98話 師匠の家族①末っ子の弟子
モードさんのお家にお邪魔することになった。モードさんは一旦家に帰るので、ついて来いと言ってくれたのだ。
打ち上げの翌日は、多くの人が二日酔いだったみたいで、お昼前までなかなか起きてこなかった。早めのランチを食べてみんなが起きてくるのを待ち、宿の前でみんなとは別れた。街を出て黄虎に乗ったらエオドラントにはすぐに着いた。黄虎はわたしに頭を擦り付けて挨拶をすると、また飛んでいってしまった。モードさん曰く、後で家の方に戻ってくるだろうとのこと。
「モードさん、貴族だったんだね。そんなお家にわたし行って大丈夫なの?」
「俺はただの冒険者だからな。ただ、実家が爵位を授かっているだけだ」
ただの冒険者、その言葉に少しだけ安堵する。
クーとミミも一度だけ会ったモードさんを覚えていて、そしてすぐに懐いた。そしてなぜかモードさんはクーとミミの話していることがほぼわかるようだ。黄虎と同じ感じだという。モードさんと一緒にいると、クーはモードさんの肩へ、ミミはわたしの肩にいることが多い。クー曰く、わたしより高い位置に肩があるので見晴らしが良くテンションが上がるらしい。
執事さんは、優しくわたしを迎え入れてくれた。
「坊ちゃんも、ご無事で何よりです。ティアさまともう会われたんですね、よろしゅうございました」
門を通ると、そこから立派な庭園が続く。ゴージャスだったり可愛らしかったりするキレイな花が咲き、いい香りがした。噴水もある。
『これ知ってりゅわ。フンスイでしょ。お水がおどりゅのよね?』
お水が踊るはいいなぁ。そう思いながら頷く。
「そうだよ、噴水だよ。よく知ってたね」
『俺しゃまも知ってたぞ』
「ふたりともすごいねぇ」
褒めると、モードさんの肩で背筋を伸ばし鼻を上に少し上げてすましている。多分ミミもわたしの肩で同じような姿勢でいることだろう。ふたりは双子じゃなかった三つ子だけあってシンクロしていることが多い。かわいいをダブルで見せてくれて、それはますます破壊力のある可愛さになる。
クーたちは三つ子だそうだ。三つ子の中でも一番上のお兄ちゃんだけは、お母さんの元に今もいるんだとか。
見飽きないけどなかなかの距離を歩いて、やっと玄関だ。全力で押さないとな玄関だ。いや、執事さんたちが開けてくれるんだけどね。
ひとまず、クーとミミは籠に入ってもらう。
中に入ると、ズラーっと執事さん、メイドさんたちが並んでいて、一斉に頭を下げた。中央にはナイスバディな派手な美人がいる。
「姉さん、いたのか。久しぶり」
「お帰りなさい」
お姉さんはモードさんを軽くハグする。
派手な美人さんはわたしにちらりと視線を走らせた。
わたしの頭にモードさんの手が置かれる。
「俺の弟子のティアだ」
わたしは頭を下げた。
「初めまして。ティアです。モードさんには大変お世話になっています」
そういうと、モードさんと同じ薄い水色の瞳がキラキラと輝いた気がした。
「モードの弟子なのね」
ふと手が伸びてきて、抱き上げられた。え? 女性なのに。超スレンダーなのに。結構な力持ち。そして頬ずりされた。
不安定になったからだろう、籠からクーとミミが顔を出した。
「猫ちゃん? え? アンモニャナイト??」
「姉さん、ティアが驚いている。ティア、家の住人は『構いたがり』なんだ。嫌になったら殴ればいいから」
「まったく、可愛くないんだから」
そういって、お姉さんはわたしをおろして、にっこりと笑いかけてくれた。
「疲れたでしょう? お茶にしましょう。オブロード、お茶の用意をお願い。甘いもの好きよね? 料理長に言って、ケーキを用意してちょうだい」
「承知いたしました、ミリセントさま」
お姉さんはミリセントさん、執事さんはオブロードさんというらしい。
「さ、ティアちゃん、猫ちゃん、行きましょう」
「あの、この子たち、このまま出していてもいいんでしょうか?」
お姉さんはニコッと笑った。
「ええ、キトラも自由に歩き回っているから、みんな慣れているし、大丈夫よ。この子たちのお名前は?」
「クーとミミっていいます」
手を出してきたお姉さんの指先の匂いをクンクン嗅いでいる、クーとミミ。
わたしを見るので、大丈夫と頷くと、お姉さんの手をペロリとなめた。
「かわいいわ」
ミミがお姉さんの手に移り、肩へ上っていく。クーはわたしの肩に登ってくる。
「くすぐったいけど、かわいい」
そう、このもふもふの毛がね、耳とか顔に当たるんだけど。時々こそばゆいんだけど。毛自体は温度ないんだけど、その向こうの本体からほんのりあったかくてね、その温かさが、なんか安心するんだよね。
「ティア、俺は着替えてくるから、お前は姉さんと居間にいてくれるか?」
「はい」
わたしはお姉さんに手を引かれて、居間へと導かれた。
