84話 初めてのダンジョン③塔3階 ぶどうがあったら
朝ごはんを食べ、準備をして、セーフティスペースのすぐ前にある階段を登る。3階へとたどり着くと、また少し空気が変わった。なんか水の匂いがする。プールの近くに来たみたいな。
それにしても、本当にここ人気ないんだな。ダンジョンに入ってから会ったといえば、最初のマットバットに泥人形にされたパーティぐらいだ。
だから3階も人の出す音は聞こえてこない。鳥の声、虫の声、カエルの……。
カエルか。カエル、きそうだな。わたしは毛長族は大好きだが、虫と両生類、爬虫類は得意でない。毛がないものはあんまり好きじゃない。
「この階ぐらいからボス部屋がありそうだな」
アークが楽しそうにいう。
今までは上に登る階段が普通にあったけれど、ボス部屋というのがあると、そのボスを倒さないと上に続く階段は現れないのだという。
不思議だ。ここは木がいっぱい生えている。木の実や果物もいっぱいなっている。鑑定をかけると、なんと食べられるじゃないか!
もうこれは獲らないと。
タントゥ、桃みたいな感じで、桃だった。
フォレス、梨みたいな感じで、梨だった。
モッツ、アーモンドだ。
グリープ、ぶどうだ!
ぶどうってことは、ぶどうがあったら! これは思し召しか? 季節関係なく果物が手に入るなんて、ダンジョンはなんていいところなんだ!
遅れないようついて行きながら、収穫、収穫。
コタンダが現れた。わたしぐらいは背がありそうなあひるのような黄色い魔物だ。
足の指の間は水かきがついている。姿はお風呂に浮かべるアイツを思い起こさせるのに、目つきが悪く、いかにも獰猛そうだ。
「リィヤ、昨日の復習だ、行け」
「よろしくってよ」
アークに促されて前に出る。
ペタペタと歩いていたので、足が遅そうと思ったが、それは錯覚だったようだ。
急にシュタタタタと走って距離を詰めてきた。早さに対応できなくて、ラケットバットを目の前で構えるので精一杯だ。コタンダのどこかがバットにあたり、わたしは後ろに吹っ飛んだ。
「「なっ」」
アークが間一髪で抱え込んでくれて、わたしは木への激突を免れた。
「なんで吹っ飛ぶ?」
「ありがと。カウンター反動、大きい、抑える、できない」
「そう言うのは先に言え」
怒られた。
「今までどうしていたんですか?」
「助けて、もらう。たり? 吹っ飛ぶ、ぶつかる。だけ」
お、コタンダもお肉だ。バッグにいそいそとしまい込む。
「ぶつかるだけって」
「力、いない。仕方ない」
「お前、そんなんじゃ、すぐ死ぬぞ。力がないなら地道に生きろ。ダンジョンなんて言語道断だ。命あっての物種だろ」
「死ぬ、イヤ。けど、弱い隠れる、したら、何もできる、いない」
少しの沈黙の後、言葉を発したのはソウショウだ。
「あなたは……なんてまっすぐなおバカさんなんですか」
馬鹿って言われた。
「リィヤ、それならせめて戦い方を覚えろ」
ふたりは吹っ飛ばない方法を一緒に考えてくれた。
余裕のある時は、反作用がかかった時に風魔法で自分を保護するのだと言うと、その風の向きを逆にした方が体にかかる圧が少ないのではと結論づけ、試すことにする。
苦労したのがタイミングだ。カウンターの反動が入る同じタイミングにやらないと意味がない。少しでもズレると相変わらず吹っ飛んだ。部活の合宿を思い出させる特訓みたいになった。
でもこの半日でわたしは吹っ飛ぶまでいかない手段を手に入れた。
「アーク、ソウショウ、ありがとう。吹っ飛ぶ、ない。痛く、いない。ありがとう」
ソウショウが笑う。その笑みがほんっと美しい。
「ソウショウ、綺麗」
思わず言うと、表情が翳った。え? 悪いこと言った? 悪い意味じゃないのに、変に受け止められた?
「綺麗、見る、嬉しい。嬉しい、いいこと」
続けて言うと、ソウショウは少し哀しげに微笑った。
「綺麗、いい。可愛い子、いっぱい、周り、して。ウハウハ、できる」
さらに思いつく利点を挙げると、アークに爆笑された。
「お前、なよっとしてると思ったけど、男だな。お前もモテたいのか!?」
「それも、いい」
モテるのはいいよね。味わってみたいもんだ。
「あ、カンダー」
エバンスが『追いかけっこしてくる』って木の間からひょっこり出てくるような気がした。
「どした、リィヤ?」
少しぼうっとしたみたいだ。
「なんでも、いない」
「さっきのが会得できてるか、もう一度やってみろ」
「よろしくってよ」
アークに言われて頷く。待つと、向こうの攻撃のタイミングがわかりづらいので、こちらから攻撃するのが望ましい。
気合を入れて足を踏み込み、ラケットバットを当てる。相手の反撃のタイミングでわたしの背中からエンジンをふかす要領で風魔法を出す。
圧がひとつもかからなかった。成功だ。
カンダーもポンと言う音とともに、毛皮みたいのになった。
ボス部屋をみつけた。ボスの部屋って看板が出ている。親切だな。前に挑戦した人が看板を置いたのかな?
