80話 アークとソウショウ (上)
12人乗りの乗合馬車には、3人しかお客がいなかった。
寒さの厳しいカノープス大陸では一番過ごしやすい初夏が観光客のかきいれどきだそうだから、若葉の芽吹く現在、エルミティションに向かう乗合馬車に空席があるとは、深刻なダメージに違いない。でもそれも仕方のないことだと思う。エルミティションの観光の目玉である湖、スノーレイクが瘴気にやられた、魚たちは死に絶え、まわりの森にも被害が及んでいるという。そんな噂が広まった。瘴気がひどい地に好きこのんで向かうなどよほどの物好きに違いない。そんな物好きが3人もいたのはある意味、凄いことかもしれなかった。帝国と周辺では急に、瘴気被害が頻繁に、そして多発しているらしい。
そして、聖女はアルバーレンにひとりしかいないはずなのに、この大陸では瘴気が増えてひどい被害が起こるたびに、どこかしこから聖女が現れ浄化しているらしい。瘴気被害の件数がすごいだけに、そんなにいるんならアルバーレンの聖女ちゃん必要ないじゃんって思うほどである。
ちなみにわたしはエルミティションに向かう途中にある、ホリデのダンジョンに向かうところである。
オーデリア大陸では、もう雨季の終わりぐらいなはずだけど、こちらは時が巻き戻ったかのように春の終わりぐらいの気温で、まだ朝晩と昼で寒暖の差が激しい。
わたしはモードさんの戻ってくるエオドラントに行きたいのだが、船で海を渡ってしまった。オーデリア大陸に帰りたいが、船賃が高かった。帝国からセオロードの港街までひとり135万だ。多少の蓄えはあったが、こちらでの生活でずいぶん使ってしまった。
わたしの見かけは12歳。働いても、正規に雇われたのではいつそんなお金が貯まるかわからない。そこで勝負に出ることにした。一度行ってみたかったダンジョンに行くことにした。武器は幸い強いしね。反動で吹っ飛ばされるのさえなんとかすれば、なんとかなるはず。ホリデのダンジョンは初心者向きで、あまり流行っていないというのもポイントが高い。その先のエルミティションがそんな状態ということも手伝って、今は人も寄ってこないんだとか。
薄い茶色の髪、葉っぱ色の瞳の9歳のランディ(仮)という小柄な少年の格好をした少女は、指名手配状態だ。ラオスの野郎! いや、ソレイユかな。わたしを強制送還の船に乗せたのはラオスだろう。恐らくソレイユには内緒で。下船してすぐに探された時は、ラオスにしか知らされてなかったんじゃないかと思う。だから私兵で甘い捜索だった。次の日から指名手配状態になっていた。多分ラオスがソレイユに話したんだろう。これがわたしだったから、言語が実はわかるからなんとかなった。が、これが普通の子だったらたまらない。いきなり言葉のわからない違う大陸に連れ去られたのだ。言葉のわからない子供なんていいカモだ。わたしはすでに3回売られそうになっている。独りでいたからだろう。声をかけてきて言葉もままならないのをみると、親切そうに食べ物を出してくれて、お食べと身振りでやりながら、隣りの人にほら奴隷商人に連絡しなと目の前で言っている。わたしは言葉をわからないふりをしながら、ありがとうとご飯を頂戴して、そのままズラかった。小柄な9歳を探しているので、にょきっと成長したわたしは手配の枠をすり抜けられているようだった。何が幸いするかわからない。
