94話 王子なりの謝罪
王子の部屋だし、王子のベッドを奪っている。動けるようになってすぐに部屋を移動すると言ったのだが、王子に拒否られる。王子は忙しいはずだが、わたしが起きていられるようになってからは毎日やってくる。必要以上には近寄らない。王子がわたしが過ごしやすいよう気を配っていることはわかっていた。わたしに対して本当に悪いと思っているのも。
時々、王子の言うことが『?』となることがあった。王子はわたしが小さくなり成長してきたことを知らないみたいで、トントにいたことも知らないみたいなのだ。はっきりさせようと尋ねれば藪蛇になるのはわかっているので、自分のことは言葉を濁し、入ってくる情報だけに耳を傾けた。
それによりわかったのは、ルークさんは結果だけ簡素に報告する人だってことだ。余計なことは王子を煩わせるだけだと思っているみたい。
『オーデリア大陸でわたしをみつけ、保護しようとしたが断られたので見守ることにし、わたしがカノープス大陸に渡り、生命の危機に瀕したので連れてきた』と報告したと思われる。王子が見たのは16歳の今の姿だから、城を出てこの姿に替わっていたと思われているみたいだ。そしてわたしはわたしを助けてくれた恩人を慕っていて、彼の生家に行こうとしている、と。
わたしはルークさんと話すときは、彼がどのくらいわたしのことを把握しているかを探った。逆にルークさんもわたしを探ってもいるから、お互い様だろう。聖女ちゃんも神様から狭間呼び出しで何か授けてもらっているはずだが、それを話してはいないようだ。話していたら、わたしのあれやこれやは神様から授かった能力なのだとあっさりあたりをつけられたことだろう。
ルークさんには、急に成長することは知られている。そしてそれがわたしの意識とは別にあることもわかっている。トントの前はどこにいたのかを一度聞かれたけど、旅していたとだけ言っておいた。レティシアの3歳児はわたしなのかも尋ねられた。それは、知らないと言っておいた。
トントのランディのことは調べあげていて、わたしが恩人のところに行くところってことも調査済みで、その恩人と離れる原因となったのはギルドの強制依頼だろうとも推測されているみたいだ。そしてモードさんのこともあたりを付けられている。
それが不思議だ。恩人のところに行くといいながら、わたしは祠に向かうためにエオドラントとは反対方向にやってきている。それにモードさんの名前を出してはいないと思うし。強制依頼に行った冒険者はある程度の人数がいると思うが、その中で、なんでモードさんってバレたんだろう? この駆け引きではないけれど、どこまで知っているのかの探り合いみたいのが、地味に疲れた。先の先のことを考えるの苦手なんだよ。……助けてはもらっているけれど、全部を曝け出してもいいかという気にはまだなれなかった。
ある日、日課となったティータイムに王子は綺麗な花束を抱えてきた。ピンク色の優しい小花と白いちっちゃな花がボリューミーにまとめられている、可愛らしい花束だった。
いい香りがする。
椅子に座ったまま何気なく受けとったわたしの前にカイル王子が膝をつく。
「ハナ、私が許されないことは知っている。けれど、私と共にあって欲しい。守らせて欲しい。ずっとここにいてくれないか」
わたしが口を開きかけると、王子は立ち上がる。
「君は狙われるだろうから全部というわけにはいかないが、なるべく自由でいられるようにする。君がいつも笑っていられるよう尽力する」
いつもの自信に溢れた感じじゃない。わたしが断ることをわかっている顔。それでも言うと決めた顔。
わたしは背筋を伸ばした。
「助けてもらい、世話もしてもらって感謝しています。でも、もう少しして旅ができそうになったら、わたしはここを出ていきます」
この人もこの人で難儀だなと思った。
「もし、私が順番を間違えず最初に謝罪を口にしていたら、君は心を開いてくれたのだろうか。そうしたら、私から逃げ出さずに、彼に会うこともなかったのかな? 何かが変わっていたのかな」
わたしは王子の部屋に滞在中も、王子となるべく距離を取るようにしてきた。気持ち的な距離も。今助けてもらっちゃっているけど、わたしたちは被害者と加害者だからだ、諸々含めて。その事実があるかぎり、わたしたちにはそれがついてまわる。
だけど、だんだんめんどくさくなってきていたのも確かで。
……元々わたしは考えて行動するのは苦手なのだ。一つ先ぐらいのことを考えることはできるけれど、それ以上になると、覚えていられなくなるし、ややこしくごちゃごちゃしてくるとぜーんぶリセットしたくなる。まさに、この時、わたしはめんどくさくなっていた、いろんなことに。距離をとって、言いたいことを飲み込んでいるのが何よりストレスだ。だから思わず言葉にしていた。
