☆204 泥棒にはなりたくないよ
唖然と口を開いた私を置いて、鳥羽は気安く片手を上げるといなくなってしまう。取り残された白波さんは苦笑し、柔らかに微笑んだ。
「まったく鳥羽は……」
「月之宮さん。私、前から聞きたいことがあったんだけど、いいかな?」
「え? ええ。なんでも聞いてちょうだい」
ふんわりとした甘い香りが鼻腔をくすぐる。カラメル色の艶髪を触った彼女は、勇気を出したように唇を動かした。
「あのね、私ってどうしてフラグメントに選ばれたのかな……」
「……な」
言葉を失ってしまった私に、白波さんが長いまつ毛を伏せる。その可憐な瞬きには、少しの迷いが表出していた。
「ずっと最近考えてたの。この世界には溢れるほどにすごい人間がいるのに、なんで何もできない私だったんだろうって。……できることなら、神様に理由を聞いてみたいよ」
「なんでってそれは……」
白波さんは、この世界が舞台になったゲームのヒロインだから。主人公だから。
私はその理由を知っているけれど、思えば彼女は何も知らないのだ。どう説明したらいいのか分からなくて、視線が地面に落ちる。
……いや、突き詰めて考えてしまえば、それだって根本的な理由になるだろうか。
神様のフラグメントが白波さんでなければならなかった訳を、私たちは誰も知ることがない。
「……知って、どうしたいの?」
私が訊ねると、白波さんは儚く微笑する。
「神様に名前を返したいかな」
すっきりキッパリ言われた内容に、私は驚きを感じる。
「……返したい?」
「うん」
「どうして?」
「だって、このままでは私は卑怯者になってしまうもの。取り柄のない私が特別じゃなくなるってことはすごく不安なことだけど……。でもね、きっと私に欠片を預けてくれた神様も、困っていると思うから」
ぽつぽつと説明をされた私は、胸がざわめくのが分かった。
「それで、白波さんは幸せになれるの?」
「なれるかもしれないし、なれないかも。アヤカシを惹きつける欠片がなくなったら、鳥羽君に振られちゃうかもしれないけど……」
唇を噛みしめた白波さんは、泣きそうな声で言った。
「それでも、泥棒にはなりたくないよ……」
そんな、泥棒だなんて思わない。
そう言ってあげられたらどんなに楽かと思うのに、愚かな私の口からこぼれ出ることはない。
それは、自分が人外だと認めてしまうことだから。
欠片を所持することの危険性を考えたら、ここで白波さんとは分離してしまった方がいいのは確かだ。
例え、私たちの両方が本心から望んでいなかったとしても、そうしなくてはいけないと理性が訴えかけてくる。
「……思いつく方法がないわけではないわ」
私が告げると、白波さんがパッと振り返る。柔らかな髪は踊り、曇天の空からは何粒もの水滴が落ちてきた。
それは、いやに透き通って見えた。
降り出した小雨の中、顔を上げて私たちは向かい合う。
「本当?」
「まだ確信は持っていないけれど、それでいいのなら、今すぐにでも呪を使うことはできる。選んでくれたなら、あなたを普通の人間に戻してあげられる」
だから、選んで。
これからのあなたの道を。
燃えるような瞳をした私の言葉に、白波さんはまぶたを閉じた。