みんなお仕事で家を空けていて、ミリセントお姉さんしかいらっしゃらなかった。黄虎の主ではない方のお姉さんだそうだ。
モードさんのお家の家族構成は、引退したお父様58歳とお母様57歳。郊外にある領地を管理されているそうだ。年齢はわたしが聞いた。モードさんのご両親とわたしとどっちが年上か、ものすごく気になるところだからだ。
当主である長男が39歳。奥さまと2人のお子さんと王都のお屋敷でお仕事中。忙しくてこちらのお屋敷にはなかなか帰ってこられないそうだ。
2子で次男が37歳。騎士で王都でお仕事中。奥さま、お子様と王都に住んでいる。
3子で三男は36歳、独身。領地の流通担当だそうだ。ふらふらといくつもあるお家や別荘に神出鬼没。
4子で長女がミリセントお姉さん。35歳。嫁いでいらして、お子さんもいらっしゃるそうだが、実家のお仕事を手伝っているそうで、この屋敷に滞在することが多いそうだ。お子さんは寮制の学園にいるという。そんな大きな子がいるようには絶対に見えない。
5子で四男は33歳、独身。なんと魔術師さんだそうだ。宮廷魔術師となるのは断っているのだが、優秀で離してもらえないらしい。王都でお仕事中。
6子で次女なのが黄虎のマスターのお姉さん。32歳。テイマーではないが、高位の魔物に気に入られることが多く、王宮のお仕事を手伝っているらしい。旦那さまは騎士で、お姉さんを守る仕事をしていて、結婚した今も続行中だそうだ。
そして、7子で五男が26歳、モードさん。Aランク冒険者。
絨毯も調度品も、見る目がないわたしでも一級品なのはわかる。何もかもが素晴らしすぎる。
傷をつけてしまったらどうしようと、ちょっとドキドキする。
「あの子が弟子をとるなんて、とても意外だわ。本当に教えることができたのかしら」
「モードさんには何から何までお世話になりっぱなしです」
「あの子がお世話、ねぇ。あの子はあたりがキツいでしょう?」
「モードさんはとっても優しいです」
「モードがねぇ」
モードさんが……居間に入ってくる。シャツにピシッとしたズボンをはいて、いつもとまた違う。
「ん? どした、ティア」
じーっと見てしまったからだろう。モードさんに声をかけられる。
「いつもと違う格好だから。そういうモードさんもカッコイイ!」
「そうか?」
モードさんがわたしの頭を撫でる。
執事さんとメイドさんがお茶を持ってきてくれた。それにケーキだ。
うわぁ。見た感じ、厚切りスポンジに生クリームをくたっとかけた感じ。生クリームやっぱりあるんだ。めっちゃ、食べたい。
わたしの前に置かれた、お茶と、バラを形どった素敵な器に、スポンジケーキの生クリームがけ。
「召し上がれ」
お姉さんが言ってくれる。モードさんを見上げると、頷いてくれたので、早速フォークを持つ。
「いただきます」
スポンジをフォークで切って、たっぷり生クリームと一緒に口に運ぶ。
本当にスポンジケーキだ。生クリームだ。また、食べられると思わなかった。すっごい嬉しい。
「おいしいです」
一口、もう一口と口に運ぶ。
はっ。意地汚く、夢中になって食べてしまった。モードさんの実家の、貴族の前で!
恐る恐る顔をあげると、みんなにめちゃくちゃ見られていた。
「あ、すみません。マナーも知らなくて、夢中で食べてしまって」
「俺んちだから、気にしなくていいぞ。気に入ったみたいだな。これも食べろ」
モードさんが自分のお皿のをくれようとする。
「ダメだよ、モードさん、こんなおいしいんだから、モードさんもちゃんと味わわないと! 人生の損失だよ」
ホントおいしいんだ。スポンジもどっちかっていうとシフォンよりでね、生クリームとで食べるのがちょうどいい感じなんだよ。
モードさんはわたしに言われて、一口ケーキを食べた。
「ホントだ、うまいな」
そう言いながら、また大きな一口分を切り分けてクリームをたっぷりつけ、わたしの口元に運ぶ。
「モードさん、いいってば」
「ほら、口を開けろ」
生クリームの誘惑に勝てず、頬張ってしまう。
うーー、甘い。幸せ。
「あ、ごめんなさい、私はちょっと失礼するわね」
口を押さえたミリセントお姉さんが執事さんを引っ張って、部屋を出て行った。
ソファーではクーとミミがメイドさんに果物をもらっている。ふたりともご満悦だ。
「モードさんってお坊ちゃんだったんだね」
というと、モードさんが微かに顔を赤らめた。
お読みくださり、ありがとうございます。
210904>『構いや』→『構いたがり』
ご指摘、適切な言葉へと、ありがとうございました。
240726>口を抑えた→口を押さえた
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




