これは家ですか?いいえ、屋敷です
フリージアの北区へ向かうと、領主邸より少し小さい屋敷が建っていた。
やっぱり貴族ってすごい家に住むんだなーっと思って見ていると、スズの足が止まる。
何度も地図と屋敷を見て、確認していた。
まさかとは思うけど、こんな豪邸なんだろうか。
小さな家をお願いしたのに、どう見ても大きな屋敷じゃん。
庭の面積に関しては、領主様のとこより大きいよ。
大勢の人を呼んでパーティができるような大きな庭。
真ん中には噴水があって、スズメがちゅんちゅんと飛び回っている。
「スズ、これであってるの?」
「地図は合ってる。
どう見ても家じゃない。
貴族用の屋敷」
そのまま入れずに眺めていると、屋敷からシロップさんが出てきて、楽しそうに庭を走り始めた。
子供のように無邪気に走るその姿は、清涼飲料水のCMオファーが来そうなほど爽やか。
途中でヘッドスライディングしたと思ったら、ゴロゴロと転がって笑っている。
ウサギの獣人だから納得できるけど、普通の大人がやっていたらヤバイやつだ。
スズと一緒に楽しそうなシロップさんを眺めていると、フィオナさんが屋敷から出てきてくれた。
まだ入る決心が付かない僕達の元へ歩いてくる。
「おかえりなさい、ベルちゃんは元気でしたか?」
「えっと……、(怒られてて)忙しいみたいだったので、先に家を見に来ました。
それにしても、大きすぎませんか?
これは家じゃなくて屋敷ですよね」
「私も住むことになりましたから、途中で設計を変えたのかもしれません。
でも、立派なお風呂でしたし、キッチンも広々としていましたよ。
家具も一式揃っていますので、特に買い揃えるものはなさそうです」
「わかりました、キッチンとお風呂だけ見に行ってきますね」
「私も行く」
スズと一緒にお風呂から見に行くことにした。
まず言いたいのは、お風呂に入る前の脱衣所の時点でおかしい。
どんな豪邸でも普通は少しゆったりするぐらいのスペースだろう。
だって、服を脱いだり着たりする以外にやることがないもん。
それなのに、なぜ服を入れる籠が30個も並んでいるんだろうか。
これは家用の脱衣場じゃない、大浴場の脱衣場だよ。
もしかして、この脱衣所が満員になるくらいの大家族になれっていうメッセージかな。
た、確かにスズとフィオナさんだけじゃなくて、僕はリーンベルさんも狙ってるクレイジーな男だからね。
すぐ満員になっちゃうかもしれない。
脱衣所からお風呂場へ進んでみると、予想通り大浴場みたいな造りになっていた。
うん、広すぎだよね。
これはどうやって掃除をしたらいいんだろうか。
スズはめちゃくちゃ喜んで走り回ってるけどさ。
シロップさんと一緒に泳いで楽しんじゃうんだろうなー。
その近くでフィオナさんとイチャイチャして入ってみたいよ。
あぁぁ、妄想だけで心臓がヤバい。
軽くのぼせてきたし。
お風呂場を後にして、キッチンを見に行く。
フィオナさんが言ってた通り、広々として使い心地が良さそうだった。
コンロも6つ常設されてるので、怪物リーンベルさんがいても安心。
最新式の大きなオーブンも4つある。
当たり前だけど、全て新品だからめちゃくちゃ綺麗。
魔石冷蔵庫も2つあったから、お菓子作りもいっぱいできそうだな。
冷たいデザートもバンバン作って冷やしていきたい。
居間に行ってみると、ふわふわのソファが置いてあった。
ダイブして『ばい~ん』と弾かれて遊んでいると、スズがやって来て同じことをやり始める。
無表情で遊んでいるのに、どこか楽しそうだ。
でも、これは32歳のオッサンがやってたらダメなやつだな。
自重しようと思う。
テーブルにクッキーとコーヒー牛乳を置いて、スズとお茶をすることにした。
シロップさんも「お家広いね~」と言いながら合流し、フィオナさんが「いい街ですね」とさりげなく入ってくる。
なんだか、地球の暮らしに戻った気分だ。
「これだけ広いと管理が大変だよね。
誰か雇った方がいいのかな」
メイドさんを雇うのは異世界の定番だよね。
イケナイメイドさんを雇いたいよ。
猫耳かドジっ子系が欲しい。
「それなら大丈夫ですよ。
洗濯と掃除は得意ですから、これくらいなら私1人で大丈夫です。
お風呂掃除だけスズとシロップにお任せします。
タツヤさんは調理をお願いしますね」
オーマイガー!!
