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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
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☆207 切れた髪紐



 最後のリハーサルも終わり、演劇の通し練習が終わったところで私たちが部室に顔を出すと、そのテーブルには色とりどりなアクセサリーがごちゃごちゃと並んでいた。

値付けをしていた陛下が、ずれていた銀縁のメガネを掛けなおす。中央の椅子に浅く腰かけていた彼は真剣な眼差しで電卓を打っていた。


「はかどっているみたいだな?」

 鳥羽の声掛けに、夕霧君は視線だけ動かす。


「まだ半分も終わってない」

「おい、俺が作ったものはともかく、月之宮が作ったアクセまで店に並べる気か? 正気かよ」

 その言葉に私がムスッとする。


「ちょっとはデリカシーとかそういうものがないの!? 不器用で悪かったわね!」

「それはオマケにつける奴だよ。値段は付けられないが、なんというかご利益がありそうな気がしなくもなくてな……」

これが味というものか?と、夕霧君は真面目くさった表情で呟く。


その言葉に意表を突かれた私たちだったけれど、その中でも希未が小声で私の耳にひそひそ話をした。

「……八重、まさか自分の作ったアクセサリーに何かしたの?」

「う、少しぐらいならいいかと思って……」 

 御まじないを込めながら作っていたことを白状した私に、希未が「ふうん」と納得の顔つきになる。


 白波さんのフォローになっていない言葉が油断していたところを突き刺さる。

「見た目は悪くても、きっといいことが起こると思うよ!」

 ひくひくと口端を歪めた私に対し、鳥羽も笑いながら追い打ちをかけた。


「いくらご利益があってもゴミみたいだからなあ……そんなにありがたがる奴がいるのかね」

 希未も頷く。


「八重がいくら頑張っても、見た感じは悪いよねー。でもまあ、使っているパワーストーンとかは本物だし?」

 我慢の限界に達した私が叫んだ。

「アンタたちは何が言いたいのよ! さっきから喧嘩売ってるの!?」


「いや、ごく一般的な感想を述べているだけだけど」

 詰め寄ろうとしたこちらに、鳥羽は平然と返してくる。


それにしたって、何を言っていいというものではない。頑張った私に失礼だと思わないのだろうか。


「……それに気を付けろよ。案外夕霧の勘ってバカにできないかもしれねーし」

 ボソリと呟いた鳥羽の言葉に、私が唇を引き締める。陛下に聞こえないような小声で言い返した。


「そっちこそ、正体がバレないようにしてちょうだい。NASAのアメリカ人に剥製にされても知らないんだから」

「わーってるよ」

 涼しく笑った鳥羽は、腕組みをする。その首には、白波さんとお揃いの天然石のペンダントがぶら下がっており、キラリと青紫に日の光に輝いた。

それにしても……、一般人の夕霧君に気付かれるだなんて予想だにしていなかった。

意外なことだけど、もしかしたら人外の者と近く接している影響で夕霧君の素質が芽生えているのかもしれない。


 東雲先輩や、鳥羽、松葉などの各々が身にまとっている霊力が滞留しやすいこのオカルト研究会の部室はちょっとした霊的なものの吹き溜まりとなっている。そこで過ごしている時間はパワースポットに滞在したいる時のような影響を心身に与えているのだろう。


「……悩ましいところね」

「どうしたの? 月之宮さん」

 私が考え込むと、白波さんが長いまつ毛を瞬きする。


 すっかり興味の逸れた希未は、陛下と相談しながら値付けの作業を手伝っている。彼らの横顔を眺めながら、私はこの問題に関しては沈黙を決め込むことにした。


 占い屋程度ならできるかもしれないが、夕霧君の才能がアヤカシ退治に向いているかは定かではない。本人は乗り気で修行するかもしれないし、人材不足なのも事実だけど、彼の人生をこんな裏稼業で狂わせるのはどうかと思う。

