☆145 進学問題
帰宅後。お風呂上りに自宅のベッドに寝転びながら、スマホでLINEのメッセージをチェックすると、そこにはこう返信があった。
『……で、それを俺に云ってどうしたかったわけ?』
律儀にウサギのスタンプまでついてある。
鳥羽の書いた文面はそっけないのに、このスタンプの意図はどういったことだろう。しばらく悩んだ後に、私は気にしないように努めることに決めた。
『鳥羽は、アヤカシが起こしたっていう連続殺人事件のことは何か聞いてたりしないの?』
と訊ねると、
『聞いてねえな。その知らせをくれたことには素直に感謝してるぜ』
とあっさり返ってきた。
彼の役に立つことができたのだとしたら、それは嬉しい。心が綻ぶような感覚に、私は自然と笑みを浮かべた。どうしようもなく自分が馬鹿だなあって、うんざりもするんだけど。
『それはどうも』
『でも、それって春に起きた事件だろ? 流石にそいつも警察の目から逃れるにはとっくに県境を越えて移動してるんじゃないか?』
『……確かに、マトモな頭をしているんだったら、何か月も現場周辺に残ってるなんてことはあり得ないわよね』
『ま、一説には犯人は現場に帰ってくるとも云われてはいるけどな』
『ちょっと、どっちなのよ』
ムッとしながらも文字を打ち込むと、新たな文章がスマホの液晶にどんどん増えていく。ファンキーなスタンプも一緒だ。
『そいつを警戒するなら、白波のことがどこまで噂になっているかにもよるよな。フラグメントが早死にする傾向にあるってのは、やっぱこういうことなんだろうな』
『……それってどういうこと?』
どくん、と私の鼓動が1つ鳴った。
神様の欠片を持っているということは、それだけで漫画の主人公みたいになることが約束されているわけではないのだろうか。
思えば、私は神子について殆ど知らないのだ。
『お前、本気でいってる? アイツがフラグメントとして持ちこたえられると信じてたのか?』
鳥羽の鋭い言葉が胸に突き刺さった。
脳裏に、十字架にかけられた白波さんの姿がまざまざと浮かんだ。彼女はこれからも幸福で居続けると信じていた私は、一体何だったのだろう。
『もしもこの先、白波がフラグメントとして霊的な不適合を起こした場合、アイツの肉体には少なからずの負荷がかかるはずだ。
そうでなかったとしても、欠片を持って生活している限りは人外に狙われ続けることになる』
『じゃあ、なんで鳥羽は白波さんと別々の大学に進学しようとしてるのよ!』
『あのなあ、俺だって困ってるんだ。
一流大学に行きたい意欲はある。その為に偏差値の高い高校に入学したんだからな。
白波の行く大学に進学レベルを下げて、生活圏を合わせることも考えたんだけど、下手すればアイツ、バカだから進学するつもりがないんじゃないかって気もしてさ。
……それで俺もつい、場の流れであーいっちまったんだけど』
『それはそれは! あんなこと云うから、鳥羽に迷惑かけないように白波さんが自立しようとしちゃうんじゃないの』
憤りを感じた私が、イライラしながらスマホを睨む。鳥羽にも事情があることは分かってはいるのだけど、流石にこれはない。
『うっせーな、しょうがねえだろ!』
『どこが仕方ないのよ!』
白波さんに友情を感じている私としては、これほど苛立つことはない。鳥羽への持て余した壊れかけの片想いがあったとしても、まさか彼女に死んでほしいとまで思ったことはないのだ。
若干八つ当たりめいたこともしたくなったけど、そこは堪えた。
『そこまで云うなら、進路指導の先公にどう言い訳したらいいのかお前が考えろよ!』
『はあ? なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ!』
ベッドにごろごろ転がりながら、私はむくれた。
どうせ恋敗れるのであったなら、白波さんには目一杯幸せになって欲しい。そうでなければ、この痛みも納得がいかないではないか。
『大体、月之宮。てめえだって白波とは別の大学に行くつもりだったんだろうが!』
『……だって、いいところに進学しないと親が許してくれないもの。仮に鳥羽や八手先輩がいるのなら、戦闘力の低い私が近くにいたって足手まといになるだけじゃない!』
的確にこちらの後ろめたいところを貫かれ、私はこんな論理を送ってしまった。
行けるのなら、私だって白波さんと同じ大学に通いたい。希未は猛勉強で付いて来てくれるかもしれないけれど、白波さんや遠野さんと私は学力がかけ離れている。
この私が、自分の保身だけであの子を見捨てているとでも言いたいの?
そんなこと……。
『結局、お前の友情ってのは親に逆らえない程度のもんなんだろ。そんぐらいの気持ちしかねえなら、俺と白波のことに口を出すな』
……なんで、ここまで言われなきゃいけないのよ。
鳥羽だって迷ってるくせに。
どんなに大事な友情があっても、アヤカシと殺し合いになるのはいつだって怖い。
私は、さして強くないんてない。剣を振るえても以前みたいな戦いになったら、今度こそ間違いなく負ける。
死にたくないと思うことがそんなに悪いこと?
あの子の幸せの為に自分の命を迷いなく差し出す勇気の出ない私は、非難されなくてはならないのですか。
これを強欲と人は後ろ指をさすのですか。
だったら、アンタこそ身代わりになってみなさいよ。
私のことを愚かだという奴等は、理想で私の代わりに死んでから後悔すればいい。
表情の消えた私は、悔しさを味わいながらスマホを操作した。
『……それでも、友達を大切だと思う気持ちはあるもの』
……こんなに死にたくないと思うのに……それでも、私はみんなも白波さんのことも好きだった。
『そうかよ』
鼻で笑う鳥羽が幻視できる。
『思ったのだけど、その神様の欠片と白波さんを切り離すことはできないのかしら?』
『なんでだ?』
『卒業までにそれができれば、言い争う必要もないのではなくて?』
『……まあ、それもそうだな』
鳥羽の返事に、私は少しホッとした。
霊的な不適合を起こしてしまうというのなら、フラグメントの資格を返上する手段を探せばいいのだ。
白波さんが神子であることを辞めることさえできれば、平和な日常が崩れることを怯えずに済む。彼女の命だって、危険に晒されることはない。
『分離は無理だとは思うけどな。ま、もしも白波やお前がその殺人アヤカシに殺されそうになったら、守ってやるぐらいのことはしてやるっつーの。
……だから、弱い月之宮はそこまで出しゃばらなくてもいいさ』
今までのやり取りが表示された画面を眺めて、私は呆然としてしまった。
自分の眦から、一粒の涙が転がり落ちた。
「……アンタのことは分かり辛いよ、鳥羽」
うっかり、このまま泣きそうになっちゃったじゃん。
このやり取りをしていた私は頭から抜けていたのだ。白波さんに、神の欠片について自分が浅慮な気休めのことばをすでに言ってしまっていたことを。
あなたのことを見捨てないって約束していたことを。
どちらも気軽に白波さんに合わせるには、学力が高すぎた2人です。
もしも進学の水準を下げた場合、彼女の負い目になってしまうことが一番の難題です。




