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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆233 手土産を選ぼう




 女子は一般的に買い物が長いと言われる。些細なものを選ぶだけでも、時間をかけてついついじっくり選んでしまうらしい。

私は気性的に短時間でぱぱっと済ませてしまうタイプだけど、白波さんや恋する乙女の遠野さんの場合……。


「悩みますぅ」

「……悩む」


 必然的に、お見舞いの前に立ち寄った商店街でこうして難民になってしまうわけだ。

 唇に指を当て、遠野さんが呟く。


「……抹茶餡もいいけど、粒餡も捨てがたい……。カスタードも定番だし……」

「遠野さん、遠野さん、このお饅頭も美味しそうだよ」

 白波さんがキャッキャと和菓子屋さんに飾られているベーシックなクルミ饅頭を指さして提案している。それに対し、遠野さんはぐむむと考え込んだ。


「でも……、そういったものはもうお見舞いで貰っている可能性が高いと、思う……。どうせなら、意外性を狙った方が……やっぱりさっきの店に引き返して最初から検討を……」

「ええ!? せっかくここまで歩いてきたのに!?」

 商店街の入り口まで戻れと!?


「……いっそのこと、甘納豆とかもいいかもしれないし……いや、逆にあざといシンプルさで勝負のたい焼きという手も。でもでも、しょっぱいお煎餅も捨てがたい」

「さっきからぐるぐるループしてるじゃない。せめて片手の指の数程度に候補を絞りましょうよ」

 私が呆れてそう言うと、遠野さんは頬を赤く染めて更に考え込んだ。

多分、柳原先生としては貰ったものが何であれ好意が込められていれば純粋に喜んでくれると思う。その旨を説明すると、

「……それでも、やっぱり本心から喜んでもらわなきゃ意味がない」と文学少女は頑なに主張を曲げなかった。


 浅く息を吐き出した東雲先輩が、サラリと白金髪を耳にかけながら身を屈める。そうして、私のすぐ間近でこう囁いた。

「普通、定番は羊羹ようかんとかではないでしょうかねえ。水羊羹やゼリーなら、小包装で食べやすいでしょうに」


 きょ、きょきょきょ、距離が近い!

