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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
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☆186 恐怖政治と鬼畜の所業


「あっ、月之宮さんが帰ってきた!」

 はじけるような笑顔で、私を見た白波さんが声を上げた。

時刻はとうに正午を過ぎており、みんながいるのは賑やかになっている食堂だ。今の可愛らしい声につられて周囲の視線がこちらに集まるが、そのことに対する恐怖はもう私の中には存在していない。……むしろ、気恥ずかしさばかりが先行する。


「……あれ? 東雲先輩も一緒なの?」

 のほほんとした希未のセリフに、私はきまり悪さに目の前の椅子に滑り落ちながら、うなだれた。いつもだったら遠くに行ってくれるはずなのに、今日の東雲先輩は私のことを放そうとしないのだ。

独占欲を見せている彼の態度に、鳥羽と白波さんは驚きに目を見張る。辺りから、女生徒のショックを受けたような悲鳴が聞こえてきた。


「ここまで来たんですから、離れてくださいよ。東雲先輩」

 私が渋面を浮かべると、東雲先輩は片眉をつり上げる。否定的に両腕を組んだ彼は、私の言葉などお構いなしに隣の席に腰かけた。


「……何か僕を遠ざけたい理由でもあるんですか?」

「そういうわけじゃないですけど、でも……」

「だったらこのままでもいいでしょう」

 フッと笑った東雲先輩は、途中の自販機で買った缶コーヒーのプルタブを開ける。プシッと音がしたスチール缶を口に当てて中身を飲み始めた。

すごく自然な光景だけど、いかんせん距離がいつもよりも近い。あと3メートルぐらいあけて遠くから空気になって眺めたい心境にかられながら、私は渋々教室からとってきたお弁当を紐解いた。


「おっどろきー。お前と東雲先輩、付き合い始めたのかよ」

 空気になりたい私に、空気を読まない鳥羽が頬杖をついてこんなことを言った。うん、ややこしい。


「ちが…………っ」

「そうだ」

 私がぎろりと凄い剣幕で睨み付けたのにも関わらず、東雲先輩は淡々とそう返答をする。それを盗み聞きしていた他生徒がどよめきを上げる。違う、これは誤解だ! 私と妖狐はまだそんな関係なんかじゃない! 焦っているのをよそに、東雲先輩は綺麗な対外的な笑顔で爆弾発言を投下した。


「春に囁かれたことがありましたが、僕と月之宮さんはそういう仲で間違いありません。どこかのトウヘンボク教師との今日の噂、彼女は潔白ですから」

 いやに後半に重点をおいた発音だった。

馴れ馴れしくも、私の肩を東雲先輩が抱く。瞬間的に頬が沸騰したように熱くなって、湯煙を上げながら私が沈み込むと、それを見た鳥羽が何かを感じて身震いをした。

不快じゃないかと云えば、不思議とそうではない。けれど、かといってこの近さを素直に受け入れていいのかというと、それは違う気がするっていうか……。


「そ、そうか。良かったな、月之宮」

 盛大に目を逸らしながら鳥羽が言った。


「わあ、素敵」と、危機察知能力が鈍麻しまくっている白波さんが、のんびりと頬に手を当てて微笑む。 何が素敵なのよ、呑気にロマンチックに浸ってんじゃないわよ!


「だから、ちが…………っ」

 否定の言葉を重ねようとした私の脚に、思いっきり希未の上履きのつま先で蹴りが入る。その痛みに悶絶している隙に、受付嬢みたいな笑顔を浮かべた希未が大きな声でこう言った。


「それはおめでとうございます! 東雲先輩!」

「どうも祝福してくれてありがとう。栗村さん」

 傍から見たら後輩と先輩の美しい姿だ。私の意思がねじ伏せられていることを除けば、すごく綺麗に話がまとめられている。

 ひ、ひどい。恐怖政治だ。

明らかに鳥羽も希未も、私たちが付き合っていないことに気付いているでしょうに。

一気に柳原先生と私の関係についての邪推されていた噂話が、東雲先輩によって強引に上書きされていっている。


 ……これ、現時点はいいかもしれないけどそう遠くない未来で苦労するんじゃあ……。

死んだ目になった私が、救いを求めて食堂の中を探していると、険悪な眼差しを湛えた人物が一人分視界に入った。ほどけかけた黒の三つ編みをした、白い頬を怒りで赤に染めた文学少女が食堂の奥に立ってこちらを睨みつけていたのだ。

 思わず唖然としていると。

視線が交差した彼女は、震えながら私の傍までつかつかと歩み寄った。持っていた本を八つ当たりするようにテーブルの上に叩きつけ――その小さな手のひらで私の頬を思いっきりよくぶっ叩いた!



