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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
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★間章――ウィリアム・ジャック・ジョーカー




 11月、某日。

協会の追ってから居場所が突き止められないように地下に潜ったウィリアムは、ようやく合流した昔馴染みの少年から事情を聞いた。

笑いたいような、怒りたいような心境になりながら彼は確かめる。


「それで、お前は結局行燈と離れたことによって過去の記憶を失い、すっかり丸くなってあの高校に進学していた……ということでOK?」

 一本の吸い殻を足下に落とした。


「概ね間違いではないが、その言い方は止めろ」

 不機嫌に殺気立って睨んでくる黒き天狗は、ウィリアムの記憶にあるよりずっと成長した姿をとっていた。あの山で生活していた頃は小学生くらいのヒト型しかとれなかったはずなのに、随分大人に近づいたものだと思う。


「それなのに、俺が考えた苗字を使っていたなんて矛盾を感じるね。すっかり忘れていたんだろうに、馬鹿正直にお遊びでつけた名前で暮らすことなんてなかったのに……鳥羽君?」


「うるせえ」

「それに加えて、行燈の余命を延ばす為に運命線に介入もしたんだろ? 残留思念核が半壊しかけるほどにあがいて、ボロボロになって、馬鹿みたいに暴れて死体同然で人間に拾われたくせに、すっかり全快になっちゃってまあ……。フラグメントの少女との愛のなせる業ってやつ? なっかせるねえ~」


 軽口を叩くウィリアムは、そう言って目の前の天狗の反応をじっと観察をする。もしもこの言葉で動揺を見せるようなら、それはもう自分の目的と相反する人格になっているということだ。

……もしも計画の邪魔をするようなら、ここで始末をつけなければならない。


「ハ、……仮にそうだったとしても、俺たちにとってそれは不都合なことではないだろう? ウィル」

 酷薄な笑みを浮かべ、しゃがんでいた杉也はゆっくりと立ち上がった。


「これまでの俺と、記憶を取り戻した俺が同一人物だと思っているのなら、それは間違いさ。人間の性情というものは海馬に依存している部分が非常に大きいし、事故などで記憶の欠乏した人物がそれまでと180度変わった性格になるというのもよくある話だ……だったら、その逆だってあり得るだろうよ」


「……だが、お前は化生のものだ。杉也。……お前の本質は、人間じゃあない」

 ウィリアムは危惧していた。

化生アヤカシの存在に由来しているものは、核を構成しているものは前世と今世の記憶だ。人間贔屓の行燈は一貫して杉也に殺しをさせることを禁じていた。怨念から生まれたアヤカシであるのに人間の血を味あわせてこなかったのだ。

 もしも昔の記憶を全て取り戻したというならば、これまでの行燈の教育も思い出したということ。そうであるならば、好いた少女の命を狩ることに躊躇いのようなものが生じるのではないだろうか?

足手まといになるようでは困る。

折角の良質な糧を見つけたというのに、殺す邪魔をするようならそれ相応の対価を払わせなければならない。


 そのようなことを考えていたウィリアムは、杉也がくつくつと嗤っていることに気が付いた。それは己の荒れ狂う衝動を抑えているようで、既に憎悪と狂気を孕んでいる。


「そうだ、俺は人間ではない。……平和ボケしたアイツらとは、根本的に違う!」

 その意味に気が付いたウィリアムは笑った。

これからの戦闘に、流血に、惨状に。歓喜している弟分の、冷血な部分を歓迎した。


「……それは良かった。もしもお前が日和見になっているようだったら、ここで一回半殺しにしようと思っていたところだ」

 指先にまとわりつかせていた妖力をパチパチと弾き、指を鳴らす。稲わら色の髪を浮かばせながら白い電流を空気中に放散させたウィリアムは悪人面で微笑した。


「俺を殺すか?」

 くつくつ笑った杉也は挑戦的な目をする。彼には戦闘狂の気があった。


「残念なことに、ここで協会の連中に気付かれたら厄介だ。お前と戦うのはまたの機会にしておくよ」

 あっさり興味を無くしたウィリアムが煙草に火をつけていると。


「気付いたところで何もできないさ。アイツらはお前が予想しているほどの実力なんか持っていない。厄介なのは実質1人しかいないぜ?

……不滅の迷鬼。ウィリアム・ジャック・ジョーカーさんよお」


「お前がこれまで潜伏してくれていたのは有難いな。余裕をもって襲うことができる。はっきり言って、常に人間に失望している俺としてはあの神子のどこが良かったのかは気になるんだけど、教えてもらえる?」

 そんなことを言ったウィリアムに、癇に障ったらしい天狗からの鋭い風の刃が幾つも突き刺さった。皮膚が裂かれ、深手を負った西洋鬼が膝をつく。

冷徹な眼差しを送った杉也に、辺りを血で染めたウィリアムが凄絶な笑みを浮かべた。


「…………」

「さっさと再生しろ。できるんだろ。目障りだ」

 ボタボタ垂れている血液が、じゅわり、と蒸発した。辺りに白い煙が立ち、口端から流れ落ちた体液をウィルの赤い舌が舐める。


 超再生能力。アヤカシの中でも特に強い怨念を持つ者だけが持っている特性だ。汲めでも汲めでも尽きることのない怨嗟の念が、彼に死ぬことを許さない。

 ――俺は、死ぬことすらできない。


瞬時にとはいかないが、普通のアヤカシが1年かけて再生する手傷をウィリアムは3日で再生する。伊達に二つ名を協会から与えられているわけではない。

特にこの程度の怪我なら、10分もあればいいぐらいだろう。

みるみるうちに瘡蓋ができてく姿を見た天狗が、怒気の混じった口調でこう言った。


「俺にその話だけは二度とするんじゃねえ」

「まったく酷いねえ、これでも昔は可愛がってやったのに」

 唇を舐めたウィリアムは、天狗の攻撃速度の速さに満足を覚えた。

あの森で鍛えていた頃以上に修練された風刃の使役に勝てる者はそうはいまい。これまで己の実力が出せない状況で生きていたのがいい訓練になったと見えた。


「俺はもうガキじゃねえんだよ」

「……じゃあ、本当にいいんだ。あの娘を殺して、行燈に神名を与えた後は俺が残りを貰うことにしようかな。久しぶりの霊力を含んだ血肉の味だし……」

 牽制を兼ねながらウィリアムが擬態していた目の色を変えると、天狗は眉をぴくりと動かしただけだった。

 夜の街に、口笛が鳴る。

西洋鬼の笑い声が不気味に響いていた。




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