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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
213/361

☆201 答えない神龍と理不尽な命令



 夜闇に紛れて蛍御前に祈りを捧げた。


禊を済ませた午前1時、白装束で瞳を閉じて祈ってみたけれど、あの水色の髪をした神龍が姿を現すことも、声を聞かせることもなかった。


期待外れの失望感を覚えはしたものの、神の位にある彼女が人間の幸不幸にかかずり合わない理由もなんとなく察してしまい、水を被った私はびしょびしょの姿で自宅に戻ろうとしたところで、離れからそっと現れた松葉と目が合った。



「八重さま……」

「……松葉」


「こんな時間に水行はよくないよ」

 呆れたようにため息をついた彼の持っているタオルで髪を滴った水気を拭われる。その優しさに俯いた私が泣きそうになると、カワウソは困り顔で笑う。


「誰に祈りを捧げていたの?」

「蛍御前に……」


 どうしてだろう。

所詮人間ごときの安否の為に神様が何かしてくれるはずがないと分かっていたはずなのに、どうして私はこんなに落ち込んでいるのだろう。


「蛍御前なんてあんな当てにならない奴は戦力にはいらないよ。なんてったって、八重さまにはこのボクがいるんだからね!」

 自分を指差して自己主張するカワウソに、私は腕を伸ばして彼の頭をおもむろに撫ぜた。目を細めて首を低くした松葉へ、感情を隠せない私が問いかける。


「本当に……私に、白波さんを守りきれるのかしら」

「不安なの?」


「そう……そうね、不安よ。だって私は、魔法陣のときだって解決したのは結局東雲先輩だったわ」


 私が生粋の人間でないことは、松葉には事情を説明していない。

月之宮に流れる神妖の血の先祖返りであることを口に出して認めてしまったら、今度こそ人間の枠から逸脱してしまうことになってしまいそうで、松葉をイマイチ信用しきれていない現状でそれを話すことは自然と避けていた。


 もしも、私が半神だというのなら、もっと強く生まれていれば良かったのに。

そうであったなら、守りたいものを守ること。そのことに不安を抱くことなんてなかったろうに。


「八重さまは一人だけじゃないよ」

 オリーブ色の瞳を怪しく光らせて、松葉は言った。


「ボクがいる」

「松葉……」


「白波小春の為に尽力するのは嫌になるけど、八重さまの命令だっていうなら守ってやってもいいよ」

「アンタは私の友達に何を言ってるのよ!」

 思わず髪を撫でていた手を止めて殴りつけてしまった。正直すぎるにも程があるだろう。


拳骨をもらった松葉がたんこぶを押さえてしゃがみ込んだのを横目に見ながら、私は渡されたタオルで全身を拭う。

ぽたぽたと垂れる雫を睨みながら、私は高圧的な物言いで松葉に命じた。


「……松葉、命令よ」

 暗い夜空の下で、言葉を発する。


「私ではなくて、白波さんの為に戦いなさい」

 その意味に、カワウソは深緑色の目を見開いた。


「それって……」

「承諾以外は受け付けないわ」


「嫌だ! そんなの嫌だよ、八重さま! ご主人様以外の為に戦うなんて、そんな真似できるわけないじゃん!」

「…………」


「それって、八重さまが死んでも白波小春を守れって命令だろ!?」

 勘のいい松葉の悲痛な声に、私は黙って自宅に向かって歩いていく。式妖の嘆きを無視して、ドアを後ろ手に閉めた。




バタリと、私たちの間を切り離すようにドアが閉じた。





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