「―……柳原先生がいるくせに、生徒会長と付き合うなんて、この、裏切り者!」


 遠野さんから甲高い怒鳴り声をぶつけられ、衝撃を受けた私は放心状態となった。



「……うらぎりもの、裏切り者! ……よくも先生の心を弄んでおきながら……っ」と、何度もバシバシと殴りかかられる。

「八重に何をするんだ!」

 怒りに手を上げていた遠野さんの腕を、東雲先輩が取り押さえる。鳥羽も慌てて彼女を抑えるのに手を貸した。


「ちょっと遠野ちゃん! それは誤解だってば!」

「そうですよぉ、暴力はダメです!」

「オマ……ッ 狐さまの前で殴るのはひとまず止めとけ!」


「……何が、誤解なのよ、あんな写真に映されておきながら……っ」

 希未や白波さん、鳥羽が慌てて止めに入るも、遠野さんは黒髪をふりみだし、一筋を嚙みながら怒りのこもった瞳をこちらに向けた。


「おい、ボクの八重さまに何をやってるんだよ!」

 騒ぎを聞きつけ、慌てて遠くから駆け付けたのは、松葉だった。

髪をふり乱した遠野さんの顔が険しくなる。泣きそうになって、瞳から涙が零れる。歪めた口端から、こう叫んだ。

「……ふ、ふざけないでよっ」


「それはこっちのセリフだな」

 言い放ったのは、東雲先輩だった。遠野さんを床に突き飛ばすと、拘束を外して冷たく見下ろす。キッと彼女に睨み付けられた私が戸惑っていると、庇うように前に立ちふさがった。


「一体どうしたんだよ、ボクのご主人様に襲いかかるなんて……」

 呆れたように事情の分かっていない松葉が近づいて手を差し伸べると、立ち上がろうとした彼女は忌々しそうにその助けを見る。

がやがやと周囲がこの様子を見て騒がしくなり、それに気付いた遠野さんは下唇を噛みしめた。

 私は、できるなら釈明したかった。柳原先生と私の関係は濡れ衣なのだと原稿用紙1ページ……いや、10ページくらい割いて大々的に説明したかった。彼女との仲をもう一度修復したかった。

……けれど、怒りに震えている人間に私からの言葉など届くのだろうか。どう見ても上から目線の叫びなど、人の心に響くのだろうか。

……私は、遠野さんの友人にふさわしかったのだろうか。


「遠野さん、あのね……」

「……聞きたくない」

 口を開いた私に、遠野さんが後ずさる。……その時、私の横にいた希未がスマホをおもむろに取り出して耳元に当てた。


「あ、柳原先生? ちょっと今騒ぎが起こってるんだけど――」

 びくりとその名を耳にした遠野さんの身が竦んだ。不安、恐怖、悲しさがその暗い眼差しに宿る。今の激高はつい感情的になってやってしまったことなのだろう。


「……いや……」

 ……先生を呼ばないで。と、彼女は歯をカタカタ言わせて立ち上がった。その顔色は病的に青白く変わっている。


「はあ!? 今は煙草を買いに行ったコンビニだから後10分待てって!? 冗談はやめてよ、事件は現場で起こっているってのに、何さ!」

 そんなことには構わず、希未は電話を続けている。

遠野さんにとったら鬼畜の所業だ。こちらはこちらで頭に血が上っているらしい。……っていうか、こんな時に雪男は校外に出てるんだ……。


「だから、遠野ちゃんが八重を引っぱたいたの! 食堂で! 一般生徒の前で!」

 じりじりと後退していく遠野さんは、食堂にいた見物人の視線に晒されて小さな悲鳴をもらす。ようやく今の自分が起こした騒動の規模に気が付き、太陽に当たったヴァンパイアのようにもんどりうって扉から屋外に逃げ出してしまった。


「……遠野さん!」

 慌てて声を掛けたけれど、その呼びかけは届かない。


「追いかける必要はありません、八重」

「そうだよ、それより自分の心配しなって。ほっぺた、いったそ~」

 不愉快そうな東雲先輩と松葉の言葉に、ようやく私は自分の叩かれた頬が赤くなっていることを知った。





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