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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
秋――消えゆくメモリー
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☆163 突然の見舞客

 入院していた間は、もっぱらファンタジーを読んでいた。

空想小説はいい。現実世界の煩わしい悩み事を綺麗に逃避させてくれる。

紙媒体も、電子書籍も、ネット小説も関係なかった。面白いものは面白いし、つまらない駄作はどこも一定の確率で存在するから。

病院の廊下から暇つぶしに外を眺めていると、不意に人の気配がして顔を上げる。


「……月之宮さん!」

 勢いよく走って来たのは、ここにいないはずのクラスメイトだった。

 全力ダッシュの突撃。


「――きゃあっ」

 ぶつかる寸前の態勢で抱きしめられ、私は悲鳴を上げる。

 ぎゅうーっ……


「月之宮さん! 私、お見舞いに来ました!

どうして入院なんかしちゃったんですか!? なんで一言も具合が悪いことを言ってくれなかったんですか!? 心配したんだよ、すっごく驚いたんだよ! 胸が張り裂けそうなくらいだったんだよ!

もう! 友達なのに、アドレス交換しても連絡もちっともないし! 寝ても起きても携帯電話を見張っていた私は何なんですか、バカみたいじゃないですか!

って、ああ! そういえば私、馬鹿な子でした!」


 まくしたてる彼女の腕の中で呆然としていると、来客の案内をしてくれていたらしい看護師さんが微笑ましいものを見るような眼差しを向けてくる。

純粋な好意の塊をぶつけられた私の目が若干死んでいるのにも関わらず、だ。

流石に予想外の出来事に事態が分からず困り果てていると、そこに親友の声が響いた。


「やーい、白波ちゃんのせいで、病人がぐったりしてるぞ~」

「はう!?」

 白波さんの拘束が少し緩くなる。

にしし、と明るい茶髪のツインテールを振り払い、栗村希未は笑顔になった。


「調子はどうだい? お見舞いに来たよ、八重!」

「……よくここが分かったわね」


「そこは柳原先生からの情報だよ。もっとも、ここまで広い建物だと思わなかったから迷いそうになったけどさ」

 肩を竦ませた希未に対し、隣にいた男子は片手を伸ばして白波さんを私からひっぺがした。べりっとな。


「こら、白波。月之宮が困ってるだろーが」

「え、あうう……」

 てへ、と小首を傾げた白波さんに、私は苦笑してしまう。可愛らしい妖精は可憐にはにかんでいた。

 眉をつり上げた鳥羽はため息をつくと、私に白い紙箱を渡してくる。


「月之宮。これ……一応見舞いの品だけど」

「あ、ありがとう」

 目を丸くすると、鳥羽は照れているのか顔を背けた。普段では見られない表情に珍しさを感じる。


「その中身ね。買ったものじゃなくって鳥羽の手作りらしいよ」

「え?」

 希未からの情報にびっくりした。

てっきりどこかの洋菓子店で買ってきてくれたのかと思っていたら、お手製の品物だとは。


「要らねえなら持って帰るぞ」

「いや、いります!」

 渋面を浮かべた鳥羽が菓子箱を持って帰りそうになったので、私は釣り餌に食いつく魚のように飛びついた。


「何を作って来てくれたの?」

「……杏仁豆腐だけど」

「ふうん、そうなの。気を遣わせたみたいでごめんなさい」

 心の中では喜びを感じながらも、表面では涼しい顔で私の病室まで案内をする。


「体の方は平気なのか」

「……問題ないわ。心配しないでくれて大丈夫よ」

 病棟を歩きながら鳥羽の質問に返事をすると、希未が頭の後ろで手を組みながらこう言った。


「急性胃炎だって?」

「……まあ、そうだけど。胃炎くらいでみんな大げさよね。そこまで大層な病気じゃないんだから、お見舞いに来なくても良かったのよ?」


「いやいや、屋外で倒れた人にそう云われても説得力ないって」

 私の言葉に、希未が複雑そうに笑う。


「そうですよ、疲れた時ぐらい弱音を吐いていいんです。病名の大小は関係ありません」

 白波さんが人差し指を立てて、真剣にこんなことを言ってくれた。

カラメル色の髪とスカートの裾を揺らした彼女に、鳥羽は爽やかな笑顔になる。


「まあ、月之宮のストレスの半分くらいは白波の面倒を見てたせいな気がするけどな。いつかの巨大化したミドリムシとか最たるものだろ」

「ひぎゃあ!?」

 蛙がひしゃげたような声を出した白波さんに、鳥羽がぶくくく、と意地の悪い笑みを堪える。


「ま、まままさか、月之宮さんが倒れたのって私のせせせぃ……」

 トラウマスイッチが入った彼女がカタカタ震えながら血の気を引かせている光景に、私は天狗を睨み付けた。

好きな女子をからかうにしたって悪趣味すぎる。


「ちょっと鳥羽? 今のセリフは酷いんじゃないかしら」

 素知らぬ顔をしていた希未も棒読みで追随した。

「そうだよー、いくら事実でもー、云っていいことと悪いことがあるってばー」


 ……ガタガタガタガタガタガタガタッ

白波さんの出す振動が更に激しくなった。瞳は虚ろになり、輝きがどこかに消えている。白くなった指先が哀れなことになっていた。

傍若無人な発言にイラッときた私は、鳥羽と希未の後頭部を手刀を作ってしばく。スパン、スパアン!といい音がして、2人とも勢いでつんのめりそうになっていた。


「いてえ!」「いたっ」


「……何か文句でもあるかしら?」

 私の怒りの眼差しに彼らは口をつぐむ。

コイツらのせいで放心状態となった白波さんからは、魂が抜けかけている。


「……白波さん? 気にしちゃダメよ、こんなイジメっ子の言葉なんか」

 ヒロインの目の前で手を振っても、反応が返ってこない。へんじがない。ただのいけるしかばねのようだ。

 鳥羽からのダメージが大きすぎた模様。

フォローしようにも耳に届かない様子に、どうしたものかと悩みながら病室のドアを開けると、簡易ベッドに寝転びながら漫画雑誌を読んでいた松葉がいた。


「あれ? 八重さま、誰か連れてきたの……って、何だ。間抜けカラスと栗村センパイと役立たずの白波小春か……ふわぁ……」


 大あくびをした松葉の発言に、世界にピシリと亀裂が入った音がした。

今の無神経な一言によって、心優しい白波さんにあからさまにトドメの一撃が入った。じわっと目に涙が滲み、悲しそうに呟く。


「私……存在自体がご迷惑なようなので帰りますね……」

「帰らなくていいから! 迷惑なんかじゃないし、私が倒れた原因は白波さんじゃありませんから! ホントうちの不遜な式妖が変なこと云ってごめんなさい!」

「ちょ、八重さま……ぐえ!」

 力一杯に松葉の首を絞めながら、私は必死に叫ぶこととなったのだった。


 ――どいつもこいつも、ろくなことを言わないんだから!!




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