「そういうのは王子が好きな方に言ってください。わたしを『好き』みたいなポーズ取らなくて結構ですから」
王子よりも、ルークさんの面白いものを見たみたいな顔にさらにイラッとする。
「……面白いことを、言うね」
少し低いトーンで、笑みを浮かべる。怖いと思いながら、これこそ、この王子って気がする。わたしに対していい人であろうとしすぎてて、気持ち悪かったのだ。
「わたしはこれでも君を気にいっているんだよ。君が嫌がらなければ、本当に婚姻を結びたいくらい」
「だから。まぁ王族だと政略結婚とかになるんでしょうけど、愛する人には素直になっといたらどうですか? わたしにそんなこと言ってる暇があったら、切れ者なんでしょ? なんでその人と一緒にいるのが難しいのかは知りませんけど、その人と幸せになれる方法を考えた方が建設的ですよ」
「なぜ、そう思うんだ? ……私に愛する者がいて、それが君じゃないと」
「目の前の人に愛する人がいたら、それぐらいはわかります」
カイル王子は目を伏せて、手で目を覆った。
「彼女はもういないから、会うことは決してない。だから、世界中で一番好きなのは君だ。ハナ、なんだ」
亡くなっていたのか。それは悪いことを言った。
王子の視線が彷徨う。その表情が全てを物語っている。
指摘しなくてもわかっているだろうから、そこは流すことにする。
居なくても、もう会えなくても、一番の愛する人は変わらない。多分王子はそういう人だ。
王子は、一度も椅子に腰掛けることなく、そのまま部屋を出て行った。ルークさんが入れてくれたお茶もそのままだ。
「追いかけて慰めなくていいの?」
「王子が私の慰めを必要とするとでも?」
まぁ、確かに。
「でも、石を投げたい気分かもよ。当てられてあげれば?」
「私の任務はハナ様を見守ることですので」
人を傷つけたバツの悪さに軽口をたたいても、真面目に返されて、気持ちが行き場を無くす。
ルークさんはわたしの手元の花束に手を差し出す。花瓶に生けてくれるんだろう。花束を渡した。
「……もうちょっと。もうちょっと元気になったら、出ていくから。それまでなんで……」
ルークさんにはお世話になりっぱなしなので、言い訳みたいになってしまう。
「お尋ねします。ハナ様は……望まぬ王子の子を身篭り、子供と引き換えに新しい姿を授かったのですか?」
は? 突っ込みどころが満載で、一瞬言葉が出ない。
どこがどうなるとそんな怖い考えになるんだ。
「わたしは王子の子を身篭ってません。子供ができるようなことはしていません」
「それは性交をされていないということでしょうか?」
真顔で聞かれて、こっちが赤面する。
「してません!」
「王子は致したと」
「……してないです! っていうか、子供と引き換えに新しい姿って何? 怖いんだけど。どういうこと?」
「世界中で出生率が下がり続けています。危惧され出生率を上げるために各国で対策がとられ、法案なども改正されましたが、追いついていません。今までじわじわと下がっていたのが、ここ5、6年で一気に下がりましてね、嫌な話ですが赤子が高く売れる時代です。オーデリアではまだ顕著ではありませんが。そんな時、囚人から聞きました。赤子欲しさから禁呪に手を出したものがいると。腹の中の子供と交換に、望む姿にしてやれる禁呪があると。子供の欲しいものが考えた与太話だと思っていましたが。ハナ様が若返っていると、姿が違うと聞いた時に、一瞬それを思い出しました。信憑性は高くありませんが、ハナ様が違う姿になっているのを見て、もしかして、と」
「違います!」
やめて欲しい、そんな恐ろしい勘違い。
「禁呪ではない、と?」
「詳しくは言いませんが、確かな筋の姿替えです。若返ったのは呪いというか、祝福というか、アクシデントで」
言ってて、怪しいと自分でも思う。確かな筋って何だよって。でも、神様だもん、確かだよね。今更、ここから逃げ出すために姿替えを時間差で考えてたとか、なんか言いにくいし。神様と会ったことも告げていいものか、やはり迷う。そしてわたしが言ってるだけで、何の証拠もないわけだから、ただ怪しいに変わりない。
それにしても出生率が下がってきたっていうのは、身近な問題みたいだ。オーデリアではまだ顕著じゃないっていうけど。確かにモードさんと旅している時、子供ってだけでちやほやされた気がする。ただアジトも見ているから、子供が少ないとか、思えなかった。だって、それなら、捨てる人がいるなんておかしい……気がする。そんな考えがよぎったが、ルークさんの声に引き戻される。
