☆115 席争いは、ほどほどに
大型の免許も取得している山崎さんの開けた床下トランクに大きな荷物を運び入れると、私たちは特大バスの中に乗り込んだ。これから5時間ほどかけて別荘に向かうことになる。
「――隣に座ってもいい?」
私が白波さんに訊ねると、彼女は驚いた瞳で笑顔になった。
「もちろん!」
どうも男性の隣というのは気が進まない。
小さな手提げを持った私が白波さんの隣の座席に座ると、フカフカのクッションが体重を受け止めてくれた。
「このバス、すっごく乗り心地がいいな!」
柳原先生の興奮した声に振り返ると、雪男はニマニマ笑いながら座席に座っていた。その隣をゲットした遠野さんが感慨深げに呟く。
「ファーストクラス、って、こういうものなのかな……」
綺麗に編まれた三つ編みを弄りながら、続けてボソボソこう言った。
「先生と、こんなに近く……、着くまで一緒……」
…………。
うん、嬉しそうで何よりです。
私がさっと目を逸らすと、乗り込んで来た希未が叫んだ。
「あーっ! なんで八重、白波ちゃんと乗ってるのさ! 八重の隣は私がもらう予定だったのに!」
「別にいいじゃない、私が誰の隣に座ろうと」
私がそっけなく呟くと、希未は奥歯を食いしばった。
「よくない! 八重の一の親友の座が侵犯されてるよ!」
実に暑苦しい。
ツインテールを振りながら身悶えしている希未に冷めた目を注ぐと、その後ろの鳥羽が文句を言った。
「おい、後ろがつっかえてるんだから早く乗れよ。栗村」
「私のアイデンティティに関わる重大な問題が発生してるんだってば! 白波ちゃん、そこの席をよこしなさい!」
希未の横暴ともいえる発言に、白波さんは控えめに喋った。
「え、えと……その、嫌です!」
「なんでさ!」
「……だって、栗村さんばっかり月之宮さんと仲が良くてズルいんだもの。私だってたまには月之宮さんと一緒に過ごしたいです」
なんて珍しい光景なのだろう。白波さんが希未の要求を断るなんて。
「ぐむむむむ……」
「どんな席だっていいだろ! 早く決めろよ」
しばらく唸っていた希未だけど、鳥羽の言葉にようやく諦めたらしい。彼女は恨めしそうになるべく私の近くの空席に座り込んだ。
その後ろから乗り込んで来た鳥羽は、私と白波さんを見てため息をつくと、空席に座る。このバスは広々しているので、大所帯でも席にゆとりがあるのだ。
「八重さまの隣は……、って、もう埋まってるし!」
次は松葉だった。
「ちょっと白波センパイ、その席ボクに譲ってくれない? やっぱりこういう時は主従で仲良く座るべきだと思うんだ」
カワウソは希未と似たようなことを言いだす。
今度は無言で顔を背けた白波さんは、どう見ても席を変わる気が更々ない。顔を歪めた松葉が妙なことをする前に、私は式妖に命令を下した。
「諦めて、適当な席に座りなさい」
「……えー」
渋々、私の後ろの席に荷物を投げ捨てた松葉が、腰を下ろす。
「なんじゃ。面白い組み合わせで座っておるのう」
顔を出した蛍御前が妙な反応を示す。
「みんなで私の席をとろうとするんですよ」
「そうか。妾は手前の席でゆっくり風景を楽しんでいこうかのう」
あっさりと白波さんにこう返した蛍御前は、最前の席に腰かける。「ふむ、ふかふかじゃ……」と満足げに目を閉じた。
八手先輩の次、最後に現れた東雲先輩は、フッと薄笑いを浮かべる。
「まあ、八重の隣が空いてるわけないですよね……」
寂寥感を漂わせた東雲先輩は、最後尾に位置をとった。サラリと襟足まで伸ばした白金髪が揺れ、憂い気なオーラを発している。
すごく残念そうだ。
う、ちょっと罪悪感が……。
東雲先輩のことは嫌いではない。ずっとこのアヤカシを避けていたのは殺されるのが怖かっただけで、今でも容姿などはすごく好みだ。
……ってことは、アレ? このまま求愛とか色々なことを受け入れてしまった方が私は楽になれるのかな?
いやいや、血迷うんじゃない。そんなこと出来るはずがないって。
私が頭を振ると、白波さんと目が合った。
「どうしたの? 月之宮さん、何だか顔色が悪いけど……」
「なんでもないわ。心配しなくても大丈夫よ」
そうだ。現在考えるべきなのは、私のことじゃない。友達になった白波さんを守り通すことだけに専念した方がいい。
これは、現実逃避なんかじゃない。
本業に戻っただけで、逃げてるわけじゃない……。
そんなことを思考しているうちにやって来た睡魔は、あっという間に夢の世界へと私を誘った。




