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帝国の罪

 お尻叩きに疲れてセリーヌさんが眠ると、ひそかに見守っていた古代竜が笑いを我慢していることに気付く。


 確かに情けなく叩かれ続けたけど、僕が叩かれなかったら古代竜も住む土地がなくなっていたんだぞ。

 もう少しありがたそうにしてほしいよ。


 世界は僕のケツで守られたと言うのに。


 なんとか立ち上がって広場へ向かおうとすると、ちょうどみんなが戻ってきてくれた。

 僕のことを溺愛しているフィオナさんが、心配そうな顔で駆け付けてくれる。


「タツヤさん、漏らしましたか?」


 お尻が痛くて、そういう姿勢でしか立てないんですよ。


「違います、全く漏らしてません。

 お尻を叩かれる必要があったみたいで、ずっと叩かれていたんです」


「そうですか、羨ましい」


 え?! い、いいんですか?!

 フィオナさんはそちらもご興味がありますか?

 さすがハイエルフの末裔ですね。


 も、もしよろしければ、後日優しくペンペンしていただけると嬉しいです。

 自分の口からお誘いすることはできませんが。


「セリーヌ婆はどうした?」


 他の人も合流すると、リリアさんが何くわぬ顔で問いかけてきた。


 もう少しセリーヌさんに落ち着くように言ってほしかったよ。

 僕のスパンキングヴァージンがあんなにも激しい形になるなんて。


 フィオナさんに優しく叩かれるか、リーンベルさんに怒られながら叩かれたかったのに。


「余は満足じゃ、と言って昼寝を始めました。

 今は樹にもたれかかって眠っています」


 本当に世界樹と同化しているみたいで、セリーヌさんは器用に根や(つる)を操っている。

 移動する時も自分に(つる)を巻き付けて、クレーンゲームように持ち上げて移動するんだ。


 その姿がまた面白いのか、古代竜はお腹を抱えて笑っていたけど。


「そうか、それなら別にいい。

 急激に魔力を補充したため、疲れてしまったんだろう。

 私が産まれた時から老婆だったから、まさかあんなガキみたいな姿になるとは思いもしなかったが」


 それは僕も思いませんでしたけどね。

 古代竜が途中で懐かしいと言っていましたから、本当にフェンネル王国の初代王女なんだと思います。


 リリアさんの言葉でセリーヌさんに視線が集まると、フィオナさんは感慨深そうに両手を合わせて、祈るような仕草をとった。


「ご先祖様が生きているというのも不思議な感覚です。

 まさか昔話に出てくる、エルフとハイエルフ様にお会いすることになるなんて」


 フィオナさんにとっては、代々受け継いできた使命みたいなものだからね。

 無事に世界樹の元へたどり着いて、肩の重荷が降りたんだろう。


 でも、僕も一緒に置いていかないでね。

 用の済んだ男のハイエルフなんて、ハッキリ言って価値はないんだから。

 最悪、お城で調味料を製造する仕事をさせてください。


 とはいっても、ダークエルフがいる以上、世界はまだ完全に救済されたわけじゃない。

 世界を救おうなんて思うほど僕は立派な人間じゃないけど、スズは違う。

 それに、気になることはまだあるんだ。


 お尻を押さえたまま振り返り、古代竜と向かい合った。


「古代竜様、神獣について知っていますか?

 ハイエルフを守る獣、という認識なんですが」


 フィオナさんを連れてきたのは、元々神獣が絡んでいたからでもある。

 同じような特殊な生命体であろう古代竜なら、きっと何かを知っているはず。


「あぁ、間違ってはいないが、正解でもない。

 この世には、精霊の魔力を強く帯びてしまった魔物が稀に誕生する。

 魔物とは思えないほど理性が強くて平和主義でな、群れの頂点に立つような存在になる。

 が、己だけで精霊の魔力をコントロールできるのは、その中でもごく少数だ」


 精霊獣チョロチョロがその例か。

 仲間のスノーウルフを見事に統一し、ティモティモを見せ付けてきた因縁があるけど。


「我もそのうちの1体にはなるが、それ以外の魔物は暴走して死んでしまう。

 だが、女のハイエルフは精霊の魔力をコントロールすることに()けている。

 出会った精霊獣を助けることで、仲間のように懐く魔物もいてな。

 この世界を支えるハイエルフを神と崇める者もいるため、神獣と呼ばれるようになっただけだ」


 じゃあ、フィオナさんとスズが神獣の代わりに世界樹を守る必要はなさそうだな。

 よかったよ、正直それが心配だったんだ。

 元々エルフ達が守っているし、このまま放っておいても問題ないみたいだね。


「私も1つ聞いてもよろしいでしょうか?」


 後ろを振り向くと、フィオナさんが勇気を持って小さく手を挙げていた。

 古代竜に対しては、まだ怖いみたいだ。


「どうした?」


「ハイエルフ様がおばあ様から小さな子供になりましたが、これで世界の平和は保たれるのでしょうか?」


「難しい質問だな。

 結論からいえば、ダークエルフを倒さない限りは難しいだろう。

 奴らは世界を滅ぼす力を持っている」


 やっぱりそうなるだろう。

 世界樹の有無は関係なく、彼らは2度にわたって災害を生み出している。

 フェンネル王国のときも獣人国のときも、世界が破滅する可能性のあるレベルだったから。


 フィオナさんがうつむく中、スズが代わるように前へ出た。


「古代竜様はエルフの味方?」


「そうだな、我も世界を壊されると生きることができないからな」


「ダークエルフと戦わないのはなぜ?

