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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆143 藍色夜空に道草令嬢と鬼の誘い


 原色の入浴剤ばかりの雑貨屋。

繊細なマカロンの美味しい菓子店。

普段なら行かない100円均一ではマスキングテープ。

サンダルの可愛い靴屋さんに、小物店ではストラップの縫いぐるみ。


 色んな店を覗く度に盛り上がっては増えていく買い物袋を、唯々諾々として荷物係になっている八手先輩の両手が持ちきれそうに無くなった時。

藍色になった空を見上げた白波さんが、すまなそうに私へ告げた。


「ごめんなさい、月之宮さん。私、そろそろ帰らなくちゃいけないみたい」

 振り返った私の視界に、困っている彼女が映る。


「そうなの?」

「お夕飯は食べないと、作ってくれてたお母さんに怒られちゃうの。ほら、今日のお買い物って急な話だったから……」

 ごめんなさい、と白波さんの唇が綺麗な謝罪の言葉を口にした。

いつものカラメル色の髪は夜に紛れ、どこか黒っぽく見える。ぬばたまの月に照らされた肌は滑らかな色白だ。


「それはすぐに帰った方がいいわね。タクシーでも呼びましょうか?」

「電車で帰るから大丈夫だよ。ここからそんなに遠くないもの。ね、鳥羽君は知ってるよね!」

 白波さんの明るい声に、鳥羽が苦笑する。


「そういうことなら、俺も離脱させてくれ。コイツを家まで送ってくから」

「え、ダメだよ。鳥羽君の最寄り駅ってここだし、最後まで月之宮さんに付き合ってあげて?」

 紳士的な鳥羽の申し出を、白波さんはスパッと却下してしまった。固まった彼の表情に、私たちは目と目を交差させる。

もう夜といってもおかしくない時間帯だというのに、白波さんは一体何を言っているのだろう。


「……ねえ、白波さん。できるなら、鳥羽に送ってもらった方がいいんじゃないかしら。夜闇に女の子のひとり歩きは感心できるものではないし、ましてやあなたは普通の人間じゃないのよ?」

 しばしば夜歩きをしている自分のことを棚に上げ、私は良識的な発言をした。神子フラグメントである彼女は、化生のモノを引き寄せる甘い香りを常に放っている。昼日中ならともかく、夜は雑妖が活発になる時間帯だ。


「大丈夫ですよ」

 こちらの心配をよそに、白波さんはニコッと笑った。

 何の根拠があってそんなことを言えるのかと思っていたら、彼女はぐっと拳を握りしめた。


「私もそろそろ自立した方がいいと思うんです! いざとなったら出てきたお化けにさっき買ったマカロンを投げつけて、それを囮に頑張って逃げてみせますから! 妖怪さんもお菓子は大好きだと思うんです!」

 ドヤ顔のそれを聞いた私たちの目が点になる。

 ……いや、無理でしょ。

くしゃっと潰れそうなマカロンに三枚のお札的効果を求めるには、ちょっと大役すぎるよ。むしろ、神子フラグメントの白波さんを骨も残さずバリボリ食べる際の添え物としか思われないよ。


「……じゃあ、鳥羽が送っていくということで」と私のため息。

「そうだね。お疲れ~、鳥羽」と希未が手をあげる。

「……さようなら」と遠野さんの会釈。


「おう」と鳥羽が笑った。


「なんで!? なんで鳥羽君と一緒に帰ることになっちゃったの!?」とびくついている白波さんの持っている手提げ袋をひったくると、天狗は駅に向かって歩き出した。

その後ろ姿を追いかけた白波さんのスカートが歩幅に合わせて舞った。ちょっと文句ありげな彼女は駅の階段を上っていく。

その途中で、振り返ってこちらに破顔しながら手を振った。


「行っちゃったね~」

 手を振り返していた私に、希未が呟く。


「うちの父親って存在自体がいないような放任家庭もんだからさ。私はまだ一緒にいられるけど、八重は考えとかまとまった?」

「う~ん、」

 上がったテンションのせいで自分の買い物ばかり増えた紙袋に視線を走らせ、唸る。

 当てもなく街を彷徨うのも、ねえ?

