きはよいよい帰りは怖い。

私はどうにも希未に歩み寄るのが怖かった。


「月之宮さん、私は、いきすぎた喧嘩はイジメと同じだと思います」

 白波さんは、こちらに咎めるような目を向けてきた。


「そ、そんなこと!」

「さっきのグループ分けで栗村さんを1人にした月之宮さんは、イジメをしていたようなものだと思うよ」

 青ざめた私の顔色に、白波さんは腕組みをした。そんな光景を見た鳥羽がニヤリと笑ってからかってくる。


「はーん? それとも月之宮は喧嘩の始末をつけることもできないような弱虫だってことか?」

「違うわ! そんなことあるわけないじゃないっ」


「なら、栗村と仲直りするな?」

 言質をとられた私は黙り込む。けれど、ここで逃げたら今度は白波さんが私に軽蔑をすることになるだろう……。

それは嫌だ。

お仕着せがましく白波さんの為に喧嘩をしたとは言えないけど、どうして私が悪者みたいになっているの?

それはあれかしら。私が悪役令嬢だからなのかしら。

ぐぐ……っと、唸っていた私は、若干の罪悪感と共にやがて白旗を上げる。


「いいわ……、分かったわよ」

 手に持っていたバスケットボールを投げながら呟くと、顔を明るくした白波さんの嬉しそうな顔と鳥羽のガッツポーズが視界に移った。




 白波さんの主導で、私が昼休みに希未と仲直りをするという計画が立てられ、すみやかに実行に移された。

まず、遠野さんが希未を誰もいない空き教室に呼び出し、そこで真意を聞く。もしも反省していたり、しょげているようなら、そこで教卓の中に隠れていた私が姿を現し、喧嘩を中止するという立案だ。


「……つまり、私は超重要人物。どんな手を使ってでも栗村さんを泣かせてみせる」

 遠野さんが真面目な顔でとんでもないことを言っている。そういう問題ではない。


「おい。コイツを頼ってる時点で失敗しそうな気がするんだが」

 鳥羽が目元をひくひくさせながら嫌そうに呟く。白波さんが困り顔でうーん、と首を傾げ、私はため息を吐いた。


「希未がこんな程度のことで早々泣く訳ないじゃない」

 むしろ、一層関係がこじれる心配が先だ。

遠い目でそう言った私に、白波さんは「柳原先生に頼んだ方が良かったかなあ」とより現実的な案を出す。だが、時すでに遅し。遠野さんはやる気だ。


「……私としては月之宮さんの親友ポジションが空席になるのは喜ばしいこと。……しかし、真の愛情というのは、報われなくてもひそかに尽くすことだと思う。私としては、ここで仲裁役として暗躍してまっとうにポイントを稼ぐことこそ最良と考える」

「まっとうな人間はそーいう変な考えはしねえよ」

 三つ編みの黒髪を弄りながらくねくねと身もだえしている遠野さんに、鳥羽が蔑んだ眼差しを送った。


「……じゃあ、私はこれから栗村さんを呼び出す。月之宮さんは、そこの影に隠れていて」

 校舎から昼休みの生徒が次々と吐き出される中、合図と共に私と白波さんは身を潜めた。廊下から賑やかな声が聞こえ、それと対照的にこの教室は静かだ。

やがて、ラインの通話機能で呼び出された希未の足音が近づいてくる。ガラリと不機嫌に扉を開け、ツインテールを翻して教室の内に入ってきた。


「こんなところに呼び出して、何の用?」

 苛立っているのが丸わかりの口調だった。

その高圧的な態度に、遠野さんは怯える様子もない。


「……月之宮さんのことについて、話があって呼び出した」

 私の名が出た瞬間、希未の眉がぴくりと動く。表情は変わらないものの、ぐっと何かを堪えるように後ずさる。

それに対し、遠野さんは淡々としたものだ。


「……そろそろ栗村さんも仲直りをしたい頃なのではないかと思った」

「うぐ……」

 遠野さんの言葉に、希未が揺れる。


「べ、別に部外者のアンタに関係あることじゃないし?」

「……私はそうは思えない。原因は知らないけれど、2人のどちらかが歩み寄らないとこの喧嘩は終わらないと思う。栗村さんは、月之宮さんが怒っている理由をちゃんと理解できているの?」

「八重が怒っている理由……」

 小さく唇を動かした希未は、少し切なそうな表情になる。


「ねえ、もう八重はさ、私のことなんか必要ないんじゃないのかな」

「え?」

 遠野さんが瞬きを返す。

唖然とした私たちに、その場にしゃがみ込んだ希未は弱音を洩らした。


「今までは他の友達がいなかったから私と仲良くしていただけでさ、本当はもう私の存在なんて要らないってことなんじゃない?

最近では白波さんとか遠野さんとかもいるし……こんな私と一緒にいることなんてないんだよ、きっと」

「……そんなことはない。栗村さんは月之宮さんの親友だっていつも自分で言ってた」

「だってさ。やっぱり違うんだよ。どんなに真似ても本物には敵わないんだよ。自分だってそんなこと……分かって……」


 何を言っているのかは分からないけれど、すごくしんみりとした空気だった。

 私はその言葉に無性に腹が立った。

理解できているようで、希未は私が何に怒っているのかまるで分かってやいないのだ。今すぐ飛び出してしまいたいのを我慢していると、遠野さんがきつい言葉を投げかけた。


「……それじゃあ、栗村さんは諦めるの」

 歯ぎしりをした遠野さんが、しゃがんだ姿勢の希未の肩を掴む。呼吸が止まりそうになった希未に向かって叫んだ。


「……私だって、いつも元気で明るい栗村さんに敵わないっていつでも思ってるのに、こんなところで月之宮さんから逃げるの!?」

「…………っ だって」

 その先をどう続けようとしたのか、私は知らない。けれど、口端を歪めた希未はポロポロ涙を零し始めた。


「無理だよ……」

「――無理じゃない!」

 業を煮やした私が、白波さんの制止を振り切って姿を現した。こちらの方向を見た希未が、絶句して言葉を失う。


「……説明しなくても通じ合えるとか、そう思った私が馬鹿だったみたいね。私が今回なんで怒ったのか、てんで分かっていないじゃない」

「…………八重だって……」

 私はうろたえる。くしゃ、と希未は顔を崩し、号泣しながら吐き出した。


「八重だって、あたしのことなんか何も分かってない……!」

 まるでここだけスコールで土砂降りの雨になったような泣き方だった。苦しくて、苦しくてたまらないのをようやく吐露したような、そんな叫び。


「え、ちょっ」

「ここで逃げたら怒りますよ」

 思わず後ずさろうとした私に、冷ややかな笑顔を浮かべた白波さんが逃げ道を塞ぐ。いつの間にか鳥羽も頭痛を堪えてやって来た。

小さな子供の世話は苦手だ。ましてや、火がついたように泣いている幼児の世話をするのは、もっと不得手。それなのに、今の希未ときたらそれにすごくよく似ている。

どうしたらいいものか悩み、うろたえ、とうとうため息をついた私は泣いている彼女の頭をゆっくりと撫でて、落ち着くまでに休み時間の全てを費やした。

こうなっては、私だけ怒ったままというわけにもいくまい。


「しょうがないわね……」

 怒りもこの大雨の前では鎮火することになった。




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