魔物の口上があるのか確かめたところ、魔物は喋れないだろ、とのこと。何言ってんだと言う目で見られた。
だって、ゲームだと『よく来たな、冒険者諸君よ』とかボスが喋るからさ。どんなことを言うんだろうと少し楽しみだったのだ。ないのか。ちえっ。
準備はいいか?と目で聞かれて、わたしとソウショウは頷く。
アークが部屋の扉を開けると、学校の教室ぐらいの広さの部屋だった。
中にはぬめっとした質感の黄色地に紺の大小の斑点を持つ、運動会でやった大玉送りの大玉ぐらいの大きさのカエルがいた。大きな出目に縦の瞳孔。わたしたちを睨んでいる?
アークが一歩前に出ると、そこ目掛けてカエルの舌が伸びた。アークが飛んで避ける。
長すぎだろ、舌。イヤ、あれに巻かれるとか絶対いやだから!
ソウショウも動いて、カエルの左側から後ろに回ろうとする。
でもカエルはソウショウを気にせず、なんとわたしのラケットバットを舌で巻き上げた。
ぎゃーーーーーーーー。いやーーーーー、バットがカエルに……。
「リィヤ、下がれ」
アークに言われて、扉前まで下がる。
カエル、鑑定。
『ホリデのダンジョン3階ボス アマンダ:さまざまな毒を持つ、カエル型の魔物。胃の酸はなんでも溶かすことができ、何を食べても消化できる。毒だけではなく酸も飛ばしてくる。まぶたを閉じ、目が動いたら、喉を動かした証拠』
ってことはバットも食べられちゃうってこと? いや! 優秀な武器を食べないで。胃の酸や毒を飛ばしてくるって、目が動いたら飛ばしてくるってことか?
『火の攻撃に弱いが、火と合わせると火柱が上がる毒を持っているので注意』
カエルがアークに向きを合わせ、目を閉じた。目を閉じたといっても、薄い透ける白い膜のまぶたで、目の動きが丸わかりだ。そしてその目がグルンと回るのだ。怖い!
「アーク、酸か毒、来る!」
アークは微かに頷いて飛び上がり、カエルの舌ごと切って、バットを落としてくれた。着地ついでにバットをわたしの方に蹴る。大変ありがたいが、カエルの舌が巻きついたところを触りたくないため、わたしも蹴って、わたしより後ろにラケットバットを隠す。
カエルが目を見開いて液体を飛ばした。液体が落ちた床がジュっと言って溶けた。
切られた舌を引っ込めたと思ったら、またアークに向かって舌を伸ばした。再生してる!
その間、ソウショウは後ろからカエルに攻撃を加えていたようだけれど、ぬめった体にはレイピアの攻撃は相性が悪いみたいだ。
アークの重たい剣をもっても、見た目よりやっかいな皮膚にてこずっている。
「火、きく。火、する。よろしかったでしょうか?」
ふたりは頷き、走ってわたしの前で陣をとる。
「ファイヤー」
別に唱える必要はないのだが、ふたりはわたしに背を向けているから、事態がわからないだろうと声を出す。
ふふふ。スライムの魔石で作り置きしておいた魔具が早速役に立つ。
が、立派に唱えてみても、結局のところFランクの魔力を込めての発動なため、暖炉の中でペチカを歌いながら見るのにちょうどいいぐらいの炎がゆるゆるとカエルに向かって飛んでいった。
うーーん、やっぱこれくらいの火の攻撃は効かない?
カエルは飛んできた火の玉を食べた。火も食べるんかい。どんだけ雑食! 薄いまぶたの下で目がグルンと回ってカエルの口から火柱が上がる。
食べた炎は小さいのに、上がった火柱は盛大だ。熱気が押し寄せる。距離があってもだ。あんなのくらったら。
わたしは叫んだ。
「消火!」
水を放出だ。消防士さんがホースから水を出すイメージで。実際出る水はチョロチョロだけど、カエルはなんとその水も『食べた』。
え? 口の前に何かあると食べずにはいられないのか。消火をしているのではなくて、水を食べるから火柱はひっこんだ感じだ。食べている間は攻撃されないので、なんとなくやめるタイミングがわからず、チョロチョロ出していると、水を食べ続けお腹が膨れていく。
そこにソウショウがレイピアを突きつけた。ぬるんとした皮膚には刺さりづらかったみたいだけど、お水で膨れぱつんぱつんになったお腹には、剣がきいたようだ。
それに気づいて、アークも総攻撃だ。ふたりの怒涛の攻撃により、カエルは動かなくなった。
そしてドロップする。
アークとソウショウが困ったような顔で頭を撫でてくれた。ドロップ品は鑑定をかけるとほとんどが毒だった。こんなの買い取ってもらえないんじゃと思ったけれど、毒は結構高額になるとのこと。へぇー、毒なんて何に使うんだろう?
読んでくださって、ありがとうございます。
211203>消火は決してしていなくて→消火をしているのではなくて
ご指摘と適切な言葉に、ありがとうございましたm(_ _)m




