☆129 応援してあげてもいいわよ
Aチーム、鳥羽、白波さん、希未、松葉、蛍御前。
Bチーム、東雲先輩、柳原先生、遠野さん、私、八手先輩。
「うわああああ、結局こうなっちゃうのかぁ!」
公平にじゃんけんで決めたチーム割りに、希未が頭を抱えて途方に暮れた。
「失礼な! 運動神経抜群なボクがいるんだから、ありがたいと思えよ!」
不敵に笑った松葉に、希未が恨めしげな眼差しを向ける。
「瀬川に協力プレイとかできるわけないじゃん! こっちにトスとかちゃんと回せるの!?」
「え、ボクの予定ではアタック一本槍しかないけど?」
「役立たず確定!」
遠慮のない希未の言葉に松葉が不機嫌な顔になる。
「……まあ、いいさ。俺も東雲先輩や八手先輩とは戦ってみたかったしな」
好戦的な鳥羽のセリフに、東雲先輩がくっと口端をつり上げる。
「おやおや、僕に勝てるとでも思ってるんですか?」
「ああ、思ってるね」
バチバチと両者の間に火花が飛び散り、私は力なく笑った。2人の実力が拮抗しているとは思えないけれど、天狗は自信があるのだろうか。
「ど、どうしましょう……。遠野さん! これじゃあ私たち、役立たずになっちゃいますよう!」
「……暑いからべたべたしないで」
慄いた白波さんに、遠野さんがソッポを向く。神龍の蛍御前は、勝気な笑顔を見せた。
「ふはは! ルールはよく知らんが、要はあのボールを打ち返せばいいのじゃろう? 賭けは妾のものじゃ!」
「あ、異能は使わないで下さいね」
「何故じゃ!?」
私の忠告に、蛍御前が仰天する。
「人目が多いですから、見られると困るんです」
この神龍の悔しがり方だと、やっぱり水渡りを使う気でいたみたい。油断も隙もないとはこのことだ。
「勝ったらかき氷の味は何にするかなあ……。ここは、全がけでもいいな!」
柳原先生がニヤリと笑うと、
「ふ……、月之宮と同じ陣営で戦うというのは悪くない」
と八手先輩が満足気にこう言った。
「ううう……、絶対に負けません!」
涙目の白波さんの言葉を合図に、私たちは試合に突入した。
……チャリーンと空しい音がする。
「わはは、悪いなあ! 生徒に金を出してもらっちゃって!」
試合が終わった後、海の家の露店でかき氷を手にした柳原先生に、
「……いえ、大体は瀬川のせいですから」
と希未が怒りの透けて見える笑顔を浮かべた。
試合自体はそこまで悪くなかった。硬いボールと違ってふわふわと動くビーチボールは勝手が違って打つのが難しかったけれど、予想外の方向に跳ねるボールを追いかけるのは楽しかった。
試合で活躍したのは、東雲先輩と八手先輩と鳥羽だ。
殆ど2対1といった状況だったのに、鳥羽の放つアタックは鋭く砂をえぐった。もしも強い仲間がいたならば、この2人を破ることだってできたのではないだろうか。
そう、ちゃんと機能している仲間がいたのなら……ネ。
「……瀬川君、大丈夫ですか?」
「全く、なっさけないなあ~。八重の胸の谷間を見て鼻血出しちゃうなんて」
心配している白波さんと、怒っている希未の言葉に、松葉が鼻にティッシュを詰めながらこくこく頷いた。原因は、試合中にジャンプした私の胸が揺れるのをみたせい、ということらしい。
そのせいで松葉がリタイアしたのと、
「うむ、意外と難しいものなのじゃな! びーちばれいというものは!」と蛍御前が動かなかった為に鳥羽が孤軍奮闘になったのがAチームの敗因だと思う。
明らかに天狗のステータスが伸びている。この場合、上昇していると言った方がいいのかもしれないけれど。
アヤカシの残留思念核というものは、そう簡単に修復できるものなのだろうか。以前に訊ねた時にははぐらかされてしまったけれど、一体どうやってその魂の傷を癒したというのだろう?
残留思念……魂……心の、傷?
まさか。
私が目を見開くと、顔をしかめながらも財布を確認している鳥羽が立っていた。どこか楽しそうに……嬉しそうに。
私がそれを見つめていると、視線を上げた鳥羽がこちらに声を掛ける。
「おい、月之宮はどうするんだよ。早く食べるか決めろって」
「え、えっと……」
そうだ。私はまだ、かき氷を注文していない。
「1個お願いします!」
300円です、と露店のおじさんから返事が返ってきて、鳥羽がその支払いをした。悩みながらも手元に来たかき氷にイチゴとレモンのシロップをかけながら、私は彼にこう質問をした。
「ねえ、鳥羽……」
「なんだ?」
「あなた、今の生活ってそんなに楽しい? それって、残留思念核が癒えるほどなのかしら?」
私の言葉が鳥羽に直撃した。言葉に詰まったような表情になった天狗は、ぽりぽりと頭をかきながらこう言った。
「……ああ」
「そんなに白波さんが好きなの?」
「……っ うっせーよ!」
少々デリカシーに欠けた言葉だったかもしれない。私の問いに、鳥羽はさっと頬を赤くしてしまったのだから。
きっと、白波さんのお蔭なんだ。
口に入れたかき氷が、すうっと溶けていく。心の臓を冷やしていく。
それくらいにこのアヤカシは、ヒロインのことが好きで、好きで。エンディングの迎えた後のこの世界で、それだけは何があっても揺るぎない事実。
諦めたいと思った。
心底、不器用な笑顔を作る。
「応援してあげてもいいわよ」
私の発言に、鳥羽が動きを止めた。瞠目した瞳が、がちっと固まる。
「……どんな風の吹き回しだよ、月之宮」
「別に」
憂鬱なため息を吐いて、暑い夏の大気を吸い込んだ。
「別にいいんじゃないの。アヤカシと人間が恋に落ちたって……」
その時、何故か真っ先に頭に浮かんだのは東雲先輩のことだった。
寿命の違うアヤカシと人間でも、もしも優しい恋を形作ることができるというのならば、どうか見せて欲しい。この心が東雲先輩の好意を受け入れる勇気が持てるくらいの幸せを教えて欲しい。
鳥羽からぐっと腕を伸ばされた。そのまま、頭の上に乗せられて軽くはたかれた。
「……何よ」
私のムッとした顔に、鳥羽は笑った。
「いや、お前も出会った頃に比べたら変わったなあと思って」
こうしていると、兄妹みたいだ。
……ありがとう、と鳥羽が言った。
どういたしまして、とその目を見ずに私が応えた。
映し鏡のように出会った私たちが、恋人として手をとりあう未来なんてきっとこない。




