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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
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☆222 フライインザスカイ



 巻きあがった風に足場を持ち上げられ、私と松葉は目を剥く。どのような理屈になっているのか分からないが、蛍御前の発生させた上昇気流によってわが身が遥か高い空に吹き飛ばされた。


「……ひっ」

 悲鳴が出そうになった口を塞ぎながら、全身を固くする。今にも落ちるんじゃないかと思うような高所を浮かんでいる私たちに、同じように宙に立っている蛍御前が口端を上げた。

磁力とか反重力的な安定した力が働いているのではなく、高度な技術で風を操って浮力を得ているらしい。

 恐怖に顔を青くした松葉が私の肩に縋り付いた。

「落ちる落ちる! 怖いって!」


「気分はどうじゃ?」

 にんまり笑った蛍御前の言葉も聞こえないほどにカワウソは怯えている。例えてみるなら常に発生させた竜巻によって身体が浮いているようなものだ。得体の知れない異能に命を預けているというのは精神衛生上余りよろしくはない。


「さて、ではまず病院の方に寄っていくとするか。飛んでいけば5分くらいの距離じゃ」

 満足そうにこちらを見た蛍御前の発言に、私は意表を突かれる。


「病院……?」

「その重傷を負ったという鬼と雪男に施しをせねばなるまいて。なあに、すぐに終わる用事じゃ。心配することはない」

「何をするつもりなんですか」

 髪を風になびかせた蛍御前は、清々しい笑顔になった。どこか男らしいというか、姉御気質が垣間見える表情だ。

警戒している私に、彼女は言う。


「治癒の助けに妾の血を少しばかり分けてやろうかと思っての。延命治療以上の効果が見込めるはずじゃ」

 龍は希少素材の宝庫と語っていた蛍御前の言葉を思い出した私は、目を見張る。


「龍の血の効果って寿命を延ばすだけじゃないんですか」

「そうじゃのう。説明するのは難しいのじゃが……」

 しかめっ面になった蛍御前は、腕組みをする。水色の髪は乱れ、袴も空気で膨らんでいた。彼女の説明によると、こうだ。


「例えば、日本三大有毒植物のトリカブトは、ごくごく微量に用いる分には強心作用の漢方薬になることがあるのじゃ。妾の血もそれと等しく似ておる。そようの足りない者が無理に飲めば墓場に一直線じゃが……」


 松葉が納得の声を洩らす。

「ふうん、なるほどね。つまり、天狗の羽根とは比べものにならないくらいに霊的なエネルギーの純度が高い素材なんだろ。今のアイツらは持っている妖力の大半を失っている状態だから、その補充にはちょうどいいってことだね」

「なんでもくれれば怪我が治るというわけではないのじゃ。ケースバイケースというやつじゃの」

 手を打った蛍御前は、指先を動かした。それと同時に風が動き、私たちを連れてふわりと浮く。


「うわ……」

 肌に触れるどうにもなれない動く空気にひやひやする。まるで金色の妖精の粉を浴びたディズニー映画の子どもたちのようだ。私と松葉を連れてスピードを上げて飛び始めた蛍御前の水色の髪が翻る。

「水渡りは使えないの!?」と松葉が怒鳴ると、「これだけの人数を運ぶのは定員オーバーじゃ」と神龍がつれなく返事をする。

少しでも早く移動したいとは思うが、この時期に服が濡れてしまうのは少し遠慮したいのも事実。


秋の空は身を縮こませるほどに寒くて、私は防寒着を身に着けているというのにガタガタ震えた。それを見た蛍御前が慌てて周囲の温度を変えてくれる。先ほどまでが北風だというのなら、今は心地よい春風である。

 ほっとした私は持っている野分を落とさないように握りしめる。


「では、いくかの」

 舞い上がる風に乗せられて、私たちは飛翔した。




 包帯だらけで眠っている2人の唇に龍の血を数滴落とすと、彼らの容体は一変した。薄く透けかけていた肉体がはっきりと具現化して、緩んだ吐息が漏れる。

生死をさまよっていた八手先輩と柳原先生が持ち直したことに、こちらも安堵する。

だが、ここでのんびりしている時間はない。できるだけ早く白波さんを浚った敵の後を追わなければならないのだ。

 踵を返した私たちは、神龍の風の異能で再び病院の屋上から飛び立つ。

なるべく一般人に見えないような高度には街中で見かけるカラスもいない。鳥も来ないような高さで薄くなった酸素に息苦しくなったけれど、こんなところでダウンするわけにはいかないと気を持ち直した。


 長距離を飛行する。

雲の雨粒が頬に当たると、ピリリとした痛みがある。温かな風に包まれているというのに、私の頭の中は冷えていく一方だった。


 殺してやりたい。

私を裏切ったあの男の首をこの手で切り飛ばしてしまいたい。

愛情というものが裏返ると、人はここまでの殺意を抱くことができるものなのか。

人とは夜叉の心を持つものなのか。

そのような物騒なことを考えながら、ずっと飛んでいた私は緑の増えてきた山々を空の上から見下ろした。


「なんだか山沿いをずっと飛んでない?」

「そうさのう……どうやらこのまま進むと街から離れていくようじゃ」

 私の呟きに、蛍御前が唸る。


「探知ではこの方向に間違いはないのじゃが……」

「煮え切らない言葉だなあ、今さら間違われても困るんだけど?」

 ようやく空を移動することに慣れた松葉が生意気な口をきく。

それを無視することに決めた蛍御前は、コンパスの針をじっと睨む。西の方向をじっと見つめて30分ほどウロウロした神龍は真剣な眼差しで言った。


「ふむ。この辺りで間違いはなさそうじゃ」

 眼前にあるのは、うっそうと生い茂る杉林。曇り空の下に広がっているその陰気な林の景色に私は唇を真一文字にした。


「ここに白波さんが?」

「随分非文化的な場所だなあ……。ボクってば都市ボーイだから山歩きは好きじゃないんだよね」

 松葉が、嫌そうな眼差しを下に注ぐ。


「では、下りるぞ」

 襟元を正した蛍御前はそう言った。




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