95話 アンモニャナイト
部屋の中をぐるぐる歩いてはベッドで体を休める。良くなったと思っては今日のようにグダグダになってしまうこともあり、これが旅している時だったらと思うと怖くなる。全快と言うわけにはなかなかいかず、自分でも歯痒い。そんな落ち込みがちな心を見透かしたように、ルークさんが白いもふもふを連れてきた。もふもふは近くまでくると、わたしの胸に飛び込んできた。
え? ちびちゃん?
「盗賊に襲われていたときにあなたを守るようにしていた子たちです。離れなかったので城まで連れてきました。お体の調子がよろしくなかったので、ハナ様の元に連れてくるのを控えていました」
「ちびちゃん、だよね?」
頭を撫でようとすると、わたしのその手に2匹は頬や頭を擦り付けてくる。真っ白な体に、宝石みたいなブルーの瞳。
「お母さんは? あなたたち、離れちゃって大丈夫なの?」
お母さんは探し回ってるんじゃないの?
「クークー」
「ミーミー」
加護をくれたブルードラゴンの子供だ。
わたしが首輪に触れさせてくれとお願いしたときに、最初に反応してくれたちょっぴり耳の長い子と、俺にやれと言わんばかりに睨んできた一番元気のよかった子だ。
2匹はクークー、ミーミー、ミャアミャア可愛い声をあげて、ひたすらわたしに懐いてくる。嬉しいんだけど、ここにいて大丈夫なのか!?
「アンモニャナイトですか? 珍しいですね」
「……よく、知らないんだけど」
アンモニャナイトって何? 神獣ってのは言わない方がいいよね?
お茶をお持ちしますね、といってルークさんは部屋を出ていった。
「名前、なんていうの?」
2匹の首のところをカイカイしながら聞いてみる。
喋ってくれるわけはないんだけど、思わず。だって、名前ないと話しにくい。
「そうだな、仮の呼び名で呼んでいい?」
そう尋ねると、2匹は嬉しそうにこくんと頷く。
両手それぞれに、親指で小さな頭を撫でると、気持ちよさそうに目を瞑る。
「君はクー」
クークー鳴くから。元気な子だ。耳が長くてミーミー鳴く子には
「あなたはミミでどう?」
2匹がパチリと目を開ける。引き込まれそうなブルーアイで、わたしを見上げる。
『俺しゃまをクーと呼ぶがよい』
『ミミ、かわいい。気にいったわ』
え?
幼い舌ったらずな可愛らしい声で2匹が喋った。
「喋れたの?」
というと、2匹が顔を見合わす。
『お前のにゃまえは?』
クーに聞かれて答える。
「わたしはティア」
2匹とおしゃべりできるようになったので、まずお母さんは君たちがここにいることを知っていて許しているのかを聞いた。だって、知らなかったらすっごい心配しているはずだ。国を破壊しちゃうぐらいに。大問題だ!
わたしは胸を撫で下ろす。ちびちゃんたちは試練の時期だそうだ。立派なドラゴンになるために、必須なことらしい。興味を持った対象を決めて、観察したりなんだりして、レポートを書き上げる。それに合格して初めて一人前と認められるそうだ。クーとミミはわたしに興味を持ち、レポートを書くことを決めたという。本当は上のお兄ちゃんたちの試練が始まったところで、クーとミミはまだお母さんのそばにいてもよかったんだけど、ふたりはターゲットは決めたし、人は100年ぐらいと寿命が短いので時期を早めたそうだ。
ドラゴンのレポートって。どうやって文字を書くんだろう? それもドラゴン文字とかあるのかな?
