☆126 カラオケは適当に歌え
朝食の後に乗り込んだバスは、順調に別荘を出発した。今回はみんなでカラオケをやりながら行くことになった。二日酔いの希未は耳栓をしてさっさと眠ってしまった。
白波さんはアイドルの恋愛ソング、音楽好きな鳥羽は洋もののロックを熱唱した。私が歌ったのは失恋のバラードだ。……選んだ曲に他意はない。なるべく被らないようにと思ったらこうなったのだ。
東雲先輩は昭和の名曲を朗々と歌い上げ、それに相対する松葉は軽薄なロックシンガーの曲を調子っぱずれに歌った。カワウソ本人はとても気持ちよさそうだったけど、正直言って吐きそうなほどの音痴だ。車内にそれが反響して、たまらず私たちは耳を塞いだ。
柳原先生は無難な演歌で、遠野さんは48人以上いるアイドルグループの夏曲だった。八手先輩は、ビジュアル系の服装に違わない曲選だった。
ポ○モンのOPを歌ったのは蛍御前だ。もっとオシャレな曲を選ぶのかと思っていただけに、朝のキッズアニメからセレクトしてくるとは思わなかった。
そのうちに蛍御前と松葉のマイクの奪い合いになった。
八手先輩辺りは2回くらい歌えば満足したようなのだけど、この2人は1曲でも多く歌いたかったらしい。
「次はボク! ボクに歌わせて!」
「何を言っておるのじゃ下手くそ! 次は妾だと決まっとるじゃろう!」
大声で互いに怒鳴り散らしている両者に、白波さんはオロオロしていた。
「おいおい。マイクは1つしかないんだから少しは譲りあいなさいよ、お前ら」
柳原先生の窘める声に、彼らは叫んだ。
「いやだね(じゃ)!!」
「ここで喧嘩したところでどうにもならないだろう。社会というのは譲り合いから出来ているんだぞ?」
神龍と式妖の醜態に、私は眉を潜めた。
「まったく、2人とも子どもなんだから……」
私よりもずうっと長生きしているくせに、その精神年齢の低さには呆れるしかない。そこで、1つのことに思い立った。まさかとは思うけど……。
「松葉。あなた、今まで友達がいなかったって云ってたわよね? もしかして、カラオケに行ったこともないの?」
「…………ぎく」
うっと言葉に詰まった松葉の反応で、私たちは全てを察した。どうやら、そのまさからしい。
口ごもった元独りぼっちカワウソの様子に、鳥羽は大笑いした。
「お前、カラオケに行ったこと無かったのかよ! だからこんなに音痴なのか!」
「うるさい、ボクは音痴なんかじゃない!!」
「だったら採点してみるか? 多分、見たこともないぐらい低い点が出ると思うぜ?」
ムキになった松葉に、鳥羽がニヤリと笑った。
「では、そういうことで」
薄く笑った東雲先輩が採点機能をオンにする。手元のリモコンを操作して、軽やかに設定してみせた。
「見てろよ! あっという間に100点を叩きだしてみるから!」
歯ぎしりをした松葉が、油断した遠野さんからマイクを奪い取った。次の順番だった彼女が表情を曇らせる。
「ちょっと、松葉ったら!」
「まあ黙って見てましょうよ。八重。このまま歌わせた方が面白そうです」
でも、遠野さんが可哀そうじゃない!
私が唇を噛むと、東雲先輩は意地悪そうな笑みを浮かべた。
松葉が選んだ曲は金色のガッシュ○ル!!のカサブタだった。普通だったらストレートに歌えそうなそれを、どこか空回り気味に歌う。今までに比べたらまだマシだけど、一般的にはド下手くそだ。
案の定、採点は鳥羽の予想通りに見たこともないような点数がでた。
――38点。
「なんだよこれ! 機械が壊れてるんじゃないの!?」
ムキーーーーっと奇声を上げたカワウソが、マイクを画面に投げつけようとする。その腕を抑えた八手先輩によって、羽交い締めにされた。
「くっくく、月之宮財閥の用意したカラオケ機が壊れているわけないでしょう。これがお前の実力です」
東雲先輩は大爆笑しながらこう言った。鳥羽も柳原先生も腹を抱えて笑っている。白波さんは目玉が落ちそうなほどにびっくりしているし、遠野さんも困り顔だ。
「……こういうのは、練習が必要だから」
遠野さんのフォローに、カワウソは涙目になった。
「では、次は妾じゃの」
ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべた蛍御前がマイクをとった。選んだのは相変わらずのアニソン。今度は懐かしいデ○モンの曲だった。
――64点。
「どうして妾の歌がこんな点数になるのじゃ!? ここは気前よく80点オーバーを寄越すとこじゃろう!」
愕然とした神龍に、私たちは顔を見合わせた。
……まあ、良くもなく悪くもなくって感じ?
「まあ、これぐらいで満足しておきなさい」
苦笑した東雲先輩に、蛍御前が地団駄を踏む。
「うう~~~~っ だったら、狐! お主がやってみるのじゃ!」
「え? 僕が歌うんですか?」
青い目を瞬かせた東雲先輩は、困ったような顔になる。そんな彼の様子に、松葉が言葉で噛みついた。
「はん? 自信がないんだろう、この意気地なし」
「別にそういう訳じゃないんですけどね。いいんですか?」
くるっとマイクを回転させた東雲先輩は、憂い気にため息をついた。そうして、GReee○Nの愛唄をカラオケ機に予約する。
すぐさまイントロが始まると、東雲先輩が息を吸いこんだ。
「――ただ泣いて笑って、過ごす日々に――――君に捧ぐ、この愛のうた――」
すごくヤル気のない歌声だった。
どこかおざなりで、脱力しているくせに変な魅力がある。
選曲だけ聞けば好きな子へ歌っているのかと勘違いさせそうなのに、そのモチベーションは最低だった。
「ふう……。点数は99点ですか。まあまあですね」
「なんでお前の時だけ90点台なんだーーーーっ!」
歌い終わった東雲先輩に、ぷちっと松葉がキレた。
「だからカラオケの採点なんて練習ですよ。機械のクセを見極めればこれぐらい誰でもできますって」
「で・き・る・か!」
東雲先輩に叫んだ松葉は、珍しくマトモなことを言っていた。
「ないない。それはないって、先輩」
周りのみんなが微妙な顔になってしまっている。私がこう言って手を横に振ると、頷きが返ってきた。
「この機械が壊れたわけじゃないよな……? 遠野、ちょっと普通の人間として歌って確かめてくれないか?」
「……ええ? ……生徒会長の次、ですか?」
柳原先生の無茶ブリに、遠野さんが驚く。動揺を飲み込んだ彼女が、強ばった表情で歌い始めた。
その結果、カラオケ機が壊れたわけではないことは証明されたのだけど、東雲先輩のチートさを実感してしまっただけだった。