初登録をしてから3ヶ月はすぎたので、わたしは帝国の冒険者ギルドで再登録の申請をした。髪の色などは魔具を作って何かしようかと思ったのだが、魔法系で隠すと鑑定の人がいればどう見破られるかわからないので、アナログに、カモミルという染料で染めて、赤毛にしている。冒険者カードから読み取るステータスでもし見破られた何かがあった場合、隠蔽や書き換えのできることが芋づる式にバレるのを恐れて、名前はティア、女のままにしてある。年齢だけは見かけ通りに12歳だ。ただやはり男の子の格好で旅するつもりだ。そしてここでの名前はリィヤで通そうと思う。
オーデリア大陸でさらわれて、気がついたら船の上、奴隷になるところだったのを逃げ出した。そしてオーデリア大陸に帰りたい。オーデリア大陸の公共語しか話せなくて、こちらに来てから人の真似をして片言で話している設定だ。シリさんに理解は丸ごと、話すときはこちらの大陸の共通語の単語が浮かぶよう、そう設定してもらっている。
最初は適正冒険者ランクの仕事を請け負って、採集をしたのだが、やはり地道すぎた。そして物価が高いのがマイナスポイントだ。冒険者ギルドもガラが悪くて、子供だとチョッカイをかけてくる輩もいた。背に腹は変えられないので、マジックバッグやポーションを作って売ろうかと思ったが、子供ではどうにも悪目立ちしそうだし、治安が悪いので諦めた。そうなると、もういっそのことダンジョン挑戦の方が精神的に遥かにいいだろうと思ったのだ。
わたしを抜いたふたりの乗客は捉えどころがなかった。わたしと同じ座席側の一番端に腰掛けた、フード付きのローブを着た成人したてってとこの少年が、少し前からピリピリしていたのを肌で感じてはいたけれど、気づかないふりをしていた。
もう一人もやっぱり成人したてってところだけど、こちらは落ち着きがなく、あっちに座ったりこっちに立ってみたり、窓の外を眺めてみたりしていたが、最終的にわたしの目の前に腰を落ち着けた。
ふと顔をあげると、彼はわたしを凝視していた。大きな黒に見える暗い色の瞳でわたしを捕らえる。
凝視はマナー違反だろうと、視線を外してみたが、それからもずっとこっちを見ている気がする。思い切って見てみると、やっぱりわたしを見ていた。一瞬ひるんだが、負けじと見返してやった。
顔はなかなかいい。野生的な感じ。銀髪に意志の強そうな暗い色の瞳。冒険者って感じ。それもかなり強者だ。腰に携えた剣は、伊達ではないだろう。
しばらく見合っていると、彼はにっこりと笑った。
「後ろの奴ら、お前の仲間か?」
後ろ?
走っている馬車の中だ。わたしは横向きの座席に座っている。振り返ってみても、当然馬車の窓があるだけで。
そんなわたしを見て、銀髪で暗い色の瞳の少年は軽く笑った。
「それ横だろ。後ろって、馬車の後ろだよ。その様子じゃ知らないんだな」
言い終わらないうちに、進行方向と逆に向かって通路を走る。すっごいスピードで!
がたんと音がして、馬のいななきが聞こえ、馬車が大きく揺れた。
浮遊感ままに何かにぶつかると痛みを覚悟したけれども、そうならなかったのは、誰かがわたしを抱え込んでくれたからだった。
恐る恐る目を開けると、目の前に端正な顔があった。
さらさらと金髪が流れ落ち、涼しげな瞳と目が合った。顎の線で切りそろえられたまっすぐな金髪に吸い込まれそうな空の青の瞳。
「怪我は?」
「ない……」
カチンコチンに固まったまま答えてから、慌てて付け足す。
「ありがとう……です」
この美少年は馬車の予想外な揺れからかばってくれたのだと思う。フードが外れたらとんだ美人さんだった。
馬車は急停車し、外からは馬のいななきや、剣が混じり合うような音が聞こえ、わたしはますます体を固くする。
「恐らく馬車強盗でしょう」
美少年はさらりと言った。強盗?