高位の魔物もそうだったけど、神獣も、認めてもらうための何かがあるんだね。それぞれに大変だ。
許しが出てふたりはすぐに旅立ったが、わたしの匂いが海を渡った遠くからする。それで船で6日もかかる大海原を、パタパタと飛んできたという。飛べるというから驚いて翼を見せてもらった。ふわんふわんの毛に隠れるように、小さな翼があった。こんな小さな体で、こんな小さな翼でふたりでわたしを探しに海を渡ってくれたと思うと、なんだか泣きそうになった。っていうかこの翼では絶対体の大きさと合わなくて飛べないと思うのだが、ファンタジーだからありなのか、ドラゴンだからありなのか。
大陸に着くと、匂いがしなくなって、焦ったそうだが、探し回り。またわたしの匂いがしたと思ったものの、獣の匂いが混じっていて混乱したそうだ。それでも、きっとわたしがいると思って辿り、やっとみつけたと思ったら、剣を向けられていた、と。
白いものを見たような気がしたのは見間違いじゃなかったんだ。
ふたりはあの異端者を威嚇したという。そこをルークさんが救ってくれたみたいだ。
あんな怖いのに威嚇しただなんて、子供といってもさすがドラゴン! 子猫みたいな見かけだけど。この子たちに怪我がなくて、本当に良かった。
話をしてみて、わたしについてくることを決めているみたいだし、もふらせてくれるなら、わたしに異存はない。それとひとつ約束をする。わたしは弱いから守りきることは難しい。だから危険を感じたら、自分たちだけでも絶対に逃げること。自分たちで自分たちを守るように。約束と言って小指を立ててふたりの爪と小指を合わせて指切りの真似事をすると、ふたりは遊びのような儀式をとても喜んだ。
その後、ルークさんがわたしにお茶とクーとミミに果物を持ってきてくれた。いつも果物と水をいただいているらしい。わたしがクーとミミと話しているとルークさんは変な顔をして、わたしがテイマーだったのかを聞かれた。ルークさんにはクーとミミの言葉は変わらずクークー、ミャーミャー聞こえるみたいだ。わたしは首を横に振る。この子たちが特別だと答えた。ルークさんに話せることは隠すか、テイマーで2匹と契約して通じることにする方がいいと言われた。
わたしはクーとミミにお願いをする。
どーーーーーしても、やってみたいことがあった。
わたしは某魔法少女に憧れていた。そりゃもう、アニメに釘付けだった。
魔法もしかりだが、それより、猫ちゃん2匹を、フードに入れていつでもどこでも一緒にいるのだ。そしておしゃべりができる!
めちゃくちゃ羨ましかった!!
わたしもフード付きの服を着て、セキセイインコをわしづかみ、逆手でフードの底に置いた。でも、羽のある身。足元は定まっているわけじゃないし、布が押し寄せてきて怖かったんだろう。瞬く間に這い上がってきて、怒って耳をかじられた、ごめん。
インコがダメだったので、軽いぬいぐるみを入れてみた。大人しくしている点はいいが、わたしが動くとその重みプラス遠心力もかかり、気をつけないと首がしまった。物理的に無理だった。わたしの真似っこ計画は頓挫した。哀しい現実だった。
1回だけ、一度でいい。フードに猫ちゃん、いつも一緒をやりたい。
ルークさんにお願いして、フード付きの服を用意してもらった。
わたしがウキウキしていると、ものすごく不審な目で見られた。訝しむので、何をやりたいのかの説明をすると、すっごい馬鹿にした目で見られた。そして、
「首、しまるんじゃありません?」
ルークさんが大真面目に言う。知ってる。
「押さえるんで大丈夫です」
重さによってフードが後ろにいっても首がしまらないように、襟首に手を入れて防御する。
クーとミミにフードに入ってもらう。
肩に乗ったもふもふ。ふわんふわんの毛がわたしの耳に当たる。首を傾げて堪能したくなるが、我慢だ。ふたりはおっかなびっくり、フードの中に入る。
結構な重みで前みごろが後ろに引っ張られ、襟首が圧迫される。手で防御しないとだけど。両手が塞がるけど。わたしはとても満足だった。身の置き所がないのだろう。ジタバタ足を動かす。ちっちゃな足がわたしの背中を押す。重みと温かさが服越しに伝わってくる。背中の重みは信頼の証。いつも一緒にいる約束。少女だった頃、憧れていたことが、またひとつ叶った。
ありがとう、神様。
わたしに興味を持ってくれて、ありがとう、クー、ミミ。
