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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
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☆206 鬼の目にも笑顔



 楽しんでも、怖がっても時間というものは駆け足で進むもので、ローテーションで回ってくる白波さんの護衛をこなしながらも奈々子に電話で連絡をとった。


だが、いつまでたっても繋がらない。使用人にお願いしても、すげなく断られてしまうだけだった。

この街に忍び寄る危機に彼女は一体何を考えているのだろうか。同業者の私への電話に出たくないということは、まさかこの事態に静観を決め込んでいるのか。


陰陽師の仕事をはっきりお金の為でしか動きたくないと宣言していた奈々子のことである。まさか、裸遊婆を適度に放置してから刈り取るのと同じように、明確な被害が出てからでないと動かないスタンスなのだろうか。


……だが、相手は低級妖怪とはわけが違う。否、だからこそ不干渉を貫くつもりなのか……。



「……考え事か、月之宮」

 野分を抱えたまま、夜半に往来でしゃがみ込んでいた私の姿を見つけた八手先輩が、呆れたような顔をして立っていた。


「ええ。ちょっと」

「……悩んでも仕方ないことは憂いるな。時間の無駄でしかない」


「そうでしょうか」

 ふう、とため息をつくと、八手先輩は精悍な顔つきで笑顔を浮かべた。手に持った黒檀の木刀を力いっぱいに振り切ると、私たちの側でざわめいていた雑妖が一体切断される。

塵となって散っていくシルエットに、赤毛の彼は満足そうだった。


「そういう八手先輩は、随分楽しそうですね」

 静かな性質は変わらないまでも、どことなくわくわくしているのが伝わってくる。それを指摘すると、彼は黒い目を丸くした。


「楽しそう……オレがか」


「見るからにそうじゃないですか。その上がった口元とか。自覚がないのですか?」

 相手の憎らしい頬肉をぐいと引っ張って白目を向けると、彼は意外そうに自らの顔を触って確かめた。木枯らしで冷たくなった私の手と、骨格の大きな八手先輩の手が触れ合うも、そこに甘さはない。


「そうか……。……そうだな、確かにどんな強敵と逢いまみえることができるのか、愉しみであるやしれん」


 低い声で愉快そうに笑った彼は、くくっと喉を鳴らした。

 冷めた眼差しを向けた私は、素っ気なく言う。


「もっと真面目になってもらわないと困ります」

「……オレは仕事はちゃんとやるぞ。どうしてこのような感情が湧き上がるのか考えてみたが、すぐに見当がついた。月之宮にはこの気分の正体が分かるか?」


 こう形容するのはシャクにさわるけれど、八手先輩はそりゃあ熱心な顔をしてこんなことを言い出した。


「ようやく敵を切ることができるから」

「違うな」

 狂犬のように先輩はニヤリとする。


思えば、常日頃としては顔色の読めない彼なのに、随分表情の変化が見えるようになったものだと思う。

それを見て唇を閉じてしまったこちらに対し、八手先輩は真剣に告げた。


「……お前の命令で働けるからだ、月之宮。オレは専ら、性根が仕えることに喜びを感じるようにできているらしい……」

 どう思う、と聞かれた。

こんなオレのことを、お前は一体何とする、と。


そんなことを訊ねられても、こちらは返答を用意できていない。

迷子。迷子だ。

答えを探して彷徨った私のセリフは、陳腐なことしか吐くことができなかった。


「……ありがたいです」

 何故だろう、泣けるほどに嬉しい。

少し引いてしまったけど、この鬼が私の大事な人を守ってくれること。そのことに安心している自分が心のどこかでいて、彼を信頼している私がいた。


「……そうか」

「先輩なら、白波さんを守ってくれますか。もしも私がこの世から溶けるようにいなくなってしまっても、彼女を大事にしてくれますか」

 祈りにも似たお願いに、八手先輩は面食らう。

誰かを守るということが、簡単に手に入るものだとは思わない。自分の身を安全地帯に置くつもりなんて殆どなくて、だからこそ死んだ後の保障まで欲張ってしまった。

目を逸らした八手先輩が、呟いた。


「……そうなったら、オレは探しに行く」

「え?」






「お前でないと、オレは嫌だ。……………………八重」

 身を震わすような風が吹いた。

眠りについていた夜街の木々が木の葉を揺らす。それに紛れる形で囁かれた言葉に、私は放心してしまいそうになった。


「今……、なんて」

 幻聴でないかと思った。

……それぐらいの、小さな音だった。


八手先輩は、目線を逸らす。

「月之宮は、そろそろ帰った方がいい。そういう順番だったし、明日は文化祭の前日準備だ」

「あ……、はい」


 会釈をした私が、停めてあった軽自動車に乗り込もうとすると。

「……成功するといいな」

 口端を上げた赤い鬼がそんなことを言うから。


「……はい!」

 私は満面の笑顔を返したのだ。




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