光の当たる道を歩けるのならば、そうであった方がいい。

そう思ってしまうのは、夕霧君という個人に対して親しみのようなものを私が覚えているからだろうか。

そんなことをつらつら考えていると、白波さんがもの欲しそうな目で私の作品を眺めていることに気が付いた。

まさかとは思うが、念のために確認してみる。


「……もしかして、このアクセサリーが欲しいの?」

「えへへ。ばれちゃった?」

 恥ずかしそうに頬を赤くした白波さんが、笑みを零す。こちらを見ようともしない夕霧君は気軽に言った。


「欲しいなら持っていってもいいぞ。月之宮の失敗作限定だけどな」

「え、いいの?」


「扱いの軽さに怒ればいいのか、嘆けばいいのか分からないわね!」

 鼻を鳴らした私だったけど、白波さんが嬉しそうにお守りを手にしたところを見ると、これ以上何も言えない。

一応需要があったことを喜ぼう。うん。


「やっきにく、全部売れたらやっきにっく~」

 うへへ、と笑いながら妙な歌を作詞作曲している希未は放置しておくとして、自分も手伝おうかと思ったところで部室のドアが開いた。


「遅れました」

「八重さま!」

 2人揃って現れた東雲先輩と松葉に、私は目を丸くする。これは珍しい。


「あれ? もしかして、2人とも仲良くなったんですか?」

 白波さんの言葉に、彼らは総じて嫌な顔をした。

その表情といったら、ゴミ捨て場を漁るカラスを見たような反応だった。


「……偶然一緒になったんだ」

「偶然一緒になっただけだから」

 声が揃った。


「そうなんですか?」

 白波さん、それ以上聞かないであげて。不機嫌になられても収拾がつかないだけだから。


 飛び跳ねるように顔を明るくした松葉が、私のことを抱きしめてくる。

「八重さま! 明日の文化祭、ボクと一緒にデートしよ!」

 断られることを微塵も疑っていないその気配に、私は戸惑ってしまう。


「ええっと……」

「ボクのクラスは屋台をやるんだ! 八重さまの分はボクが作るね! 特別大サービスだよ?」

 これはどうしたらいいものだろう。

返事に迷っているところを、東雲先輩が冷ややかに切り捨てた。


「八重には先約がありますから」

「誰がお前なんかに……先約?」

 口をもごつかせた私の様子に気づいたのだろう、松葉の顔色が悪くなる。白から灰色になったその血色で、

「まさか……八重さま、東雲と一緒に回る気なの?」

 とげとげしい非難のオーラが一気にカワウソから噴き出した。そのブラックな雲行きに、私は懸命に言いつくろうとする。


「こ、これは……その、えっと……」

「……八重さまは、ボクと一緒にいてくれるんじゃなかったの?」


「松葉、落ち着い……」

「お前なんか大嫌いだ!」

 そう叫んで部室を飛び出した松葉を止めることはできなかった。

言われたセリフの衝撃に立ち尽くした私に、希未が「あ~あ」と洩らす。

はくはく口を開いたり閉じたり痛恨の一撃を受けていると、東雲先輩がこちらを見てぎょっとする。


「八重!?」

 気が付くと、私は眩暈を感じていた。


「松葉に嫌いって……っ」

「いや、今のは僕が言われた言葉ですから! 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとか、そういう類のものではないと……、だからそんなにショックにならないで!」

 取り乱している私たちに、鳥羽がシラッと言った。


「ほっとけよ。瀬川ならそのうち帰ってくるっての」

「このまま家出してしまったらどうしよう!?」


「だから落ち着けって。どのみち、いつかは受け止めるべき現実だろ。アイツだって子供じゃないんだから――」

 そこまで言って、鳥羽は文章を区切る。

 途中でバツが悪そうな顔になった。


「俺、アイツほど子供じみた高校生を他に見たことがないかもしれない……」

「――ダメじゃん!」





 とはいっても、面と向かって何を言えばいいのかは決まってないわけで。

東雲先輩が急用でいなくなった後、私たちは連れだって帰宅することになった。

胃痛を感じながらも帰りの廊下を歩いていると、鳥羽が迷惑そうになる。


「しみったれた顔をしてるんじゃねえよ、こっちまで気分が沈んでくるだろーが」

「そんなこと云ったって……」

 じゃあ、逆に聞きたい。

松葉が外で問題を起こしたら監督不行き届きの主の責任になるのだけど、それに対してしらばっくれられるような人間に私が見えるのだろうか。


「そもそも、瀬川が拗ねた原因は八重に振られたからでしょ? 東雲先輩を応援している私としてはほっとけばいいと思う。に一票」

 希未がツインテールを揺らしながら、やれやれと小首を振った。


「そんなに落ち込まないで、月之宮さん」

 白波さんが同情の眼差しをこちらに送ってくる。


「……落ち込んでなんかいないわ。ただ、その……」

……松葉と喧嘩したことなんて初めてだったから。

素直にそう告げるには喉につっかえて、胸の中でだけ呟く。


「そうだ。月之宮、文化祭のナイトステージにはお前も見に来いよな。俺、バンドで歌うから」

「いいけど……白波さんにかける言葉はないの?」

「白波はもうとっくの昔に誘った」

 ちょっとだけ恥ずかしそうに、白波さんの顔が火照る。希未にニヤニヤつっつかれて、更に赤くなった。


「そうなの……」

 実のところ、誘われなくても行くつもりではいたのよね。

白波さんや希未も聴きに行くだろうし、あの凸凹バンドがどうなったのか私も楽しみだ。


「自信はあるのね?」

 私の問いかけに、鳥羽は振り返って笑顔になった。


「そりゃ、もう……」

 返事をしかけたところで、乾いた音が鳴る。




――――プツリ、




 鳥羽のポニーテールをまとめていた銀の紐が、自然に切れた音だった。

サラッとした黒髪が流れ落ちる。床に滑り落ちた紐を視認した天狗の目が驚きに見開かれる。


「…………ぇ……」

 掠れた震え声。

「俺は……一体。今まで、何をし……」


 麻薬アヘンを吸った状態から不意に正気に戻ったように。誰かにいきなり殴られたように。瞳孔が広くなって、彼の口から言葉が溢れた。

 小さな、喘ぎ。

「…………れって……行燈…………っ」


 其れは、一体誰の名前であったのか。


恐怖に満ちた目で、鳥羽はこちらに視線を移した。

その眼差しには、今まであった気安さがない。温もりを失くした、抜け殻の目。


「鳥羽君……?」

 不思議そうに近づいた白波さんに、びくりと身を引く。


「どうしたの、鳥羽……」

 希未までも当惑をぶつけると。

引きつった笑みを見せた鳥羽は、どうにかその場を取り繕った。


「な、なんでもねえよ。んな顔するなって」

「でも……」


「何でもないんだ。何でも……」

 どうしてこんなに距離を感じてしまうのだろう。

よそよそしい鳥羽の挙動に何か違和感を覚えながらも、私は彼のその変化を見逃してしまった。

ここで立ち止まることができたなら、間違えることのない未来を歩んでいけたのか。

それが分かるほど、私は完璧な人間ではなかった。




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