ルークさんはわたしがクーとミミを運ぶのにフードの中がいいと思いついたように思ったみたいで、それで移動は不可能だろうと、ふたりが入れる籠を用意してくれた。ありがたいけど、わたしすっごい馬鹿って思われてる。
王子はわたしが旅立つのをなかなか許してくれなかった。わたしの体調に波があったからだけど。突然許可が下りたのは、ロダン王子が王子の部屋に急に入ってきて、姿は見られていないけれど、王子の部屋に人がいるのを勘づかれてしまったからだ。王子は絶望的な顔をしていた。『誰』にだか知らないけれど、とにかく王子が興味を持った誰かの存在が知られると、その存在を消そうと躍起になる人がいるそうだ。婚約者みたいな社会的に認められた人や地位なら守りも硬くできるが、オープンにできないわたしだと、何が起こるかわからないと思ったみたいだ。それでその夜、暗闇に紛れて、ルークさんにおんぶにだっこ状態でわたしは城を後にすることになった。城は王子の家だろうに、身近に敵がいるのは気の毒なことだと思った。
「君が異界人ということは、信じた人でもなるべく言わないほうがいい」
王子はそう切り出した。
「君にはわからないかもしれないが、瘴気というものは、この世界の住人に染み入っている狂気だ。いろんな考えがあるにせよ、いずれ瘴気が蔓延して世界は魔物しか住めないところになるだろう。けれどそれを止める手立ては、この世界に生まれたものにはない。これがどれほど絶望的なことか、きっとわからないと思う。そんな中に生きるものとして、聖女に、すがらずにいられない。聖女にだけかと思っていたが、見通しが甘かったようだ。噂の流れる方向からして、聖女の力がなくとも、異界人と知られればその価値がつくだろう」
「瘴気を浄化する力なんてないのに?」
「なくても、だ」
いいたいことはわかるような、わからないような気もしたが、納得はできなかった。だって、聖女ちゃんならいざ知らず、わたしにはなんの価値もない。それはステータスを見ても瞭然だ。わたしはこの世界で、ものすごーくレベルの低い生き物だ。
最後となると思うので、尋ねたかったことを聞いた。
「なんでいい加減な噂をほったらかしにしたんですか?」
「噂、かい?」
「側室聖女、だとか。子供を産んだとか」
「ああ、あれか。噂は聞いた人が作りあげるものだからだよ」
?
「側室は聖女じゃない、子供を産んでいない、そう声明を出したとしよう。信じると思うかい?」
あ、そうか。嘘かもしれないと思う人は絶対出てくるだろう。
「何を言っても、いいように取られてしまう。だから反応しないのが、一番なんだ」
「……その、子供ができた噂を否定しなかったのも、同じ理由ですか?」
あの発端がなければ……。
「あれはただの願いだ。私は、噂を真実にしてくれても、全然構わないけどね?」
「わたしは構うので、結構です」
やっと、王子を見て、少し笑えた。やはり、この人とはちょっとやり合うぐらいに話すだけなのがいい。
最後に助けてもらい回復するまでお世話してもらったので、王子にお礼を言う。「いつでも君の幸せを願っている」と言われて、わたしの接し方は良くなかったと反省する。王子の願いを叶えるために聖女ちゃんの侍女となる必要があると聞いたが、その話はついに一度も出なかった。本当にわたしが嫌がることは何もしなかった。いつもわたしを気遣って、世話をしてくれた。悪い人ではない。……それは知ってた。
ルークさんの護衛も要らないと言ったのだが、それだけは譲れないと言われた。
本人、すっごくいやそうなんですけど。
でも確かに、わたしはひとりでは絶対城からも出られなかった。もうほとんどルークさんに抱き抱えられた状態で城から出た。だって、天井裏とかが通り道なんだもん、普通無理でしょ。すっごい細い横板の上とかも走るんだよ、彼は。暗闇の中でもね。わたしは恐ろしすぎて目を瞑っていた。
ルークさんに抱えられたわたしは、クーとミミを抱え込んでいる。大物になるわ、この子たち。籠の中でずっと寝てるんだもん。すっごい揺れてるのに。絶対、大物だ!
読んでくださって、ありがとうございます。
211213>とにかく王子がかまっている誰かの存在→修正
わかりにくく書いていたので修正しました。
ご指摘、ありがとうございました!
95部分
220507>不審→不信
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




