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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆113 意味深な少女は性格が悪い



 母はため息をついた。


「もう、どうして蛍ちゃんと松葉ちゃんはすぐに喧嘩しちゃうのかしら。まさか外出先でもやられると思わなかったわ」

 まあ、母が仲裁しなかったら、もっと悪化していたでしょうね。

母の憂鬱そうな言葉に、蛍御前と松葉は睨みあった。


「……そなたから謝ったらどうじゃ?」

「ボクは別に悪いことをしたとは思ってないし?」


「…………フン」

「…………ケッ」

 彼らは全く和解するつもりはないらしい。


「周りのお客さんの迷惑になるから、これ以上は止めてちょうだいね」

 母もまだ静かに怒っている。意外なのは、2人ともおっとりした母には逆らおうとしないところだ。


「お母さん、必要な買い物はこれでいいかしら?」

 私が訊ねると、母は頷いた。

「それぐらいの荷物の量にしておかないと、山崎さんが持って歩けないでしょうね」


「奥様、私はまだ大丈夫ですが……」

「そうかしら?」

 両手に沢山の買い物袋をぶら下げた山崎さんが苦笑すると、母は首を傾げた。

今の私たちは書店の前に立っている。少しだけ中を覗きたい気もしたけれど、その気持ちはぐっと堪えた。



「……あら? 八重ちゃん。あそこにいるのって奈々子ちゃんじゃない?」

 その言葉に私が視線を上げると、ちょうどロングヘアに制服を着た女子高生の姿を見つけてしまった。

その揺れる緑の黒髪には見覚えがあった。

日之宮奈々子。私の義兄の婚約者でもあり、我が家の遠い親戚の少女である。


「まあ。奈々子ちゃん、偶然ね!」

 躊躇わずに話しかけた母に、奈々子が驚いた表情になる。私がぎこちなく笑って手を振ると、彼女の口角が上がった。


「おばさま」

「もう、そんなに遠慮しなくても……お義母さんでもいいのに!」

 母にとっては奈々子は可愛くてしょうがないみたいだ。松葉がげっと身じろぎをし、蛍御前は首を捻る。


「……八重、その娘御は知り合いかの?」

「ええ。義兄の婚約者なの」

 その時、ちょうど奈々子もカワウソと神龍を見つけたようだった。その黒い瞳はすっと細められる。……マズい、誤魔化そうにも蛍御前の髪の色は鮮やかな水色だ。同じ陰陽師である奈々子にはすぐに人外の者だと見抜かれただろう。


「あの……おばさま。その小さい女の子はどなたですか?」

 口元を隠した奈々子が儚げに微笑んだ。

「あら、そういえば云ってなかったかしら。この子は蛍ちゃん。今は我が家でホームステイをしているのよ」


――父が催眠術にかけられた件を大胆にはしょった!


 にこりと笑った母に、奈々子が愛想笑いを浮かべた。

「面白い色の髪をした子ですね。どちらからいらしたんですか?」


「確か、山の中だったような……。なかったような?」

 ……母よ。誤魔化すならもっと上手く嘘をついて欲しい。

奈々子にじっと見つめられた私は冷や汗を流した。だって、我が家が神龍に乗っ取られたなんて報告したら、絶対に波風が立つと思ったんだもん!

 私はその場から逃げ出したい気分にかられた。


「……八重ちゃん、これはどういうことかしら?」

 案の定、奈々子は険しい眼差しで私に詰問してきた。


「……ちょっと変わったホームステイ客ということで納得していただけませんか……」

「うさん臭さしか感じないわよ?」


「これには色んな成り行きがあって……」

 黒の瞳は何かを考え込んでいるようだったけれど、終いには相手がため息を漏らした。


「おばさま、最近何かお困りのことはありませんか?」

「? 特にないわよ?」

 明らかに不審に思っているようだったけれど、奈々子はこの母の返答に諦めをつけた。

 私がホッと息をつく。


「……ねえ、お前、なんで夏休みにそんな服で出歩いていたわけ?」

 不機嫌な松葉がこう言った。

確かに、それは私も気になる。


「長期休暇中の登校日だったのよ。それとも何? そんなにこの可愛い制服が気になるかしら?」

 他校生である奈々子の制服は、どう見てもフリルを増量……改造されていた。元の楚々とした原型を知っている私には、笑いしか零れてこない。記憶では、あの有名女学校の制服はロリータ趣味ではなかったはずだ。


「それが制服? コスプレ衣装の間違いじゃなくて?」

「アンタには分からないでしょうけど、有名デザイナーに仕立て直して貰ったの。ちゃんと元は某有名女学校の制服だったわよ」

 松葉の呆れた言葉に、奈々子が得意そうな顔になった。にまっと笑っている。

銃刀法も日常的に違反している彼女には、たかが校則を遵守する気など毛頭ない。その制服(仮)に残っているのは風紀ではなく個人の趣味だ。

……これは、ちょっと女学校の先生が可哀そうかな。


「趣味わるう……」

 松葉、アンタはなんでそーいうことばかり言うのよ。

ゲロを吐きそうな感じで呻いたカワウソに、奈々子がおホホと高笑いした。


「ハイ・ファッションは民間人には分からないものなのよ! むしろアンタなんかの貧相な趣味に合わなくてせいせいするわ!」

 ん? ロリータファッションはハイ・ファッションだったっけ?


「八重さま、やっぱりコイツ性格すごく悪いと思う」

 無表情になった松葉が呟いた。


「ええと……」

 ここで、私も奈々子が苦手だと口にするわけにはいかない。


「人には誰でもいいところがあるはずだから……」

「これじゃあ探し当てる前に、ボクの人生が終わりそうだよ」

 ボソボソとポジティブなことを耳打ちすると、松葉がゲンナリしてしまった。



「よく似合ってるわよ。奈々子ちゃん」

 母は笑顔で奈々子を褒めた。


「ありがとうございます、おばさま」

 笑顔になった奈々子は、頭を下げた。

「では、私はそろそろこれで……。あと、八重ちゃんちょっといい?」


 な、なんの用!?

恐る恐る奈々子に近づくと、耳元に囁かれた。


「……あの子、人外でしょう」

「……ハイ」


「……今は様子見をしておくけど、月之宮家で扱いきれなくなったら殺しに行くわ。覚悟しておいて」

「…………うん」


「分かってて欲しいの。あたしはずっと昔から、『月之宮八重』が大好きよ」


 イントネーションに違和感のあるセリフだった。

『月之宮八重』が大好き?

思考の止まった私に微笑んだ奈々子は、落ち着いた足どりで立ち去ろうとする。

 ちょっと!


「ま……っ」

 待って。と呼び止める間もなく、奈々子の背中は遠ざかってしまった。彼女は書店の文芸コーナーに消える。

 もしかして……。奈々子も、もしかして……。

蒼白になった私が茫然としていると、松葉が舌を出した。


「帰ったら塩をまかなくちゃなー」

「これ。そんなことを云うものではないぞ」

 蛍御前がたしなめると、カワウソはそっぽを向く。


 前世のことは誰に相談することもできない。

 結局、私の胸に渦巻く奈々子に対する疑いは、その日が終わっても消えることはなかった。




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