ますます硬直したわたしに気づき、軽く微笑む。
「大丈夫、彼は喜んで出ていったようですから、自信があるんでしょう」
そのとき、前の方の乗り口から、大きな男が現れた。
上半身はほとんど裸で、ジャラジャラと鎖のようなものを巻き付けている。弱者を喜び勇んで傷つけることを心底楽しみにしているような、盗賊の一種に思われた。
「おー、ひとりは極上、あとはチビか。まぁ売れるか」
大男はなにげに失礼なことを言いながらにやにやと笑った。
極上と言われた少年はゆらりと立ち上がり、わたしの前に出て、腰に差していたレイピアと呼ぶ気がする細い剣を抜いた。
「お嬢ちゃん、剣が使えるのかい?」
美少年がぴくっとした。わたしが見ているのは背中だったけれども、言ってはいけない一言だったんだと思わせた。多分美しい見かけでお嬢さんと揶揄られることがしょっちゅうなのだろう。そして、それが嫌なのだ。
大男が剣を振るうより早く、美少年のレイピアが舞った。
何がどうなったのかわからないうちに、大男が大きな音を立てて倒れた。
「こ、殺した?」
少年は呆れ顔だ。
「あなたは売られたかったんですか?」
助けてくれた少年を怒らせたのかもしれない、そう思って、わたしは首を横に振った。
「おい、降りてこいよ」
外からの声と、美少年に促されて、わたしは馬車から降りた。
3人の男たちが倒れていた。うめき声をあげているから、生きてはいるようだ。
「こいつら賞金首じゃねーな。けど、しめとくか?」
銀髪の少年は、にししと笑ってみせる。
銀髪の少年の武器は剣だろうに、盗賊たちに血の跡は見られなかった。
だからわたしはかろうじて意識を保っていられたんだと思う。
血は流れていないのに、血の匂いが充満しているような気がして、現実から目を背けたくなる。
「おい、お前、顔色わりーな。大丈夫か?」
銀髪の少年に顎を持ち上げられていた。
大丈夫だと手を振り払おうとすると、避けられた。
「お前、大陸違いか?」
一拍置いて頷く。
シリさんのアナウンスは完璧だし、言語を理解しているけれど、理解が浅いと思われた方が目の前でポロポロ情報をこぼしてくれたりするので、そのようにしている。
「何故、大陸違いで言葉もままならないのに、よりによって今エルミティションに行こうとするんです?」
「そう言ってやるなよ。何事もチャレンジだからな。目的は大きい方がいいじゃんか?」
責めるようにいう美少年にケタケタ笑いながら銀髪が応える。
そんなふたりがいきなりわたしをかがませ、自分たちが前にでた。
「なんだ、残党かと思ったぜ。あんた無事だったんだな」
銀髪が緊張を解く。街道の横の茂みから出てきたのは細身の御者さんだった。へりくだったような笑みを貼りつかせている。
「あんたらこそ無事だったか、というより、強えーな。いやー、助かったよ」
腰をさすっているけれど、どこも怪我をしているようには見えなかった。
「そんでどーなさるね? こいつらしばって、街に置きに行くかい?」
銀髪は振り返って美少年を仰ぎ見た。
「どーする?」
「私は、先を急ぎたいのだが」
御者さんは胸を叩いた。
「じゃあ、こいつらここに置いて、さっさとスノーレイクに向かおう」
「それで、また、襲う?」
尋ねたわたしに視線が集まる。
「何を言うんだい坊ちゃん? それじゃあ、私もこの盗賊の仲間みたいじゃないか」
「……仲間、合ってる」
仲間じゃんかと思って首を傾げた。
まずさ、こっち方向への人の流れがないのに、ここで狙おうと思うのがおかしい。3人も乗客がいたのが稀なのにどこでその情報を掴んだのか。その上、御者さんは一番初めに捕まえられると言うか怪我を負わされるとか何かありそうなのに、それもナシ。
怪しいと思ったので、こっそり鑑定をかけた。盗賊の雑魚リーダーらしい。鑑定さんのセンスにちょっとウケた。
「根拠は?」
美少年に尋ねられる。
「馬車、前から、盗賊入る。味方じゃない、御者、一番、やられる。この人、怪我、いない」
視線が御者に向かうと、御者は慌てだした。
「なんだよ、運良く怪我がないからって、盗賊の仲間にされちゃかなわねーな。そういう坊ちゃんが、手引きしたんじゃないのか?」
御者はそう高らかに笑った。わたしは一言も弁解できなかったけれど、ふたりにのされたのは、御者の方だった。
いつの間にか、馬車中で倒された男も運び出され、道に投げ捨てられる。
「お前、どーする? スノーレイクに行くのか?」
銀髪に問われて、わたしは言った。
「途中、ホリデ行く」
「じゃ、御者は交代な。話はこいつらが追ってこれないとこまでいってからだな」
読んでくださり、ありがとうございます。
アナウス→アナウンス
ご指摘、ありがとうございますm(_ _)m
211220>すっとんきょーな揺れ→修正しました
擬人化して感覚的に使うことをしてみたかったのですが、伝えきれないし意味が外れていくか〜と、どうしたらいいかが思いつかず断念しました!
丁寧なご指摘、ありがとうございましたm(_ _)m
211220>抜かしたふたり→抜いたふたり
スッキリですね
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
211220>女まま→女のまま
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
211220>死に耐え→死に絶え
死んでしまったのか、耐えられたのか、微妙な文になっとった;
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