「王子の元を去るのは、王子が召喚の責任者だからですか?」
「それも一因ではあります」
「異世界人から見ると、この世界に納得できないことは多いと思います。ハナ様の国は王政ではないと聞きました。王族のことはあまりご存知ないかもしれませんが、王族が頭を下げるなど、考えられないことです。王子は庶民よりの思想を考えられる王族だと思います。他の王族なら、現国王もですが、謝るぐらいなら相手を殺してなかったことにします。それが通るのが王族なのです」
「わかりたくないけれど、そうなんでしょうね」
「王子があなたに謝罪をしているのを見ました。あれだけでも本気だと受けとってもらえませんか」
ルークさんが見たのは、召喚の方の謝罪ではなく、その後に王子に謝られた、そちらのことだ。わたしの意思を無視して、無理矢理、力技で押し通そうとしたことを謝られた。謝って済むことではないがと言われ、本当だよ、と思わずツッコミそうになった。わたしは本気だったが、発言していたら場違いにコミカルに見えたかもしれないから、言わなかった自分を褒めたい。
あの時のことを王子は言い訳はせず謝られたが、今なら見当がつく。あの時はパニクってしまったけれど、未遂で終わらせる気だったのだろう、気を失わなければ。あの時だって、ホクロに至るまでは、嫌がらせには違いないけれど、わたしも発展するとは思っていなかった。唐突にスイッチが入ってしまう人もいることはいるけれど、王子はそういうタイプでないと思う。王族だし、怖い人ではあるけれど、根っこのところの感覚は普通だ。それはわかっている。
こちらでは何をしても通るんだろう王族という知識も一応ある。
だが、見せかけだろうが何だろうがある種の暴力を受けたのだから、わたしの憤りが解けなくてもそれは当たり前だろうとも思う。
滅多にしないだろう2つの謝罪も本気だとは受けとっている。
ただ、だからって笑ってなかったことにできるほど、わたしの心は広くない。
「聖女様が話されているのを聞きました。ハナ様たちの世界は魔法はなくてもここよりずっと進んでいて、便利で快適で、そして平和だったと。魔物もいなくて、戦うようなこともなかったと。ここには聖女様もいらっしゃいますし、異世界のことにも他の国よりは理解があります。ですから、私はハナ様を本当の意味で守れるのは王子だけだと思います。王子じゃダメですか? そんなにあの者がいいのですか?」
「なんていうか、わたしと王子が一緒にいても、どっちも幸せにはなれないと思う」
幸せになれるなれないで、一緒にいるものでもないけどさ。
ある事実がどうしても記憶を引っ張る。そういうことってあると思う。お互いにそれを押しのけてでも一緒にいたいっていう情熱があれば乗り越えられるものかもしれない。ただその情熱がわたしにも王子にも、ない。
「ハナ様がそうお考えなら仕方ありませんが、私は王子の庇護の下にあるのが、あなたの為だと思います。これは王子の従者だから王子の為にいうのではなく、あなたのことを考えて申し上げています」
「ありがとうございます。親身になってくださって。でも、わたしは行きたいところがあるんです」
王子第一主義の人からも心遣いをもらい、ありがたいし励みになった。
そういえばと、聖女ちゃんのことを思い出して、元気になったのか尋ねた。やはり、醤油と味噌は効果テキメンだったみたいだ。それだけは、よかった。
聖女ちゃんはすぐに市場に行ったそうだ。そこで、ライズもみつけて、元気の素を確保したらしい。聖女ちゃんはお料理はあんまりしたことがなくて、材料や調味料で、こういう風にしたのが食べたいといい、料理長さんたちがそれを再現したらしい。有能! だからお粥もルークさんが知っていたみたいだ。
聖女ちゃんも今までずっと城にいたわけではなく、近隣の国に赴いたりしたそうだ。浄化っていうのはただ聖女ちゃんがいるだけでされていくし、どこそこに赴かなくてもいるだけで世界中の浄化をしているそうだが、やはり人の気持ちからいって、見えるところに来てくれた方がありがたいし安心するというのもあり、行くことにしたのだが、その途中で具合が悪くなり、引き返すことになったらしい。何が原因かはわからず、回復までにとにかく時間がかかったという。そこがわたしと一緒で、ルークさんには、病気と怪我に特に気をつけるように言われた。おそらく異世界人はこちらの世界で体が弱く、回復が遅い、と。まるで5歳以下の赤子のようだと言われた。
