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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆154 イギリス産冷凍食品

今回は短いです。

 時刻は丁度東雲椿が月之宮八重を車に乗せて道路を走らせている頃のこと――その時、海外に留学していた兄、月之宮幽司がどうしていたのかといえば、


『……だから、聞いてらっしゃいます!?』

 傷1つを負わずに身代わりを消費して戦闘を終えた日之宮奈々子の愚痴に延々と電話越しにつき合わされていたのだった。


「奈々子さん……、君、日本とイギリスの時差は考えて電話をかけてきてる? こっちは仮眠をとってる最中で叩き起こされたところなんだけど」


『あら、時差8時間ならそちらは丁度お昼の13時くらいになったところではないの? ……真夜中のフリして嘘をついて逃げようったってそうはいかないわ。もしもこんな時間に寝ようとしてるのなら、怠惰の極みね。むしろ起こしてあげた婚約者のあたしに感謝して欲しいくらいよ』


「あーあ、全く。私の婚約者は思いやりというものが欠けていてかなわないねえ。もっと我が妹の八重さんを見習って、優しさとかそういうものをその毒舌に搭載したりできないの?」


『後付けの猿真似なんて嫌よ。あたしのやることに文句があるのなら、そっちから婚約の解消を申し込んでくればいいことでしょ!』


「自分にできないことを私に求めるのは止めておくれよ。

これは謂わば選択肢を失った末の婚約なのだから、当事者の意思で断ち切ることなんて不可能さ。

いくら相性が悪かろうと、不満が募ろうと、奈々子さんが私の子供を1人でも産まない限りは、次世代の霊能力者を確保しないことには縁を切ることなんてできないんだ。……それぐらい、日之宮に生まれればとうに理解していることだろう?」


 生欠伸をした幽司の言葉に、奈々子は不愉快そうな表情になる。


「そんなこと、とうの昔に理解してますわ。他の殿方なんて選択のしようもないですし、幽司様くらいしか、あたしに釣り合う霊能力者なんていやしない」


「そして私にも、この矛盾に満ちた自分を理解してくれる婚約者は奈々子さんしか見つからなくってね。それに、私は男だから愛がなくても子作りくらいできなくもないし……」

 幽司の言葉に、奈々子は冷やかな眼差しを液晶画面へと向ける。


「口ではなんとも云えますわ。婚約者だなんて名ばかりで、今までに一度もあたしを抱こうとしたことなんてないくせに、本当にそんなことが幽司様にできますの?」


「そうして欲しいのなら、そうしてやってもいいけど? 今度帰国した時には、どっかの旅館にでも行くかい?」


「何ですの? その情けをかけてあげなくもないって感じの無駄な上から目線は!

むしろそこは、幽司様の額をその部屋の床につけて這いずりながら『このグズでマヌケでヌケ作な私めの子どもを申し訳ありませんが産んでください』とあたしに懇願する場面でしょう?」


「清々しいほどに嫌がってくれてどうもありがとう、奈々子さん」

 ソファーにだらりと座っていた幽司は思った。やはり、自分たちの歯車はどこかかみ合っていないままだと。いくら言葉を重ねても、空しく空回りをしていくばかりなのだ。

それもそのはず。義務として約束している婚約がありながらも、幽司と奈々子は互いに恋などしていないのだ。そこに思いやりはなく、恋愛感情もトキメキもなく、こうして会話をしても些細なことで傷つけあうばかり。


「……ああ、嫌だ嫌だ。日本になんか帰りたくない。私にちっとも優しくない奈々子さんとの結婚式が手ぐすねを引かれて待たれているかと思うと、一生このイギリスから出たくなんかない」

「嘘をおっしゃい」

 奈々子が白けた反応を返してくる。


「そうして人を欺くことばかりやっていますと、いつかろくでもない落とし穴に嵌まってしまいますわよ」

「……何のことだい?」


「ですから、嘘つきも大概になさらないと……」

「……でも、奈々子だって似たようなものじゃないか」

 薄く笑った幽司の不穏な空気に、奈々子はびくりと身じろぎをする。


「ある種、私と君は似たもの同士だ。だからこそ、愛憎混じってこう思うんだろうね――両者共に憎らしい、と」


「……幽司様は、あたしのことなんて愛していないじゃありませんの」

「おあいにく様。君だって私のことを大して好きじゃないんだろう?」

 くくく、と幽司は笑う。

奈々子は酷い顔をしていた。その傷ついた瞳に、ようやく彼は満足感を覚えた。第一、ずるいではないか……自分がこのヨーロッパで苦しんでいる最中に、彼女は八重に何度も会っているのだ。


「はてさて、頑固な八重さんはこの盤上でどこまで足掻くのかな……」


 遠く離れたイギリスで、嘘つきな彼は義理の妹のことを思う。

この先に待ち受ける残酷な未来に絶望した時、彼女はようやくワガママな子ども時代を終え、物わかりのいい大人になるのだろう。

その瞬間を待ちながら、空腹なことに気が付いた幽司はレンジで温めたピザに喰らいついた。


「……うげぼっ」

 そのイギリスで生産された冷凍食品は、吐き出しそうなほどにひどく不味かったことだけ追記しよう。




時差の計算を間違えていたらすみません。

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