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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
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☆196 グルグル巻きの詐称



 本当にこんなことでいいのだろうか。


悩みながらも、もう引くことはできない。希未は私の願いを叶える為に飛び回っているだろうし、それを今更に止めることなんてできないだろう。


家の救急箱にある包帯を早朝に足首に巻いている姿をリビングで松葉に見つかって、彼はぎょっとして騒ぎ立てた。


「どうしたの! 八重さま! どこか怪我をしたの!?」

「……怪我は、これからするのよ」


「え!?」

 意味の分からないだろう言葉を吐いた私に、松葉は目を白黒させた。


 気迫を込めながらニッコリと笑い、

「私は今日から、不運にも捻挫をしたこと(・・・・・・・)になるの。心配は要らないわ」

と告げると、私は鞄を持ってリビングを出て行く。硬直した松葉を置いて、ドアがバタンと閉じてしまう。


 ……そういうことだ。

クラスでやる劇のヒロイン役を免除される為、私と希未が立てた計画は、手ひどい捻挫をしたと嘘をついて配役を再び白波さんに返上することだった。


 財閥令嬢として生まれた私は、人には威張れないが嘘が上手い。小さい頃からそういう方面の修練を社交で積んできているからだ。

本当が見えなくなるまで幾つもの仮面を被って、偽りの泣き顔を浮かべ、私は学校に登校した。



「え、月之宮さん怪我をしたの!?」

 愕然とした声が幾つも教室から発せられる。驚愕に満ちた息苦しい空間で、控えめに残念そうな微笑を浮かべると、それを疑う者は誰もいなかった。


「階段から落ちちゃって。歩くくらいならできるのだけど、劇って……身軽に動かなきゃならないでしょう? 捻挫ぐせになちゃったみたいで、文化祭までに治るか分からないわ」

 嘘八百を羅列して、ため息を1つ添えると一気に周りは同情ムードになった。冷静に考えれば大分無理のある話だが、鳥羽はどこかホッとした表情をしている。とりわけ悲しそうにしているのは遠野さんで、彼女はすっと近寄ってくるとこちらの手をとった。


「……月之宮さんがいなくなったら、誰がヒロインをやるというの」

「それなのだけど……」

 そこで目配せをすると、ガラッと希未が扉を開けて教室にわざとらしく入ってきた。元気に手を挙げて、みんなに挨拶をしてくる。


「おっはよー! みんな! 集まって何を話しているの?」

「ああ、希未……」

 切なそうな表情を作って、私は薄幸の女子高生を気取った。


「私ね、足首を捻挫してしまって劇には出られないみたいなの……すごく残念だけど、辞退するしかないわ」

「ナ、ナンダッテー! ソンナコトガアルノカー!!」

 棒読みの反応をした希未に、私が少しイラッとする。アンタはもう少し、普通にできないのか。


「だから、私と同じくらいに票を集めた人に代わりをやってもらいたいのだけど……」

「ソレナラ白波チャンガイイト思ウナー。なんてったってえっとねー、カワイイし、かわいいし、可愛い……し」

 指折り数えて白波さんのいいところを並べようとした希未がぎこちなく言う。それっぽく理由を述べようとしたはずなのに、結局可愛い以外の感想を見失っていた。



「え、ちょっと待ってよ! なんで私の名前がでるの!?」

 驚きに白波さんが声を上げると、私は遠野さんに向かって攻め込む。


「遠野さん、エリスは純情なヒロインよ。私なんかより、白波さんの方がタイプとしてよっぽど似合っているのじゃないかって、ずっと悩んでいたの」

「そんなことないのに……」


「それに、私、やっぱり好きでもない男子とキスをしたくはないわ」

「…………うん、分かった」

 私が恥ずかしそうに囁くと、無言になった遠野さんは小さく頷いた。周りもそれを聞いて納得ムードになる。


「そりゃそうだよな、普通は嫌だろ。俺だって月之宮とんなことするのは抵抗あるぜ」

 鳥羽が息をついてニヤッと笑った。

私がソッポを向くと、彼は全てを見通したように発言をする。


「それで、月之宮がまるで嘘でもついているかのようなタイミングで怪我をしたわけだけど、指名されている白波は代役をする気はあるのか?」


「そ、そんなこと言ったらダメだよ! 鳥羽君!」

 びくっと怯えたように竦んだ白波さんが、慌てて恋人の口を塞ごうとする。接近した2人の距離に遠野さんが呟いた。


「……確かに、エリスのキャラクターに合っているのは……馬鹿な白波かもしれない。舞姫のエリスというのは、元々そこまで器用な娘ではない、から」


 その言葉に、鳥羽が椅子に腰を下ろして不良のように脚を組んだ。

「だけどどうするつもりなんだ? 月之宮。白波にセリフが覚えきれるとも思わないんだが、カンペでも用意するのか?」


「そうですよ! 私に、暗記なんてどう頑張っても……」

無理、というセリフが出てくる前に、私は口端をつり上げた。鞄に持っていた秘密兵器を取り出し、白波さんの耳にちょこんと装着した。


「これを使えばいいのよ」

「ほえ……」

 瞬きをした白波さんが、自分の耳を触る。そこについた受信機は目立たないように凄く小さくて、だけど性能のいいものだ。


「月之宮財閥のボディガードが使っている超小型無線機よ! 舞台の上に立ってしまえばこんな小さい道具はみんなから見えないし、全ての台本を覚えている私がこれで舞台の裾からバックアップするわ!」

 私が堂々と宣言をすると、皆がどよめいた。呆気にとられた様子の人々もいたけれど、一番最初に笑い出したのは鳥羽だった。

腹を抱えて爆笑している。


「おま……っ 何を言いだすかと思ったら、こんなこと考えていたのかよ! すんげえバカバカしいけど、俺はその案に乗るぜ!」


「ふふん、白波ちゃん。これでも舞台に出るのは嫌?」

 腰に手を当てた希未に言われて、放心していた白波さんがゆっくり視線を動かす。その視界に入った私が安心させるように笑いかけると、彼女は泣きそうな顔になった。


「一緒に演じましょう、白波さん。あなたにできないことは私がやるし、私にできないことをあなたがやってください」

 息を呑んだ白波さんが、唇を震わせる。


「そんな……私なんかで、いいの……?」

「私は白波さんでなくちゃ嫌よ。本当だったらあそこで選ばれていたのはあなたなんだから、堂々と演じてちょうだい。

足首も、この通り、捻挫していることだしね」


 最後にチョットだけ茶目っ気を出した発言をすると、白波さんは睫毛を震わせて目をつむった。しばらく考えていたようだけど、やがては花開くように笑う。


「……はい!」


 希未が感慨深そうにため息をつく。

「案外、これが自然なのかもしれないよね。2人で1つってやつ?」

「どこの初代プリキ○アだよ」

 笑いを堪えた鳥羽が突っ込む。


 泣き笑いのようになった白波さんが微笑む。私も、心の底から笑う。

――私にできないことをあなたがやって、あなたにできないことを私がやる。

 出来るかどうかは分からない。詭弁でしかないのかもしれない、突拍子もない発想。だけど、なんだか上手くいく気がした。どうにかやれると思った。白波さんとだったら、それもいいと思った。


 だって、私とあなたは全然違うけど、友達なのだから。

友達というのは、助け合うものだと信じてみたくなったから。




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