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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
188/361

☆177 砂糖まみれの救難信号


 考え方を変えよう。

悪夢に見た恐怖の期間が終わったことを、もっとポジティブにとらえよう。私の前世からもたらされた知識にあった災厄が全て起こらなかったことを喜ぶべきではないだろうか?

バッドエンドではなく、これ以上ないハッピーエンドに辿りついたヒロインと攻略対象者に、サポートキャラであったはずの希未は一日中かけて盛大にからかった。


「……いやあ、本当にコングラッチュレーション、おめでとう! すっかり常春頭になった鳥羽君や、ようやく報われて良かったねえ!」

 にしし、と満面の笑顔で小突かれた鳥羽が、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「……なんでお前までここに居るんだよ」

「え? そんな愚問を云っちゃいます? 今までずうっと一緒に昼食をとってきたくせに、いきなり私たちをハブろうっての?」

 学校の屋上で彼女と2人っきりで昼休みの食事にしようとした目論見が外れた鳥羽同級生がピクリとこめかみを引き攣らせた。


「この荷物をまとめて帰れ!」

「やあ~だ~、これだから発情期のやって来たケダモノは……」

「帰れ、帰れ、帰れ帰れ帰れ! 消えろ、失せろ、このマイマイガ!」

 けんもほろろな態度の鳥羽の反応に、私はひっそり微笑んでこう言った。


「ここで女友達の私たちが帰っちゃったら、また白波ちゃんがイジメられちゃうのよ? 彼氏の鳥羽はそれでもいいの?」

「…………くそっ」

 私の指摘は図星だったらしい。

2人分のお弁当箱を持った白波さんは、困った状態で笑うしかないといった感じだ。推測されるに、その中身は青春の象徴や真心的な物が沢山こもっていると見た。

 躊躇いながらも、彼女の可憐なグロスの塗られた唇が開かれる。


「あの、ね……。約束してあったから、鳥羽君のお弁当まで私が作って来たんだけど……」

「わぁお! 愛妻弁当!! やあだ、もう、鳥羽ったら愛されてるぅ!」


「あ、あい……っ」

「それで、私たちの分はどこにあるの?」

 図々しい発言をした希未に、白波さんが凍り付いてしまう。


「ひ、必要だった……?」

「まさか鳥羽の分しかないわけ? ……なんで私の分はないの? おかしいじゃん。

普段からインスタント食品で生活している気立てのいい女友達にも、ついでに作ってきてあげようとか思わなかったの?」

「ふええ……」

 希未にまくし立てられた白波さんが、冷や汗を流しながら縮こまる。いやいや、あなたが怯える必要はありませんから。私の親友は単に言いがかりをつけたいだけだから。

ストッパーの私が止めに入ろうとしたところで、鳥羽が希未の首根っこを掴んで怖い顔になった。


「妙ないちゃもん付けてんじゃねえよ、お前は白波の男でもなんでもねーだろうが」

「ふん。私に付くもんが付いてたら、鳥羽の最大のライバルになってたかもしれないし?」


「もしも生えてきたら報告しろ。俺が園芸部の剪定ばさみで根元からちょんぎってやらあ」

 いやはや。天狗も男の身だというのに、凄く痛そうなことを言う。

ひいっと悲鳴を上げた希未に凄惨な笑いを洩らすと、鳥羽はおざなりに吊し上げていた彼女を屋上のタイルに放り投げた。

身軽に着地をした親友は、私の方に泣き真似をして縋りつく。


「八重ーー、鳥羽が怖いことを云うよお……」

「安心しなさい。鳥羽の手をかかずらせる前に、そうなったら私が金属バッドで急所を潰すことにするわ」


「八重まで私のナニ(仮)に何をしようと!?」

 淡々と告げると、その言葉を聞いた希未が震えあがる。嫌だなあ、もしもの話をしているだけじゃないか。


「白波さん、本当におめでとう」

 悲しい思いも薄れてきた私が笑顔を作ると、白波さんが「ありがとう」とニコッと笑った。多分彼女は、今の会話の意味がよく分かっていない。

瞳を眇めた鳥羽に、白波さんが楚々とお弁当を差し出した。


「……冷凍食品じゃない唐揚げが入ってる」

「なるべく手作りにしてみたの」


「これってお前が揚げたのか?」

「……うん」

 意外そうな声を上げた鳥羽に、料理上手の白波さんが恥ずかしそうに照れ笑いをした。覗き込んでみると、お弁当箱にこんがり綺麗な唐揚げに黄色の甘そうな卵焼き、味の染みた大根と人参の煮物にシメジの炒め物が入っていた。


「なんか全体的に茶色になっちゃったけど……」

「いや、旨そうだから気にしないよ。むしろ、朝っぱらからよくここまで作って来たな」

「えへへ、頑張りました」

 気のせいか、2人のやり取りに砂糖分が増量されている。聞いているだけで甘さに胸焼けがしそうだ。失恋した心の傷に塩が……いや、舐めたくもない白砂糖がゴリゴリ擦り込まれている気分だ。

やっぱりこの席に一緒にいるのは間違いだったかもしれない。

食傷気味になっている私に対し、同じく彼氏のいない希未がヒステリーのごとく叫んだ。


「私たちの存在を忘れて2人っきりの世界に浸るなーー!」

「は?」「ふえ?」

 キレ気味の鳥羽に、完全に天然な白波さん。


「独り身の私たちが可哀そうだとは思わないのか! メーデー、メーデー! この2人の作る甘ったるさから、誰か助けてえ!」

「うるっせえな、だったらお前らも相手を作ればいいことだろ」


「東雲先輩がいる八重ならともかく、この私になんっつー無茶ブリを言い渡すのか!」

 いきなり東雲先輩の名が挙がったものだから、もぐもぐ無視を決め込んでお弁当を食べていた私の喉にカリフラワーが誤飲されるところだった。ゴホゴホと詰まりかけた野菜を吐き出そうと顔色悪くむせていると、慌てた白波さんがお茶を差し出し、背中をさすってくれた。


「適当にそこらの男でも捕まえりゃいいことだ。要はヤル気の問題」

「世の中はそう簡単に事が運ばないものなの! 大体、白波ちゃん1人捕まえるのに、一年以上かかった鳥羽には云われたくないやい!」


「……うるせえ、飯なら黙って食え!」

「あ、逃げる気!? 大体、アンタは自分がモテるからって――っ」

 ようやく呼吸が正常に戻った私は、希未がやけくそのように焼きそばパンをかじりながら、びしっと鳥羽を指差した姿を目にした。


「色々鳥羽には云いたいことがあるけど、とにかく業務連絡! 今日の放課後はアクセサリー作りをやるんだから、白波ちゃんと付き合い始めたばかりでも逃げないでよね!」

 ……すっかり忘れていた内容に、私たちは目を丸くする。


「返事は!?」

 唾を飛ばしながら希未に怒鳴られ、鳥羽は唐揚げをむしゃむしゃ咀嚼しながら嫌そうに頷いた。


「……おう」

 ここで白波さんの女友達的な立ち位置である希未や私を遠ざけるのも、彼の冴えた頭はそれはそれでデメリットが大きいと判断したのだろう。

その冷静な演算が正しいことを理解していた私は、どこまでもソツのない返事になんとなくつまらない思いでそのやり取りを眺めていた。




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