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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆142 道案内の石




 書店での買い物を終えた私に、鳥羽がぶつくさ言葉をかけてくる。


「……で、この重そうな紙袋にはご令嬢へのプレゼントになりそうな本も入ってるのか?」

「まるで全然入ってないわね!」


「意味ねーじゃん。何のために書店まで来たんだよ」

「これはこれで有意義な時間だったと思うわ!」

 嫌味を呑み込んだ鳥羽が、頭痛を堪えるような表情になった。山ほどのラノベ文芸を買い漁った私と違って、彼は2冊の工業専門書と1冊の雑誌を購入しただけだ。


 底が裂けないように二重にした私の紙袋を粛々と持った八手先輩が、こちらに視線を送ってきた。

「……だが、月之宮。プレゼントを何も選ばずに帰るというのも癪だろう」

「それもそうですけど」

 うーん、確かにこのままだと自分の買い物だけになっちゃう。せっかくここまで買いに来たのに、それは勿体ないかな。


「じゃあ、今度はファッションビルってのはどう?」

 希未が明るい茶髪のツインテールを揺らして、笑顔になった。

 なるほど。


「心当たりとかは?」

「そりゃもう有り余るほどに。雑貨屋メインにするか、服かアクセかで変わってくるけどお……」

 ギャルギャルしいことに詳しい希未は、素早く候補先をリストアップした。その中には私と行ったことのある場所も含まれていたりもする。


「財閥のお嬢様の趣味ってのは分かんないけど、最近見つけたとこから巡ってみる?」

 にしし、と笑った希未は胸を叩いた。頼りがいのある友人である。ふと隣を見ると、可愛いもの好きな白波さんがそわそわしていた。


「……白波さん?」

「ひゃうっ ……あ、あの、何でもないの!」


「どこか行ってみたい場所とかあった?」

 私の質問に、白波さんは恥ずかしそうに照れ笑いをする。そっと首肯され、それに微笑みを返した。


「あの、新しいネックレスとか見たいかなって……」

「そう。じゃあ、それからチェックしましょう」

 私がこう言うと、白波さんが慌て始めた。


「そんな! 用事があるのに私の見たいとこでいいの!?」

「さっさと行きましょ、ね?」


 口端を上げて歩き出すと、吹き抜けた風が私の黒髪を大胆になびかせた。もう大分伸びてきた髪は、鎖骨をとうにすぎて背中までの長さになっている。椿油で念入りにお手入れしてあるせいか、乱れそうになりながらも、さらさらと流れた。

 夕暮れの街中を背景に、希未の案内で私たちは華やかなビルへ入る。エスカレーターに乗る時には、制服のスカートから下着が見えないように気を付けた。




「ここが結構おススメなんだよね~」

 希未が指したのは、パワーストーンのアクセサリーをメインにしたショップだった。4千円から6千円くらいの品物が多い。小さい石のばら売りなどもされている。


「可愛いけど……手軽に買うにはお値段がちょっと……」

「そうね……。奈々子にあげるには安すぎるかもしれないわ」


「え!? そっち!?」

 白波さんの言葉に同意したつもりが、彼女はびっくりした目でこちらを見た。

 あれ? そういう意味じゃなかったの?


「……え? え? 月之宮さん、これじゃダメなの?」


「チェーンの素材も高品質ってわけじゃなさそうだし、使われてるのは珍しい希少石でもなさそう。

業界人の私が見る限りでは特別な呪具って感じでもないし……何より値段が低いわね。せめて贈り物にするんだからふっかけでも5万円ぐらいは超えてもらわないと……」


 パチパチ脳内で算盤を弾いた私のセリフに、みんなは困惑の表情になった。目と目で話し合うまでもなく、何かがアウトのラインに引っかかったらしい。

 鳥羽がしゃがみ込みながら、呆れ眼で呟いた。


「お前なあ……。深刻な顔で何を言いだすのかと思ったら、よりにもよって安すぎるってなんだよ。就職してねえ学生の常識は、いいものを安く買うってのが当たり前なんですけど?」

 そんなこと言ったって……。

小声になった私は眉を潜める。


「パワーストーンでもせめてラリマーとかインカローズとかならいいんだけど……」

「おい。その基準って石の卸値ってわけじゃないよな?」


「……うぐっ」

 言葉に詰まった私に、鳥羽がいわくありげな表情をする。


「そんな選び方をしたんじゃ、とても真心なんざこもっちゃいなさそうだよなあ?」

「そ、そういうのは、買った後に込めるのよ。プレゼントなら一晩くらいあれば大丈夫よ」


「お前の真心はバッテリーの充電並みかよ」

 ……う、このやり取り、私の方が分が悪いかも。

 動揺した私は、思わずこう口走った。


「だだだって、奈々子って高いものが好きなんだもの!」

「いや、本来プレゼントに大事なのは、選ぶまでの経過だ。それが全うな道理って奴だろ」


「もう、分かったわよ!」

 値段を考えずに選べばいいんでしょ!