どうして楽しい時間というのはこんなに過ぎるのが早いのだろう。


「……私も、そろそろ帰らなきゃかも」

 遠野さんが、白色の腕時計を見てこう言った。

黒い三つ編みを揺らし、気まずそうな顔をしている。そんな表情をしなくても、こっちは怒りやしないのに。


 ごく普通の家庭に暮らしているのなら夜間の外出ができないのは当たり前だろうし、両親に叱られもするだろうし、心配されもするだろう。

そんなことを考えながら、謝ってばかりの遠野さんをタクシーにお任せして見送っていたら、なんだか少し淋しさに胸が埋め尽くされた。

 ……別に我が家の父親だって心配してない訳じゃないし。多分、親子の情だってないわけではないと、思うし。

不思議なことに、認めてはいけないと思うのだけど、蛍御前の催眠術にかけられてからの父の方が私は好きだった。


 剣を持ってアヤカシをいくら退治しても褒められたことなんてなかった。仕事で忙しい父に遊んでもらったことなんて殆どない。いくら頑張っても、結果を出してもそれが当たり前。月之宮の暗部にどっぷり取り込まれている私のことを慮ってもらえたと実感したことなんてなかったのだけれど――。



――ねえ、それって愛されていたと信じていたいだけなんじゃないの? 無関心を容認とすり替えているだけなんじゃないの?



 たまに思うことがある。霊能力を持たない普通の子どもとして私が生を受けていたのなら、こうした心理的に距離を置いた腫れ物に触るような父娘関係では無かったのではないかと。

実の子が霊能力者というのは、彼にとって憎悪すべき汚点でしかなかったのではないかと……。本当は私のことなんか怪物にしか見えていないのではないかと。いつか普通の人間である父の隠してきた本音と直面してしまうことが、私はどことなく怖かった。



「……あれ? 着信だ」

 希未が鳴り響くメロディに自分のスマホをとる。それを耳に当てると、びくっと身を竦ませた。


「え? なんで帰らなきゃいけないの!? 私なんかいなくたっていいじゃん! こっちにも色々用事が……あ、切れた!」

 んもう!と苛立ちながらスマホを眺めた希未は、しかめっ面でこう言った。


「お父さんが帰って来いって言ってる」

「……珍しいわね」

「いつも私のことなんか興味ないクセに……今までどこで何やってたんだか」


 家庭をかえりみない人なのだろうか。会ったことのない想像上での友人の父親像がぶれる。三者面談には現れるらしいから、幽霊ではなく実在しているのは確かなのだろうけど。

いーっと歯を覗かせた希未は、嫌々駅に向かって歩き始めた。ここから出発地点まで戻って、アルミの自転車をとってこなくてはいけないからだ。


「一緒に行きましょうか?」

「別にいいよ。タクシーもいらない」

 ずんずん歩いて行った希未は、途中で荷物を八手先輩に預けっぱなしだったことに気が付いて引き返してきた。そうして、袋を鞄に収納すると走って駅の方面への消えていく。その身を切る素早さは、野をかける獣のようだった。


 学校から離れたこの街に残されたのは、私と八手先輩だけだ。

「みんな、いなくなっちゃいましたね」

「……そうだな」

 スクランブル交差点の密集した通行人と黄色に変わりそうな信号機を眺めながら、置いてきぼりになった形の私は呟いた。


「帰りますか?」

「……いや」

 どこかを見ていると思ったら、八手先輩が睨んでいるのはスター○ックスの看板だった。落ち着いた雰囲気の店内の様子に、彼はこう口火を切った。


「……月之宮さえ可能なら、あの店に寄って行かないか?」

 鬼からの喫茶店コーヒーストアへの誘いに、私は目を瞬かせた。




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