92話 忍び寄る災厄
残酷なシーンを目にします。ご注意ください。
2回目の査定だけで、船代の135万を大きく越した。
しかもドロップ品は全部売ったわけではない。ほぼ5階の虫からドロップした防具だけでだ。これだけでスゴイ量だったので、1度目と同じく手押し車みたいのを借りてきて、ギルドに持っていった。アークやソウショウも肉や魚を取ったけど、マジックバッグを持つわたしがもらった量が一番多い。アークとソウショウは快く許してくれた。ロイドも羊肉を抱えられるだけ持っていった。でもそれ以上は腐るだけだからいいんだって。そして分配しようっていったのにお金も本当にいらないそうだ。ロイドは羊肉を分配した時点で、またなーと軽やかに去っていった。わたしにちゃんと帰り着けよと言って、ぎゅーっとさせてくれた。
そう、だからドロップ品を下ろしたのは一部なのに、軽く700万を超えたのだ。ひとり、233万!
これもわたしひとりだったら、すぐ死んでいた。アークとソウショウ、そしてロイドがいてくれたからだ。
一緒にダンジョンに潜ってくれたふたりにはどんなに感謝してもしきれない。
別れる宿の前で、最後に尋ねる。
「なんで、ダンジョン、一緒来た、くれた?」
尋ねるとふたりは顔を見合わせた。
「お前があまりにも必死で懸命で、無謀だったからだよ」
「いつかの自分を見ている気がして、応援したくなったのだと思います」
わたしは本当に無謀だった。武器が強いから大丈夫だと思っていたけれど、それだって今まで誰かに必ず助けてもらっていたのだ。武器だけの強さで生きていけるほど世の中は甘くないのに、そこにも気づいていなかった。
「本当、ありがとう。感謝いっぱい、足りない」
ソウショウがわたしの目尻を拭ってくれる。
「感謝するなら、お前、絶対死ぬなよ」
アークに、うん、とわたしは力強く頷いた。
「無謀だけど、お前を見て、全力ってどういうことか思い出した。俺、いつの間にか全力でぶち当たるってことをせずに、届かないって諦めてた。どうしても叶えたかったらみっともないくらい全力で挑まなきゃだよな」
「私も今あるものを当然と思い込み、自分で体当たりもせずに、周りはわかってくれないと思っていたような気がします」
ただ足りてないだけのわたしなのに、そんなふうに言ってくれて、胸がぶわーっと熱くなった。
「リィヤは救ってくれた人のところに行くんでしたね」
「12歳がマセやがって……相手はいくつだ?」
「20、半ば」
アークに答えると、ソウショウがギョッとした。
「9歳のときに離れ離れになったっていいましたよね? 3年前、20過ぎの男が、9歳に求婚したんですか?」
「キュ、求婚、違う」
「逢いに来るよう言われたんだろ?」
「指輪をもらったんですよね?」
「指輪、預かった」
「同じですよ」
あれ? 概要の触りだけを説明すると、なぜか、そんな感じになる。
ふたりが顔色を変える。
「お前、絶対、騙されてる」
「私もそう思います」
モードさん、なんかごめんなさい。モードさんが9歳児にプロポーズしたみたいになってる。
わたしは心の中で詫びた。
「お前、俺と来い。いろんなダンジョン制覇しようぜ」
軽い調子でアークが言う。
「ありがとう。けど、わたし、帰る」
そして、ふと思い出す。そういえば。
「獣人、アーク、ソウショウ、食べない、何で? 成人? 強いから?」
ソウショウの目が大きくなる。そして少しだけ辛そうな顔をした。
「あれは昔ですね、獣人の国と他種族の国の戦いで、獣人族が狂戦士を生み出しました。魔術でね、獣化し理性はなくなり、他種族を食べ、蹴散らかしました。それはもう酷いありさまで。戦争ですからね、どこに罪があるのか思うところは人それぞれですが、それにより我一族は森の奥深くへ逃げ込むことになりました。何も悪くないロイドに揶揄ってあたってしまいました。謝って許してはくれましたが、傷つけてしまいました」
だから理性が飛んでおかしくなったりしない限りは、魔術で獣化が増幅され狂った何かに突き動かされたりしない限りは、獣人は他種族の良き隣人であり、食べることなんてないよと教えてもらう。ソウショウの一族は辛い思いを抱えているみたいだ。
「でもリィヤは食べられなくても、齧られるぐらいはありそうですねぇ」
え?
