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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆139 結婚可能年齢は女子の方が少し早い



 登校日。


「ふーん、日之宮財閥の令嬢の誕生パーティーねえ……」

 いつものように食堂に席をとった鳥羽が、日替わり定食を食べながらこう呟いた。私の話を聞いても、動じた様子もない。

同級生同士で席を同じくしている昼食には、私の他に希未と白波さん、鳥羽に遠野さんがいた。食堂の中は昼休みの生徒で賑わっている。


「金持ちってのは大変なもんだな」

 奈々子に会ったことのない鳥羽でも、何かを察したらしい。私が深々とため息をついて、憂鬱に箸を使ってお弁当をつついていると、白波さんがキラキラとした瞳になった。


「財閥のお誕生日パーティーかあ……っ なんかロマンチックかも……っ」

「あ、夢見がちな乙女が1名出現してる」

 頭の中に野花を咲かせた白波さんに、希未がカップラーメンをすすりながら指摘をした。


「きっと、ハーレクイン小説みたいな社交界なんだろうなあ……。素敵なドレスを着て、みんなで踊るアレ!」

 まあ、あながち間違ってもいない。今回の誕生会はダンスパーティーも兼ねているのだ。私も多分誰かと踊ることになるだろうし、毎年のことだからクローゼットには昔のドレスも残っている。


「白波に似合ってるのはマイムマイムくらいだろ」

 意地悪に口端を上げた鳥羽に、白波さんがムッとした。


「なんでそういうことを云うの!」

「お前に社交ダンスとか、片腹痛いっての!」

 2人の会話に、私は作り笑顔で手を頬に当てた。


「流石に、日之宮財閥のパーティーでフォークダンスは踊れるかしら……」

「月之宮さんもそこに乗らなくていいから!」

 んもう!と白波さんが頬を膨らませる。ちょっと拗ねた様子がとても可愛い。天狗がからかいたくなる気持ちが分かってしまう。


「それにしても、流石財閥令嬢だよね~。こういう集まりにやっぱり参加とかしなくちゃいけないんだ」

 希未がしみじみと口にした。


「……三割くらいは独身の私のお見合いパーティーみたいなものよ」

 適齢期の男女がどうにか大富豪の集まりに理由をこじつけて参加してこようとするのは、限られた玉の輿に乗ることを夢見てくるのだ。医者とかのパーティーに独身女性が殺到するようなものだと思ってもらえれば大体合っている。

月之宮家の後継者である月之宮幽司の婚約者は奈々子に決まっているけれど、本家実子である私の結婚相手は公式に確定していない。すなわち、その配偶者のポジションは未だ空席になっているということだ。


「ぶっ 独身って……、お前、まだそんな言葉を使うような歳じゃないだろ」

 お冷を口にしていた鳥羽が私の発言にむせそうになった。


「あら、私たち高校二年の女子は、もう結婚できる歳は過ぎているのよ?」

 すっと私が涼しい視線を送ると、


「あー、男子が18歳で女子が16歳だっけ? 法律で決まってる結婚できる年齢って」

 想像もつかないなあ、と零した希未がストローで紙パックに入った甘い紅茶をずるずる吸い上げた。


「そっか……。月之宮さんって、もう結婚できるんだもんね。こんなに綺麗でお金持ちだったら、きっと旦那さんになりたい人も一杯いるよね」

「八重だけでなくって、白波ちゃんもその気になればお嫁さんになれるんだってば! 来年になっちゃうけど学生結婚、鳥羽とかとする予定はないわけ?」

 希未の振った話題に、白波さんが慌てた表情になる。茶色の目をくるくる動かして、言葉をどもらせる。


「その……、私はまだ、そういうことは……」

 そもそも、白波さんは鳥羽の告白に返事をしたのだろうか。盗み聞きをしてしまったあの晩から、彼らは進展がないように思える。

私には報告する義理もないと思われているのだとしたら、2人の友達としてショックだ。


「早すぎるだろ」

 鳥羽は、そっぽを向いてこう言った。

「俺もこの先、どの学部に進むかは考えてないし。多分、白波とは違う大学になるだろうし……婚姻届けとかでコイツを縛って何になるんだ」


 ドライな考えを口にした天狗に、希未はニヤっと笑った。

「あれ? 遂に白波ちゃんのことを好きなのは否定しなくなりましたか?」

 私の親友の言葉を、鳥羽は聞かなかったフリをした。そこに、今まで黙っていた遠野さんが睫毛を上げてこう囁く。


「……ところで、月之宮さんがわざわざ、パーティーの話をしたってことは……何か、相談したいことでもあったの?」

「そうね」

 私は、その鋭い返しに苦笑した。

ずっと悩んでいたことだ。……我が家に日之宮家から招待状が届いてから、このことで迷い続けている。


「ネタ切れになっちゃったの」

「は?」

「奈々子とは幼馴染みだから……誕生日プレゼントに何をあげたらいいか、もうネタ切れになっちゃったのよ」

 怪訝な顔をした鳥羽。含め一同に、私は脱力してこう白状した。

なまじ相手も尋常ではないお金持ちなものだから、何をあげても彼女は持っているのだ。CD1枚を買うのにも困るような高校生らしいお小遣い事情をしていたのなら、もっと楽に選べたのだけど。

