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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
214/361

☆202 衣装合わせ

あけましておめでとうございます!

今年もどうぞよろしくお願い致します!


 止まってほしいと思っても、どうして時間は流れていくのだろう。幸せだった日々が反転するのは、幸せの対価を求められるように悪魔が手を差し出してくるのは――私たちが間違っていたからですか?



 これは、アヤカシのことが好きだとバカなことを想っていた私の罪ですか?





 学校で考え事をしていた私の意識が、不意に戻る。何を考えていたのかも思い出せないくらいにぼうっとしていたのだけど、白波さんの声で現実に戻った。


「月之宮さん、これ、似合うかな?」


 スカートをひらりとつまんで会釈をした彼女は、舞台で着ることになっている衣装の合わせをしていた。手芸部を中心とした女の子たちがミシンで用意したそのドレスは、エリスの役柄の影響でわざとボロボロの布きれが当てられている。


けれど、可愛いものが好きな希未が主張したせいでスカートにはパニエが用意され、ひらひらと豪奢な作りになっていた。


 どう見ても貧困にあえぐ婦女子には見えないけれど、まあ、これはこれでアリなのだろう。何より、主役の白波さんが可愛い。女の子が可愛いのはいいことだ。



「いいんじゃないかしら?」

「えへへ、ありがとう!」

 照れたように頬を赤らめた白波さんに、近くの男子が見とれている。

 残念ながら、この子にはしっかり相手がいますよ! 下手したら売約済みです!


それに気が付いた私が目を細めていると、即席のカーテンで仕切られた試着スペースから出てきた鳥羽が目を丸くした。


「お……、白波」

「鳥羽君!」

 てとてとと近寄った白波さんが微笑むと、鳥羽が少しだけ顔を赤面させる。それを見た希未がニヨニヨ不気味に笑い、白波さんに指を動かしてセクハラをしようとした。


「白波ちゃーん、ドレスの裾とかどおお? もうちょっと短くしてもいいんだよ! こおんな感じで膝丈にしても……」

 スカートをめくろうとした希未に、鳥羽の鉄拳が落ちる。


「お前は俺の彼女に何をしているんだ、何を!」

「……ふぎっ!」

 頭から煙を出して地面にうずくまった希未から、怯えた白波さんが距離をとる。近づいて助け起こすと、私の友人は涙目で叫んだ。


「だって、こんだけ可愛ければセクハラの1つもしたいじゃん! お色気は美少女の納税の義務なの! 鳥羽だけ独占するのは許せない!」

「ああ!? どんな中世の暴君なんだよてめえは!」

 それを聞いた私の脳裏に、脈絡はないけどヘンリー8世がよぎった。いや、本当に関係ないんだけど。なんでこんな連想をしたんだろう、私。


「そもそも、スカートを長くしたのは希未の意見じゃなかった?」と私。

「いやあ、ミニスカもいいけど、クラシカルなドレスからのぞく足首もたまらないよね! 我ながらいい仕事した!」と希未。


「衣装合わせとセクハラは関係ないのかよ!」と鳥羽。


 さて、遅くなったけれど鳥羽の今の服装をしっかり見てみると、彼は黒い燕尾服を着ていた。白波さんがドレスを着る以上、女子たちの美意識として鳥羽に地味な格好をさせるわけにいかなかったらしい。黒髪のポニーテールは少し位置が下がり、同色の帽子を被っている。木製のステッキがすごくオシャレだった。


「なかなか鳥羽もいいんじゃない?」

「……そうか?」


 白波さんの姿にくぎ付けになった鳥羽が生返事をしてくる。むう、自分の彼女の姿に見とれる気持ちも分かるけど、気もそぞろになっているのはいただけないわね。


「ちょっと、鳥羽……」

 私が不満を口にしようとしたところで、こちらにすり寄ってきた人物がいた。遠野さんだ。


「……月之宮さん、こんな感じで……どう?」

「……そうね、すごくいいと思うわ。これなら舞台も成功間違いなしね。でも、一々私の意見なんて聞かなくてもいいのよ?」


「……月之宮さんが気に入らないと意味なんてない、から」

 うっとりした眼差しでそう語っている遠野さんに、私は少々身を引く。恋する少女のような彼女の仕草は照れも混じっており、上気した頬をしていた。


「……じゅるり。これこそ、愛の共同作業」


「いや、私たちも普通に参加してるから」

 真顔で突っ込んだ希未の言葉を柳に風で聞き流した遠野さんは上機嫌にスキップしていなくなる。


「白波……その。なんだ……」

 ぶっきらぼうな口調で白波さんに褒め言葉を言おうとしている鳥羽は、慌てたようにやってきた柳原先生の声にかき消された。


「――ほらほら、あんまり時間はとれないんだから早く元の制服に着替えた!」

 忙しそうな先生の傍には遠野さんが寄り添っている。


「あ、じゃあまたね! 鳥羽君!」

 顔を上げた白波さんが、着替えにいなくなってしまう。撃沈した鳥羽が恨めしそうにわなないた。


「…………っ 柳原……っ」

「え、オレなんかしたか?」

 凄く間の悪かった柳原先生がぎょっとするものの、鳥羽は文句をぶつけるわけにいかない。「くそ!」と悪態をついた彼も試着スペースに戻ろうとしたところを、雪男が呼び止めた。


「……ああそうだ、鳥羽に月之宮」

「なんだよ!」


「その……例のことは白波は知っているのか?」

 歯切れの悪い先生の言葉に、鳥羽が固まる。私が下を向くと、グレーの髪をぼさぼさにした柳原教諭が小さく囁いてきた。


「これはオレの意見なんだが……可能なら、白波にはちゃんと話した方がいいと思う。本人が知っているのと知らないのとじゃ守ることの難易度が違うからな。オレは、あの子ならちゃんと受け止められると思うんだ」


「……んなの……」

 そんなこと、俺が一番知ってる。 

鳥羽が、目を逸らしてそう言った。


「ねえ、守るって何のこと? 隠し事でもあるの?」

 不思議そうな顔をした希未に、私は沈黙を貫いた。






 もしも、白波さんに話さなければならないのなら……。

 それは、もしかして今なのだろうか?




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