「尻尾や耳に突撃しちゃダメですよ。それは齧っていいと言ってるようなものですからね」
そうだったんだ……。わたし思い切り、ロイドに突撃してた。それなのにロイドは齧らなかった。
頭を撫でてくれるソウショウにアークが肘打ちしている。
ソウショウに両手をとられた。膝をつき、彼はわたしの手を自分の額に近づけて祈ってくれているようだった。
「リィヤに加護を」
「ソウショウ、ありがとう」
アークがわたしを見た。
「……これからオーデリア大陸には災厄が降りかかるだろう」
真剣な顔だ。気のせいか、いつもよりぐっと大人な感じがする。
「それを知っても、お前は帰るか?」
わたしは不審な表情になっていると思うが、ゆっくり頷いた。
少し辛そうな顔をしたアークに頭を撫でられた。
「お前の決断で、オーデリアは災厄を回避できるかもな」
なんだそりゃ。
ふたりを見上げると、また泣きそうになった。
わたしに何の力もなくて、ほんとにごめんなさい。心の中で最初に告げる。
「アーク、ソウショウ、ありがとう。ふたりおかげ、早く帰れる。楽しい、いっぱい。ありがとう!」
アークに抱きつく。ぎゅっとして心の中でありがとうを何度も言う。
次はソウショウに抱きつく。ぎゅーっとして心の中でありがとうを繰り返した。
「またね!」
わたしはふたりに大きく手を振って、駆け出した。
港街行きの馬車乗り場には誰もいなかった。
ソウショウが宿を出る時間を、わたしの乗合馬車出発の時間に合わせてくれたので、もうすぐ馬車はくるはずだ。ふたりは賞金ギルドにいろいろ報告をしてから、スノーレイクに向かってみると言っていた。
あ、馬車だ。
遠くに微かに馬車が見えた。
!
後ろから口を押さえられ、後ろに引きずり込まれる。
身をよじって見れば、鑑定さんが雑魚リーダーと示したホリデにくる馬車の御者だった人だ。
わたしを肩に担ぎ上げ、歩いていく。
「放せ!」
わたしは暴れた。背中をポカポカ殴ってやったけど、全く効かない。
森の中の少し開けたところで、そいつはわたしを落とした。
腕でカバーしたけど、肩から落ちたような格好になって、肩も腕もそこらじゅうを打ち付けた。
「おめーのおかげでひどい目にあったぜ」
雑魚リーダーはわたしにそう言って唾を吐いた。
「お前、そんなちっこいのにやられたのか?」
温度のない声がする。そちらを見て、ゾッとした。雑魚の後ろから現れたのは、表情を全て削ぎ落としたような顔をした人だった。死んでいる人みたいだと思った。
「違いますよ。こいつとつるんでいたふたりが強かったんです。だからこいつがひとりになるのを待っていた」
それだけで状況が分かった。
こいつは逆恨みして、わたしがひとりになるのを待っていたんだ。わたしに制裁を加えるつもりで。
「お前、本当にどうしようもねーなー。お前みたいのを部下に持ったなんて汚点になる」
雑魚リーダーがさーっと青ざめた。目だけを異様に見開く。
死人のような人が手を少し動かした。
「あ、アニキ」
雑魚の首から赤いものが撒き散らされる。わたしの顔に飛んできた生暖かい何か。血飛沫だ。
人だったものが倒れる。
あ、あ……。仲間をなんの躊躇もなく殺した。
そいつは次にわたしを見た。なんの感情もない目だった。
今までに出会った何よりも異質で、気に入らないことは全て排除する人なんだと思った。
足掻きたいとか、諦めたくないとか、そういう思いは少しも通用せず、ダメなんだと思った。
あ、眠り玉! 心の中で声をあげた。亜空間から呼び出そうとしたのに、その前に刃先が首の横にあった。
「ん? 今、何かしようとしたな、お前。魔法か? 動くな。動かなければ静かに屠ってやる。手を煩わせるなら、殺してくれって願うぐらいの酷い目に遭わせてやる」
殺される。静かにそう理解した。
そのときに思い出した面々は、元の世界の家族たちではなく、こちらの世界で出会った大切になった人たちだった。
もう一度、会いたかったな。
トーマスとの約束も守れそうにない。ロイド、アークやソウショウとも約束したのに。
鋭い剣先を向けられて、景色が歪む。
目の前に白いもふんもふんなものが急に現れた気がしたけど、定かではない。
そこで、記憶が途切れた。
お読みくださり、ありがとうございます。




