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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆125 噂話は賢明に



 散歩から帰ると、みんなで朝食を食べた。

料理をしてくれた東雲先輩に山崎さんはお礼を言って、恐縮しながらフォークを持っていた。

 少し冷めたオムレツはふわふわのトロトロで、ジャムはすっきりとした甘さがあった。うむむ……。私、先輩には調理スキルで負けちゃったなぁ。

ちょっと落ち込みながらもミルクティーを口に運ぶと、東雲先輩は寝不足のわりに楽しそうだった。長い指でカトラリーを扱っている妖狐の手つきは、ちゃんとマナーを習った痕跡がある。


 知っているようで、私が東雲先輩について知っていることはキャラクターデータくらいだ。上っ面の情報しか知らないし、それって本当にこのアヤカシのことを理解していると言えるのだろうか。

今だって、ちょっとした時に意外な表情が見える。予想もしなかった一面に、驚かされたりもしている。そのことは不快ではないけれど、私の心の何かが揺り動かされるのだ。


「ふん、ちょっと料理ができるからって何だよ」

 美味しく食事をしていたメンバーの中で、松葉だけは嫌そうな顔で不満を口にしていた。


「これぐらい、練習すればボクにだってできるに決まってるし? これぐらいで得意になるなんて恥っずかしー。マジだっせー」

 幼稚な悪口を喋っている松葉に、八手先輩がボソッと言った。


「負け惜しみにしか聞こえないな」

「なあんか云いました!?」

「……いや、なんでもない」

 とかく松葉は苛立っている。私に蹴飛ばされたことを気にしているわけではないみたいなんだけど、東雲先輩の手料理を食べるということ自体がプライドに障るのだろう。


「ふぐ、むぐ、むしゃむしゃ……。これ松葉。そなたが食べないのなら、妾にその皿をよこすが良い」

 口いっぱいに食べ物を詰め込み、驚異の食欲を見せていた蛍御前が視線を動かした。カワウソの分の食事まで狙っているなんて、意地汚いなあ。


「誰がこんな奴の作った料理なんかいるか! 欲しいなら、いくらでもとってけば!?」

「それは嬉しいのう」

 松葉の吐き捨てた言葉に、蛍御前の目がキラリと輝く。このセリフに東雲先輩がどう反応するかと思いきや、カワウソに興味すら抱いていない風だった。

 大人だ。紳士の対応だ。


「で、八重。僕らは海に行くことしか聞かされていないのですが、君はこれからの本日の予定をもう決めてあるのですよね? 良かったら教えてくれませんか?」

 フッと微笑んだ東雲先輩に、松葉が舌を出す。べーっと。


「はい」

 山崎さんの方を見ると、フォークを置いた我が家の運転手は慌てて立ち上がった。


「皆さん! 本日のこれからの予定ですが、朝食が終わったら私の運転するバスに乗ってもらって日本海の方面まで向かいます」

 山崎さんの言葉に、みんなは目を瞬かせた。

そろそろと手を挙げたのは白波さんだ。


「あの……プライベートビーチとかじゃないんですか?」

「ごく一般的な海水浴場ですね」

 白波さんと鳥羽がずっこけた。何か勘違いしていたのだろうか。

 ゴホン、と山崎さんが咳払いをして話し出す。


「勿論、海外でよろしければ月之宮家の所有するプライベートビーチは複数ございますが、そこまで向かうには移動時間がかかりすぎてしまいます。

また、神龍であらせられます蛍御前を国外まで連れ出すことも恐ろしすぎますので、此度は日本のありふれた海水浴場に行く予定となっております。

よろしいですか?」

 文句なんか言わせないぞこの野郎、というような雰囲気で山崎さんが笑顔になった。その威圧に誰もが頷かざるをえない。


「まあ、妾もパスポートなぞは持っておらぬからの。致し方あるまいに」

 蛍御前が深々と頷いた。

 やっぱりそうか。

その言葉に、鳥羽と八手先輩と柳原先生と白波さんが顔を見合わせた。


「そういえば……俺も持ってねえぞ」

「無論だな」


「オレは取得してあったけど……海外はいい思い出がないんだよな」

「私もパスポートなんてとったことありません!」

 ……良かった。南フランスにしなくて。

両手の指では足りないほどに海外旅行に行ったことがある私だけど、なんだか今回は嫌な予感がしたのだ。


「まあ、国外で魔術教団関係者と争いになっても困りますからねえ……」

 何かに思い立ったらしい東雲先輩が遠い目になった。

そんな殺伐としたリゾートなんか私だって御免だ。妖狐の言葉を聞いたアヤカシたちが揃って顔を強張らせる。


「お前でも教団ともめ事になるのは嫌なんだ」

 自分の皿を横に押しやった松葉がテーブルに頬杖をつくと、

「そりゃあね」と東雲先輩は頷く。

 張りつめた空気に、それを聞いた遠野さんが不思議そうにみんなを見回した。


「……どうしたの、みんな……。それに、教壇ってそんなに怖い、もの?」

「遠野。お前さんは勘違いしている。学校関係者の教壇じゃなくって、魔術関係者の教団のことだよ」

 柳原先生が冷や汗を流しながら優しく訂正した。


「まあ、あそこを好きなアヤカシなんてどこにも居ないでしょうね」

 教団にも登録されている陰陽師の私が笑うと、蛍御前が息をついた。


「妾も、あの集団はあまり好かんのう。人外と人間のパワーバランスとしては必要な組織じゃが、アヤカシを狩る為には手段を選ばないところがあるからの」


 そうだ。

 日本国内の裏世界の治安維持の役目を担っているのが月之宮や日之宮だとするならば、海外で活動しているのは教会や魔術教団といった自立組織だ。これらに所属している霊能力者が日夜アヤカシから人間たちを守っているのである。

これらの霊能力者は草の根的なネットワークで繋がっており、例え末端の登録者であろうとも凶悪なアヤカシの動向の情報を知ることができる。

 つまり、他でもない私だって広い意味では教団関係者だということだ。


「はっ、俺は一度くらい喧嘩してみてー気もするけどな」

 鳥羽が嗤うと、私は応えた。


「止めておいた方がいいわよ」

「なんでだよ」

「教団は容赦しないわ。彼らにとってはアヤカシという存在そのものが罪なの。うかつに近寄って殺されても知らないわよ」


 それこそ原作の月之宮八重のように彼らはアヤカシと戦うだろう。

穏健派をきどっている私の言葉に、鳥羽は舌打ちをした。




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