フィオナさんが無駄にハイスペック!
「王女様なのに、そんなこともできるんですか?」
「洗濯も掃除も得意ですよ。
むしろ、タツヤさんの履いた下着を洗うのは譲りません」
それって喜んでいいのかな。
フィオナさんは危ない系の変態だよね。
すごくありがたいからいいんだけどさ。
「私のも任せる」
「はい、大丈夫ですよ。
シロップも一緒に洗いますからね」
「は~い」
やっぱりフィオナさんは完璧なお姉ちゃんだよね。
世話好きの長女って感じがするよ。
それからワイワイと話し合って、2階の部屋を1人1部屋使うことになった。
スズとシロップさんは、日当たりの良い部屋を選んだよ。
この2人は昼寝を基準に選んでいると思う。
僕はなんとなくスズの向かいの部屋を選んだら、フィオナさんが僕の隣の部屋を選んでくれた。
フィオナさんは僕を基準に選んでくれた気がする。
そういうところで点数稼いで来るのはやめてほしい。
チョロすぎる僕はキュンキュンしちゃうんだから。
クッキーを食べ終わると、フィオナさんが「花を植えたい」と言い始めた。
女の子の「花が好き」発言って、それだけで可愛く感じてしまう。
きっと僕は、重度の恋の病にかかっているに違いない。
フィオナさんがシロップさんと一緒に出掛けて行くと、僕とスズはお留守番になる。
「あっ、そうだ。この世界は牛のお肉はないの?
牛っぽい魔物を見たことないんだけど」
「牛ならミノタウロスかブリリアントバッファローがいい。
近くの高原にいるから獲りに行く」
そんな気軽に獲れたのかよ。
もっと早く言えばよかった。
やっぱりハンバーグって、牛肉がないと物足りないからね。
「じゃあ、僕はちょっと早いけど、夜ごはんの準備をするよ。
今日はリーンベルさんがいっぱい食べると思うから」
「……うん」
スズは浮かない顔をしていた。
さっきの光景を思いだしたんだろう。
僕は気にしてないんだけど。
もしかしたら、スズも心配されたかったのかな。
お姉ちゃん大好きっ子だし、毎日足元で寝るくらい寂しがりな子だもん。
大規模なスタンピードから帰ってきたのに、まだ話せていないし。
そんな時は『から揚げ、ごはん、豚汁、冷ややっこ』の、リーンベル姉妹が喜びそうな最強定食で攻めようと思う。
今までは『から揚げと豚汁』を『パン』で食べてたからね、
飛び跳ねてガツガツ食べること間違いなしだ。
冷ややっこは『ジト目生姜』のすりおろしと、『寄り添うネギ』を刻んだものをトッピングする。
あとは醤油をかけるだけで、笑いが止まらないほどおいしい豆腐に大変身だ。
鰹節もあったら1番いいんだけど、スキルでは『鰹だし』しか出てこないから仕方ない。
僕はひたすら土鍋でご飯を炊いて、その間にから揚げの下準備をする。
空いた時間で生姜をすりおろしたり、ネギを刻んだりして、時間を有効活用していく。
みそ汁も作らないといけないから、同時進行でどんどん作らないと。
気が付けば、初めてのキッチンに気分ルンルンで作っていた。
途中でシロップさんとフィオナさんが帰って来ると、スズも混じって花を植え始めていく。
でも、スズとシロップさんは力が強すぎるんだろうね。
一瞬で庭が穴だらけになって、フィオナさんがめちゃくちゃ怒ってたよ。
モグラ叩きみたいゲームみたいにボコボコだったから。
日が暮れてきたところで、少し表情が暗いスズと一緒にリーンベルさんを迎えに行くことにした。
さすがに残念リーンベルさんからは脱したと思うけど。
今度こそ「おかえり」って言ってくれると嬉しいなー。
やっぱりフリージアに来たなら、リーンベルさんがいないと寂しいからね。