すぐに手を伸ばせば触れそうな間隔に接近され、私は胸が早鐘を打つような思いになった。肩の付け根がきゅっと縮み、横を直視することができない。

なんでだろう、こんなに彼を意識してしまうなんて……っ


「……そういう、すでに貰っていそうな物に興味はないです」

 遠野さんがツンと東雲先輩の助言を切り捨てる。それを聞いた先輩のこめかみがひくりと動くが、大人の忍耐力でどうにか我慢をする。


「遠野さん、やっぱりお饅頭にしようよ。すごく美味しそうだし、お値段もお手ごろだよ」

 白波さんの言葉に、私が言う。


「あら、値段なんか気にしないでいいのに。私、ブラックカードも現金も持ってるんだから」

「八重……」

 どうやら今の一言は空気が読めていなかったらしい。東雲先輩が微妙な表情となると、遠野さんがボソボソ喋った。


「……それじゃあ意味がないです。私からのお土産にならない」

「あの、商店街でもブラックカードって使えるの?」

 白波さんが不思議そうな顔になると、私は首を傾げた。


「さあ? 我が家は余りこういった個人のお店には出入りしないからよく分からないわ」

「み、見せてもらってもいい? ドラマとかでしか見たことがないの」

 好奇心をうずかせている白波さんの為に、私は財布から指先で挟んだカードを取り出してみせる。それを見た彼女が目を輝かせると、少しだけ得意な気持ちになった。


「ちなみに、普段は持ち歩いていないけど、金色のブラックカードも持っているのよ。ダイヤと真珠が使われているの」

「すごーい! 何それ!」

 にこやかに私たちが会話をしていると、東雲先輩が口を開いた。


「こんな場所で不用心に喋ることではないだろう。もしも仮に強盗や殺人事件にでも遭ったらどうするんだ」

「大抵の人間よりは、私の方が強いんですよ?」

「そういう問題ではない」

 首を傾げてみると、東雲先輩は目を細めて私の頭をぐりぐり撫ぜた。冷たい顔つきをしているように見えるけれど、これは心配している時の表情だ。


「ご、ごめんね! 今見せてもらうことじゃなかったね!」

 慌てて白波さんに謝られる。


「別に気にしないでいいのに」

「少しは周りを気にしなさい!」

 怒った妖狐の撫でる力が強くなった。

 地味に痛い。

そうこうしているうちに、遠野さんはカスタード味の人形焼きを買っていくことに決めたらしい。お店の人に頼んでひと箱を買い、私と白波さんはくるみ饅頭と水羊羹を購入した。

みんなで歩いて花屋さんに向かうと、そこでも遠野さんは買い物ジプシーになりそうになる。けれど、流石に色んなお店をはしごするのは疲れるので、私は花言葉から選ぶことを提案した。


「花言葉……」

 こくりと頷いた彼女が、手持ちのスマホで検索をしている。店員さんのアドバイスを受けながら、念入りに選び始めた。


「月之宮さん、この赤いバラとかはどう?」

「流石にそれは止めておきなさい。白波さん」

 即決で真っ赤なバラを選びそうになった白波さんを、私は制止する。どうしてなのか分からないといった表情になった彼女は、

「え? だって赤いバラって定番な感じがしません?」と困惑している。


「赤いバラは見舞いには持って行ってはいけないんですよ。流れる血を連想させますからね」


「え、じゃあ……このシクラメンの鉢植えとか」

「シクラメンもダメです。死と苦しみに言葉がかかります」


「だったら、この白い菊を!」

「白は気分を滅入らせるからダメ。そもそも白菊は葬式の花です」


「じゃ、じゃあこの鉢植えは……」

「寝付く(根がつく)からアウトです」

 東雲先輩のダメ出しの嵐に、ぜえぜえと息を荒くした白波さんがふさぎ込んでしまった。うん……事前の知識もなしに選ぼうとするとそういうことになるよね。分かるよ。


「お花って難しいわよね」

 どんな花でももともと特別なオンリーワンとか歌ってるのにね。


「そもそも、今どきの病院って花は持ち込めないところもあるみたいだし」

「え!? なんでですか?」


「埃や花粉が舞うからですって。まあ、アヤカシの患者さんにそこまで気を遣う必要はないと思うけど。一事はどうなることかと思ったけど、今は容体も安定しているから大丈夫だと思うわ」

「ほえー、色々事情があるんですね」

 目をパチパチさせた白波さん。彼女と話している私に、東雲先輩が笑いかけた。


「八重も、何か欲しい花はありますか? ナイチンゲールとバラのように、君に赤い薔薇を贈らせていただきましょうか?」

「……それ、明らかに私は無欲なナイチンゲールになぞらえていませんよね。高慢なお嬢様の方ですよね」

 妖狐の血で染まった紅の薔薇なんていらない。普通に怖すぎます。


「冗談です。まあ、君が望むのなら99本でも100本でも用意しますがね?」

 彼は爽やかに言う。

 バラの花には、本数によって花言葉の意味が変わるという風説がある。99本なら永遠の愛、100本の場合は100パーセントの愛(文献によって諸説あります)。

ちなみに、バラを100本用意した時の重さは10キロ。米袋並みの重量になるのだ。


「うーん、流石にそこまでしていただかなくても……。だって、明らかに重いでしょう?」

 デートの時に、完全にお荷物になっているバラの花束を想像してしまい、私はちょっと笑い出しそうな気分になった。


「……僕の愛が重いと?」

 妖狐が露骨にがっかりした顔になる。

慌ててそれを否定しようとした時、会計の済んだ遠野さんが花束を持ってカウンターから出てきた。ピンクのチューリップだ。


「……みんな、何かあった?」

「いいえ、別に?」

 気落ちしている妖狐のことを除けば、何事もない。




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