確かにこのお店のアクセサリーは見た感じではとても可愛い。質とかを度外視すれば、気軽に身に着けるにはいいかもしれない。

例えば、パッと見で綺麗だと思った石から選ぶとか……。



「八重ー、ここに恋愛運アップのローズクオーツとか沢山あるけどー? 東雲先輩用にどうー?」

「それならもう持ってるわ」

 口をついて出た発言に、自分で目を見開いた。

キョトンとした希未は呼びかけたままの態勢で固まっている。


「もう、もってる……?」

「…………っ」

「え、え? それって八重が自分で買ったの?」


 東雲先輩から貰ったローズクオーツの髪飾りなら持っている、というつもりで、我ながら誤解を招く物言いをしてしまった気がする。

これでは妖狐との恋愛成就を願って自分で用意してあるかのようだ。


「そ、そんなわけあるはずないじゃない!」

「わー、わー! いつの間に八重ったら乙女になっちゃったの? いつから! いつから東雲先輩のことを好きになったの!?」

 店頭ではしゃいでいる希未の言葉に、白波さんと遠野さんがぎょっとする。


「月之宮さん、東雲先輩と付き合ってたんですか!?」

「……初耳だよ?」


「ちがーーーーう!!」

 とんだ風評被害だ。

大声にならないように注意しながらも思いっきり否定すると、希未がにまにま笑って他の女子に近づいた。


「八重がその気になったなら話が早い! 結婚式っていつ開く!? もしも東雲先輩と駆け落ちするなら手伝うよね!?」

「わあ、それはそれで素敵!」

「……そっか、忘れそうに、なってたけど、月之宮さんと東雲先輩は禁断の恋になるんだもんね」


 勝手に盛り上がっている3人娘に、ツッコミを入れる隙もない。助けを求めて鳥羽や八手先輩の方を見ると、彼らはこちらを放置して呑気にアクセサリーを眺めていた。

その内の天狗の方に、私はそれとなく近づいた。


「……ちょっと! 助けてくれてもいいじゃない、鳥羽ったら!」

「俺は何も聞こえないってか、聞きたくない。東雲先輩の件に関してはコメントしたくねーから」


「薄情!」

「誰でも自分の身が可愛いのは当たり前だろ……っと」

 鳥羽が眺めていたのは、しずく型にカットされた濃い青紫の貴石が使われた小さなペンダントだった。 じっと熱心にそれを眺めている。

深みのあるブルーは、女の子向けにも、男性用にも見える不思議な商品だ。


「どうしたの? お金でも足りない? 貸しましょうか?」

「……いや、予算なら普通に残ってる」


 どこか迷いながらも、鳥羽は私にこう囁いた。顔を寄せるとひそやかに耳元で、

「このアイオライト……説明書きを見てみたら『正しい方向に進める』効果があるんだってさ。道案内の石だ。けっこう気に入ったから、ちょっと白波に買ってやったらどうかと思ったんだけど」と彼は楽しそうに話した。

 ……道案内の石? 即物的じゃないっていうか……変なところに着眼したものね。


「……それなら、小さい頃に祖母から習ったから知ってるわ。別名、菫青石ウォーターサファイアのことでしょ?」

 チクリと胸を針が突き刺したかのような痛みに襲われながら、私は儚く笑い返した。


「けっこう綺麗だろ? どう思う? アイツ、喜ぶと思うか?」

「相手が白波さんなら何でも喜ぶと思うわ」

 無難な返答を送ると、鳥羽は真剣に考え込んだ。


 正しい方向に進むも何も、この世界ゲームは鳥羽ルートで確定だろう。見るからにヒロインの白波さんと攻略対象者の鳥羽は付き合うまで秒読みって感じだし、ここまで好感度が高くなってれば後は幸せな未来しかやってこない。


じゃあ、青紫色のアイオライトなんて要らないんじゃないのって思ったりもしたけれど、ここで後押しをしてあげたりするのが友達の役目ってやつなのだろう。


「……ねえ、ここにもう1つ同じ物を見つけちゃった」

 押しとどめようとするのは、胸の痛みだけだった。

 笑え。笑うんだよ、私。

ぎゅっと目を閉じてから、つんと鼻が痛くなりながらも微笑んだ。


「お金に余裕があるのなら……白波さんと鳥羽、ペアルックで買って身に着けたらいいと思うの。この青色なら、男子でも似合いそうだわ」



 その時の、電流が走ったかのような鳥羽の表情の変化に、私はくすりと悲しく笑った。

 ほら、君はこの傷みに今も気付かないままだ。




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