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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
181/361

☆171 彼は波乱万丈の航海に出た

 VOCALOIDボーカロイドとは、人間の声を元にした機械音声の合成技術のことである。とある動画サイトとの親和性が高く、このソフトを用いられた作曲の中でもクオリティの高いものは、再生回数ランキングなどにも食い込む人気ぶりである。

初期はオタクを中心に人気が高かったが、知名度の上がった現在では高校生などの若い世代によく知られ、親しまれている。

近年では国営放送などでも取り上げることがあり、それが普及に一役買っているとの見方もできなくもない。

この提案を聞いた軽音楽部の人たちは、熟考した後にこう言った。


「なるほど、夕霧氏の案は悪くないね。ボーカロイドの楽曲だと大っぴらに宣言しなければ、教員も普通の曲と勝手に勘違いしてくれるだろうし」

 シンセサイザー担当の丸メガネ男子は、やれやれとため息をついた。


「タ、確かに、厳しい文化祭実行委員の目をかいくぐるには、ソうした方がげげげ、現実的かもしれないんだナ」

 頬についた肉を動かしながら、ドラムの男子が悲しそうに言う。電波ソングを歴史ある進学校のナイトステージで演奏することのマズさは分かってきたらしい。


「他人の目に負けるとは、オタクとして恥ずかしくないのか! そんな軟弱な提案に乗るなんて僕は反対だぞ!」

 腕組みをしているのは、ギター担当のもやし君だ。


「しかし、事が起これば我々以外の軽音部員も処罰を下される恐れ在り。……ここは、愚策でも鳥羽君のいう事に従った方が穏当ではないか?」

「シャラップ! 僕らの文化祭が日和見思考に汚されてもいいのか!」


「ボボ、僕はそこまでボカロは嫌いではないんだナ」

 何かごにょごにょと話し合っている軽音部員達をチラリと見ると、無駄に偉そうな鳥羽が上から目線で言い放った。


「……で、結論は? 俺はボーカロイド以外の変な曲だったらボーカルは引き受けないぜ」

 これだけ彼が強気な理由は、春からの夕霧君によってボカロ知識の洗脳教育が施されているからである。

 仮にもお礼の鳩サブレをすでに食べているクセに、なんでこんなにふてぶてしいんだろう。鳥羽の態度にも引いている私が困惑の眼差しになっていると、バンドのリーダーが悲鳴のように叫んだ。


「もも、もうちょっと待ってくれ!」

「ぐだぐだしてるようなら俺はクラスに帰るぞ」


「わっ――分かった! 君の提案を呑もう! 演奏する曲は全てボーカロイドのものにするから、ボーカルから逃げないでくれ!」

 ひゅう、と希未が口笛を吹いた。

折れた軽音部員は、鳥羽に縋りつかんばかりになっている。


「……いいぜ、引き受けた」

 腕組みをして、鳥羽がなんともアヤカシらしい笑みを浮かべる。その上がった口端に高慢さが表れていたけれど、交渉が無事に終わったことに私はホッとする。

文句を言っていたギターのもやし男子が落胆のため息を洩らすと、やがて、こう呟いた。


「全く、このような一般人の意見に流されるなどと、なんと愚かな……」

「まあ、そんなこと云ってないで、やるなら仲良くやろうぜ」

 にっと鳥羽に明るく笑いかけられ、彼は言葉に窮してしまう。じわじわと頬を赤らめたギター担当は、そっけなくこう返した。


「……どうせオタクのことを見下しているくせに」

「苦手なのは確かだけど、別にお前らだけをとりたてて見下してるわけじゃねーよ。人間は大体平等に扱うって決めてるからな」


 私にはなんとなく鳥羽の言っている意味が分かった。

一見いいことを言っている風だけど、その中身を意訳するとこんな感じだ。

――お前らだけを特別扱いしているんじゃなくて、人間は全部平等に俺以下だって思ってるから。

 ……私の目が据わる。天狗の口に腐った納豆を詰め込みたくなった。


 赤面したもやし男子が叫ぶ。

「……そ、そんな言葉を信じるとでも……」

「信じても信じなくてもいいさ。でも、一旦バンドを組んだからには解散するまで俺とお前は仲間だ」


「し、視野の狭い一般人なんかに僕がほだされるとでも……」

 そう言いながらも、友達の少なそうなもやし男子はどこか嬉しそうだった。気付いたら、鳥羽と握手まで交わしている。

オタクと一般人の違いだけならまだしも、異文化交流している相手が人外だなんて彼は考えてもいないだろう。


「ソ、そうと決まったら鳥羽君には練習が必要なんだナ。ベースなら先輩の置き土産があるから、それを触って慣れるのがおススメなんだナ」

 太ったドラム男子が、いそいそと部室に飾られていた楽器を棚の上から下ろす。黒いボディで4本の弦が張られているベースだ。見た感じではそれほど高いものではなさそう。


「これって幾らぐらいのものだ?」

「ここ、これは5万円ぐらいのものなんだけど、先輩のお古だからそこまで新しくはないんだな。おっ……音にこだわるのなら、新しく購入することをおススメするんだナ」

「ふーん、そんなものなのか」

 しゃがみこんだ鳥羽が、試しに指で弦を撫でる。ゆっくりはじくと、高めのサウンドが部室に響いた。

おずおずと様子を見守っていた白波さんが、仄かに笑う。


「なんだか、鳥羽君楽しそう。仲良くなれたみたいで良かったね」

「どうなることかと思ったけどね」

 言葉を交わしながら談笑している鳥羽と軽音部のメンバーを遠巻きにしながら、私は白波さんに微笑んだ。


「この調子なら、もう喧嘩もすることはないんじゃ――」

 希未が楽観的にそう言おうとした時のことだった――丸メガネの男子の一言で、部室が凍り付いたのは。



「それで、後夜祭で演奏するボカロ曲は勿論下ネタも有りなんだよね?」



 ……それは、冗談で言ったにしてはわりと本気の匂いのする発言だった。

 この言葉を聞いた鳥羽は、怒りに口端をひくつかせる。


「そんな発想しかできねえのかテメエ!!」


 こうして、鳥羽と軽音部で構成された臨時バンドは、波乱万丈の航海に出たのであった。




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