 古代竜様の強さがあれば、討伐できるはず」


「それは違うな、我が手を出した時点で世界が終わるのだ」


 スズの言うことが正しく聞こえるけど、いったいどういう意味だ?

 Aランク冒険者の実力を持った人間が尋常じゃないほど怖がるような存在なら、絶対的な力を持っているはずだろう。

 今までスズは2度もダークエルフと対峙しているけど、古代竜に対して焦っていた姿は異常だったから。


「お前達はダークエルフの情報をほとんど持っていないだろう。

 奴らの1人に魔眼を持つ幻術使いがいてな。

 2,000年前、同胞のドラゴンが操られ、我は友を手にかける羽目になった。

 世界を救うためには、仕方のないことだったんだが……」


 今度は自分が操られると、止めるものがいなくて世界は崩壊へ向かう、という意味か。

 仮に精霊獣チョロチョロが止めたとしても、また操られて被害が拡大していくだけ。

 魔眼持ちを倒さない限りは、手助けを望めないということか。


 不謹慎だけど、魔眼がかっこよくて羨ましい。

 強力な幻術使いなんて、最強クラスのチートキャラに決まっているよ。

 ポーション使いに魔眼使いなんて、ダークエルフは恵まれてるな。


 ハイエルフなんて、のじゃロリと醤油戦士だぞ。

 スパンキングで世界樹が保たれるくらいだし、この世界が心配だよ。


 調味料で対抗できればいいんだけど、絶対に無理だろうなー。


 1つだけダークエルフに疑問を感じるなら、絶対的なアドバンテージのある能力を持っているのに、攻め込んでこないところだ。

 ポーションスキルも制限があったし、魔眼にも何かリスクがあるのかもしれない。


「その魔眼というのは、魔力で制御しているんですか?

 それとも、目に魔力を溜め込んでいるとか」


「精霊の力が眼に集約されておる。

 今のところ抵抗する術がない。

 だから、我ら精霊獣は基本的にこの問題に関わらないと決めている。

 仲間達で命のやり取りをするくらいなら、世界が滅ぶことを受け入れようと思ってな」


 今まで誰よりも真剣に話を聞いていたエステルさんが、いきなり防具や武器を外して、武装を全て解除した。

 正座をして座り始め、唇を強く噛み締めている。


 不振な行動を取るエステルさんに、リリアさんは少し警戒しているみたいだ。

 攻撃するような感じはないけど、彼女が動く度にリリアさんの目付きは鋭くなる。


「頼みがある、2000年前の戦いの話を聞かせてほしい。

 正直なことを言えば、魔物に分類される古代竜を敵だと認識していた。

 魔物の言葉に耳を傾けるなど、あり得ないことだとも思っていた。

 だが、もう何を信じるべきなのかわからない」


「では、なぜ我にそのような話をさせようとしている。

 信じられない話を聞いても、お主の中でまた信じられなくなるだけ。

 永遠に抜け出すことはあるまい」


「……先ほどの話は、嘘をついているようには思えなかった。

 友を殺したことに対する後悔の思いは、2,000年前の戦いを経験した者にしかできない。

 だから、世界の歴史ではなく、あなたの経験した戦いの話を聞かせてほしい。

 その話を、私は信じると決めた」


 ハイエルフが見つかって、セリーヌさんが元気になった今、エルフ達も心は落ち着いているんだろう。

 同族を殺された恨みはあるかもしれないけど、いま生きている帝国の人間がやったことではない。

 何百年も昔の話で、復讐できるほど人間の寿命は長くないから。


 だから、リリアさんも警戒はするだけで、どう対処していいのかわからないんだと思う。


「よかろう、昔話をするくらいは年寄りにしかできんからな。

 まず、この世界にいるエルフについてだが………」


 古代竜の話は、国王から聞いたものとほとんど変わらなかった。

 視点が古代竜になっただけで、大きな変化はない。

 世界樹のある神聖な場所で聞いていることもあり、余計に納得せざるを得ないだろう。


 全てを聞き終えたエステルさんは泣き崩れ、後悔の念で心が押し潰されていった。

 優しく慰めるようにスズが寄り添っても、彼女のやって来たことは、自分が思い描いていた行動と対極に位置すること。

 偶然にも、古代竜の友である精霊獣を倒そうとしたばかりでもあった。


 彼女が全て悪いわけじゃなく、彼女に教え込んだ帝国が悪い、と簡単に言えるものでもない。

 ただ1つ言えるのは、彼女が正義感で行動していたほとんどの行動は、誰も幸せにしてこなかったという残酷な事実だけ。


「とんだ……とんだ勘違い野郎じゃないか!

 私は今まで何をしてきt……!」


 地面に生えている草をグッと握りしめたまま、エステルさんは地面を涙で濡らす。

 神聖な世界樹の前で、彼女の嗚咽だけが鳴り響いていた。

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