わたしは考える。神様がこの世界に生きていけるように再構築されたと言っていた。だからこの世界に適応できているのだろう。でも構築されてからわたしたちは1年しか経っていない。5歳までは死亡率が高いと聞いた。だから5歳になるまではほとんど家から出さずに大切に大切に育てるのだと。その5年は免疫を作りまくり、この世界に蔓延る菌やウイルスなどに馴染む時間なのではないかと思う。わたしも聖女ちゃんもこの世界に適応する体にしてもらってはいるけれど、免疫はゼロだった。だから重症化するし長引くのではないかと思う。見かけは成人しているけど、実際は1歳の子と変わらないんじゃないかと思う。その上わたしは体が急に成長するのもあるから、長引く。
次の日からも、王子は毎日、ご機嫌伺いにやってきた。ただ甘やかすのはやめたようだ。チクチクとわたしの心を刺してくるように感じるから、王子の作戦は成功なんだろう。屈してなんかやんないけどね。
『君の想いは、初めて動くものを見ると親、自分を守ってくれるものって思って慕う動物みたいだよね』
『彼はただの冒険者じゃない。貴族だよ』
『君は貴族は嫌い、王族はなおさらみたいだけど、彼も王位継承権を持っているよ、二桁だけどね』
王子がそんなことまで言うのが、殊更不安にさせる。
モードさんが貴族なのかもしれないとは思っていた。あのネックレスに通された指輪の紋章がそうかなと思わせた。家も名前を言えばすぐわかると言っていたしね。村ならともかく、街で名前言ってわかるって普通じゃないもんな。
あとは語学力だ。普通は生まれた国の言葉と大陸の公共語を覚えるのがスタンダードだという。モードさんはわたしの語学力を怪しんでいたが、それは彼が全てそれらの言葉をわかっていることに通じる。だから上位の冒険者になるといくつかの語学が必須とかあるのかなと思っていたけれど、ギルマスに聞いてみたところそんな制約はないという。それじゃぁ、3カ国以上の言葉が必須の職業とか、人たちがいるのかななんて軽い気持ちで聞いてみたところ、王族だと回答があった。だから王子から聞いた時に、でたらめだとは思わなかった。
でも、この人は、なんでわたしがモードさんのところに行こうとするのを止めようとするのだろう? わたしはすぐにそう思った。王子のやることはチグハグだ。頭のいい人なのに。頷かないのをわかっていて、わたしを城に引き止めてみたり。モードさんに不信を抱くようなことをいってみたり。その意図は、わたしがモードさんに会いにいくのを止めるためのようにしかみえない。これで本気で惚れられているとかなら話はわかるけれど、そうでは決してない。多分、モードさんのところ以外なら、すんなり送り出すんじゃないかとさえ思う。
王子はモードさんの何かが気に入らないのだ。
変な話だが、ここにきて、ある意味わたしは王子を信用している。王子はわたしに惚れてはいないけれど、大切にしようとしていることは伝わってきている。酷いけど、王子の企みならそのほうがまだマシだと思う。わたしを大切にすると決めた王子が、モードさんをわたしから遠ざけたい理由。それはきっと、わたしにとって、嬉しくない何かだ。
モードさんはAランクの冒険者だ。わたしを近くの街に連れてってくれと頼んだレティシアではモードさんは自分の身元はバレたくないと言った。高位の冒険者なんかだと名前が知れていてめんどくさい事があるのかなと勝手に思っていた。わたし自身もあやふやでいたいから都合が良かったし。……めんどくさいとか、そういう事が理由であって欲しいと思う。どうしてもあの場所らへんでモードさんが身元を明かしてはいけない明確な理由がないといいと思う。もし、理由があったのだとしたら、何だか嫌な予感がするから。
わたしとモードさんが出会ったのは全くの偶然だ。
あの不思議の森のこともルークさんだって言ってた。どこに出るかわからないと。
黄虎に咥えられたけど、黄虎だって、わたしが神気をたまたま解除で出すなんて知らないわけだし。わたしだって、あの時あのタイミングで解除したのに、意図はない、成り行きだ。だから、わたしとモードさんが会ったのは、絶対に偶然だ。
それに、……たとえ何かあったとしても、あったんだとしても、わたしの想いは変わらない。
何があったとしても、わたしにしてくれたことは決して無くならないのだから。
お読みくださり、ありがとうございます。
211221>お粥もだから→だからお粥も
スッキリに、ありがとうございましたm(_ _)m
211221>庇護の元→庇護の下
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
211221>憤りが溶け→憤りが解け
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




