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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆231 喧嘩の波紋




 もしも私が高性能のアンドロイドだったら、こんな風に怒りを感じることもなかったのだろうか。感情というものを封印して、みんなの望むような大人びた自分を演じ続けることもできたのかもしれない。

けれど、無償の愛というものを知ってしまった私は、それが素晴らしいことだとは思わなくなっていた。昔の自分だったらそういう風であれないことに落ち込んだりもしただろうに、今ではそこに価値を見出すことはできない。



「ふわあ……口の中がとろけそうです……」

 白波さんが、ふわふわした笑みを浮かべた。

その反応を見れたことがたまらなく嬉しくて、私はにっこり笑う。


「白波さん、もっと食べてもいいのよ? あなたの為にベルギーから取り寄せたんだから」

 私たちの前に置いてあるのは、超高級チョコレート。月之宮家の貰い物ではなく、私が時間をかけて手ずから厳選した一品だ。

そこにやって来た鳥羽が、ひょいと一個をつまむ。そのまま彼の口に放り込まれたのを見てしまった私が目くじらを立てる。


「おう。確かにこれ、結構うめーな。なんだかいつもと味が違う気がするぜ」

「……誰がアンタにあげるって云ったのよ。これは白波さんに食べてもらう為に持ってきたのよ? それなのに……」


「どんな心境の変化か分からないけど、毎日白波が食いきれないほどの高級菓子を貢いでるんじゃなあ……。満漢全席かよ」

 困った笑みを浮かべている白波さんの前の机には、乗り切らない量の食べ物が乗っている。周囲のクラスメイトが引いているけど、私にはそんなことは気にならない。


「お菓子だけじゃないわ! ほら、これ! 国内で生産されたキャビアの缶詰よ!」

「キャビアって何ですか?」


「世界三大珍味のことよ! チョウザメの卵!

あえての国産にこだわってみたの!」

 額に手をおき、鳥羽が深々とため息をつく。


「月之宮もスナック菓子感覚で持ってくるなよな……めちゃくちゃ高いいくらの親戚みたいなものだ」

「ほえええ! なんか今、すごく美味しかったよ!?」


「そうでしょうそうでしょう! 食べたかったらご家族に持ち帰ってあげてっ」

 そんな風に盛り上がっていると、近くの椅子に座っていた希未がガタンと席を立つ音が聞こえた。そのまま、頑固に口もきかずにいなくなってしまう。

その態度に少し苛立った私が眉間を寄せると、それを見た鳥羽がひそひそ声で話しかけてくる。


「おい、月之宮。……もしかしなくても、栗村と喧嘩でもしているのか?」

「……なんで分かったの?」


「普通にそれぐらい分かるっての……」

 持っていた食パンにキャビアを乗せながら、鳥羽は複雑そうな表情をしていた。白波さんを見、私を見、空席、再び白波さんに視線を映し、すごく言い辛そうに、


「まさか栗村と喧嘩しているからこうなったわけじゃないよな……?」と呟かれる。


 私は鼻を鳴らした。

失礼な。私はその程度のことで態度を変えるような人間ではない。


「私はね、真のアガペーというものに目覚めたのよ」

「意味が分からねーよ」

 ビシッと鳥羽が突っ込んでくる。


「つまり、白波さんのことが物凄く好きなの。もしも私が男だったら、彼氏の座を真っ先に奪いにいっていたと思うわ。それぐらい倒錯してしまいそうなほどに大好きよ」

「ちょっと待て。お前」

 表情を変えた鳥羽が慄きながら言う。


「本当に何があった月之宮。俺の知らないところで、お前のキャラが崩壊してるぞ。もっと斜に構えて色んなものを信用していない人間だったろーが」

「それは過去の時代の話よ。

今の私は、とにかく白波さんを幸せにし隊一番隊長だから」


「頭でもどっかにぶつけただろ! 親切心から言うが、ちょっと病院に行ってこいって!」

「失礼なことを云わないでちょうだい」

 じろりと鳥羽を睨むと、白波さんが慌てて私を呼んだ。


「つ、つつ月之宮さん! 私のことは大丈夫だから、いつも通りでいいんだよ!?」

 そんなわけにはいかない。

呪術的にひん死の状態に侵されたところから回復をしたのだから、どんな後遺症が残っているか分かったものではない。

鳥羽の記憶が曖昧な以上、側にいる私がしっかりしててあげないと……。

そこで、ぐっと自分の拳を握ると、


「月之宮。お前の顔、今すげー七面相になっているぞ」

「鳥羽君、……そこはそっとしておいてあげて」

 鳥羽と白波さんが互いにボソボソ小声で会話をしている。

何を話しているのかは知らないけれど、2人の仲はいつも通りになっているように思える。嬉しいような、悔しいような、すっきりしない心もちだ。

あれだけのことをされておきながら、白波さんは鳥羽のことを許して、愛している。彼女の記憶が長期間もたない特性からなのか、それとも心底の愛情を向けているからか。その判別は難しいけれど、私にできることはこうして見守っていくことだけだ。

まあ、ちょっとタガが外れていることは自覚しているけど?


「あのね、月之宮さん。私に、栗村さんと何があったのか教えてもらえないかな? やっぱり、2人には仲良くしてもらう方が……えへ」

 真面目な表情になった白波さんにそう言われ、私はぐむっと言葉に詰まった。まさか、彼女に喧嘩のきっかけを打ち明けるわけにはいかない。

自分が原因だと思って、落ち込んでしまうから。


「大したことじゃないのよ」

「いや、お前の様子からするにそうは思えねー」


「余計なことを言わないでちょうだい! ホントに空気の読めない男!」

 フンとソッポを向くと、鳥羽と白波さんが顔を見合わせた。





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