かといって何もあげないわけにもいかない。そういうことには、一際煩い奈々子のことだから。


「――なんだ。俺はてっきり、東雲先輩のことで何かあったのかと」

「ななななんで、東雲先輩のことが出てくるのよ!」


「だって、お前への求婚者が集まってくるダンスパーティーなんだろ? 心の狭いあの狐がそれを知ったら、きっとすっげえ機嫌が悪くなるぜ? 保証してもいいって」

 鳥羽が沢庵をかじりながら、とうとうと自分の予想を述べる。

 顔色の悪くなった私。そこに、誰かの声が降ってきた。


「……ましてや、それが陰陽道の日之宮で行われるとなっちゃな――穏当じゃないねえ? お嬢ーさん」

 座った椅子から見上げると、テーブルの傍にはカロリー○イトの箱を手にした柳原先生が立っていた。ニヒルに笑って、目元は長く伸ばしたグレーの前髪で隠れている。

担任の雪男の姿を見つけた遠野さんの顔が明るくなった。


「東雲さんなら、恐らくそのパーティーのことはもう知っているよ。考えてもみろ、アイツが情報に疎いはずがあるか?」

 私が招待されたことを知った上で沈黙しているというのだろうか。パーティーで月之宮八重が誰と踊ろうと、別に気にしないということ?

それはそれで、複雑なような……。


「まっ、陰陽家月之宮のお姫様に惚れたアイツの、自業自得だな。精々苦労すればいいのさ」

 柳原先生は、愉快そうに笑い声を上げた。

「そりゃそーですね」と、鳥羽も相槌を打つ。


 瞬きをした白波さんが、その言葉に困ったように微笑む。

「あ、そうそう! 話題がずれちゃったけど……月之宮さんは、お誕生パーティーに持ってくプレゼントに困ってるんだよね?」

「ええ」と私が苦笑を返すと、白波さんはむむ、と真剣に考え込んだ。


「やっぱりここは、香水とか……アクセサリーとか……」

「んなもん、腐るほど持ってるだろ」

「……それとも、手作りのお菓子とか?」

 鳥羽のツッコミを無視した白波さんの発言に、私たちを包む空気が凍り付いた。


「……いや~、いくらなんでもそれだけはやめといた方が……。毒殺したいわけじゃあるまいし」

 希未が引きつった顔になる。


「不器用な月之宮家直系の作った料理か……もれなくあの世へ直送便だな」

 柳原先生が額を押さえれば、遠野さんが不思議そうに目を向ける。


「……みんな、どうしたの? 私には、いいアイデアに、聞こえたけど」

 私の手料理を食したことのない文学少女の疑問に、彼らは黙り込んだ。


「遠野ちゃんは知らないだろうけど、八重の料理って半端なくマズいんだって。三途の川ってか、花畑が見える味っていうか」

 真剣な表情でそう言った希未を、私は睨み付けた。失礼な、これでも日々精進はしているつもりなのに。


「月之宮の作ったものはヤバいだろ。日之宮財閥のご令嬢を暗殺しちまったら、どうとり返しをつけたらいいんだ?」

「ちょっと、鳥羽!? 私の料理はそこまで酷くないわよ!」

 深刻な顔つきになった天狗に、私は異論を唱える。


「うーん、いいアイデアだと思ったんですけど……。みんなでクッキーとか焼いてもいいし……」

「それだけは止めとけ」

 以前の家庭科の惨事をすっかり忘れた白波さんに、鳥羽が硬い声を出した。


「別にいいわよ、適当に使用人が用意してくれたものを持ってくことにするから」

 おざなりなことを言った私に、白波さんが咎めるような目をくれた。


「それはダメだよ。せっかくの月之宮さんのお友達の誕生日なんだから、ちゃんと自分で考えなきゃ」

 そうは云われても、積極的に参加したい集まりというわけでもないわけで……。しかも、何を用意しても難癖をつけてくる相手に渡すプレゼントとなると、選ぶ方のヤル気もだだ下がりだ。


「そうね……」

 煮え切らない私の態度に業を煮やしたのだろうか。いつもは大人しい白波さんが、燃えるような眼差しでこちらの手を握った。


「月之宮さんが思いつかないなら、私と鳥羽君が一緒に買いに行ってあげますから!」

 いつもの澄んだ紅茶のような彼女の瞳には、情熱の炎が宿っていた。

「え、俺もかよ!?」と、勝手に巻き込まれた鳥羽が慌てる。


「ねえ、だったらさ。楽しそうだし私もついて行ってもいーい?」

 希未がこてん、と甘えるように首を傾ける。


「まあ……別に……」

「やった♪」

 ふんふん鼻歌をうたい出した私の親友に、こちらは長い息を吐いて睫毛を伏せた。

 綺麗な花には何とやら。

日之宮奈々子という少女のもつ特有の毒気を思い出し、どうにか主役となる彼女の機嫌をとることができないものかと、お弁当の残りをつつく私はどことなく暗い心境となった。




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