79話 老婆の家
第3章、プロローグです。
楽しんでいただけたら、嬉しいのですが……。
わたしは、いつ、どこで、どうして、何を間違えたんだろう?
わかっている事実は、今ここに在ることが不本意なだけだ。わたしはエオドラントへ行きたかっただけなのに、どうしてこんなところまで来てしまったのだろう?
どうしたら正しかったとか、何が間違っていたとか、正解ってあったのかな?
そもそも最初から? あの時、あの部屋にいなければこんなことに巻き込まれることもなかったのだろうか? 神様は最初に、召喚に応えたもの、つまり聖女ちゃん、とわたしとの座標が重なっていたとかなんとか言ったと思う。それで引っかかったと。聖女ちゃんが名前を言ったときはいろいろ思い出せていなかったから気づかなかったが、後から聖女ちゃんは多分わたしの住んでいたマンションの上の階のお嬢さんだと思った。ローマ字で書かれた郵便受けも、ウチの郵便受けの上にあった。号数が同じだったから、真上に住んでいたんだと思う。聖女ちゃんは喚ばれてだけど、わたしはおまけでついてきてしまった異物でしかない。だからこんなことになるのかな? わたしの何がいけなかったんだろう? すべて?
わたしはコンプレックスの塊だと思う。周りは何気にハイスペックだし、容姿もよかった。
ずっと一緒に育った一番身近な姉なんかは特にそれが顕著だった。小学校に上がる前にある知能テストでIQも高いとわかった姉は、当時は個人情報なんてあってないようなもんだったから、学区を跨いだ学校から是非うちの学校に来てくれと勧誘されたぐらいだ。わたしがそれを聞いたのはずいぶん大きくなってからだけど、そうとは知らなくても感じてはいた。頭の回転が早く、口も達者だった。そのうえ見目もよく、小柄だけれど、運動もなんでもできた。ちなみにわたしはトロくて、運動音痴で、容姿も劣っていた。話しかけると「あのねは3回聞いた」とよく言われた。わたしは何もかもダメダメだった。
それなのに、わたしは自分がダメダメと気付かなかった。コンプレックスを持っていても素通りしていた。なぜなら、そう、頭があまりよろしくないからだ。そんなところで、残念さが強みになるとは! わたしは深く考える脳味噌がないこと、長く続けられないことが作用して、子供時代、自分のダメダメさに打ちのめされることにはならなかった。落ち込むのも、傷つくのも、馬鹿ゆえに長く続けられなかったのだ。そこだけは馬鹿でよかったと思っている。コンプレックスも根底にあるだろうに、全く気づいてなかった。
そして大人になっても基本、あまり変わっていない。ダメダメさには気づいたし、落ち込んだりもするが、やはり、わたしは長く続かないのだ。そう、だから繰り返して、成長できてなくて、ダメなわたしなのだろう。だから、願うことがあっても叶わず、こんなところに流されてきてしまったのだろうか?
わたしは、いつ、どこで、踏み外して、今、ここにいるんだろう?
いくら考えてみても、……その答えはみつからない。
帝国への強制送還の船に乗せられたわたし。見張りはついたけれども、一人部屋のVIP待遇だったようだ。嬉しくないけど。船酔いと、パニックで気がおかしくなりそうになったが、熱が出たのは成長するアレではなかった。
わたしの異常な様子から見張りの男は船医を連れてきた。医者は脈をとり診察をし、過労と、初潮がきたことをわたしに告げた。病気ではないから怖がることではないこと。体が大人になって赤ちゃんを産むための準備を始めたんだと、おめでとうと言ってくれた。嬉しくないけど、第2弾。そんなのひとりでひっそり始まるんでいいから。医者に言われるようなことじゃないから。いろいろ汚したし、最悪だ。
まぁでも、そんな状況だったので、船にいたどこかの女性に医者が頼んでくれたみたいで、こちらの世界での手当ての仕方を教わることができたのはラッキーだったに違いない。向こうみたいに吸収性に優れた快適なものはあるはずなく、ものすごく原始的だ。っていうか、こういうの買えるお金がない場合はどうすればいいんだろう。恐ろしい。
見張りの兄ちゃんは男の子だと思っていたのが、初潮がきて熱と腹痛に苦しむ女児にどう接していいかわからず、とにかく優しくすることに決めたようだ。おかげでその後は、ほぼ願いは叶い、快適だった。
下船の混乱に乗じて、見張りの兄ちゃんには悪いけど、逃げ出した。港町の一軒のお宅に侵入して、庭にある物置みたいなところに隠れた。
わたしが逃げたのがバレて、すぐに追っ手がかかったからだ。すぐに出て行こうとしたのに、そこでアレがやってきた、本当に成長するヤツが。
わたしはとにかく丸まって眠った。
ここがどこだとか、みつかったらどうなるとか、誰にどう思われるとか、ひとつも構うことができず、ただただ眠り続けた。
どれくらい経ったかわからないけれど、やっと目を開けられるようになり、耳をすませたりした。ほとんど眠っている状態の時は外の物置で問題なかったが、気がつくようになると、案外人の出入りがあることに気づき、動くとみつかると思った。大変図々しいとは思ったが、家の中に不法侵入した。使用されてないような物置部屋があったので、そこの隅っこで寝込ませてもらった。まだ回復していなくて動き回るにはしんどかったのだ。
わたしは一人暮らしの誰かの家に潜り込んでいたことを知った。目の見えないおばあさんだった。彼女は侵入者に気づいているようだった。気づいていて見逃してくれているようだった。テーブルに食べ物が残っていたからだ。最初はしまい忘れかと思ったが、わざと忘れていてくれたんだと思う。わたしはありがたくいただいた。自分の家に得体の知らない誰かがいるなんて、恐ろしいはずなのに。わけのわからない存在に優しさを分けられるって、どれだけ心が豊かなんだろう。
おばあさんの目が見えないから心配してだろう。1日に何度もいろんな人が様子を見に来る。とても人望がある人なんだろう。その助けがなくても、十分やっていけるぐらいの生活力はありそうで、普通に暮らしている。ただ、どうしても突っかかるところがあったので、そこは土魔法で直しておいた。様子を見にきている人がそれに気づいて「誰に頼んだんだい?」と不思議がって、おばあさんはふふふと笑っていた。
何回か騎士も来た。誰も隠れていないかの確認だ。騎士も確かめには来ているものの、まさか本当にいるとは思ってないらしく、ただ流して見ているだけなので、息を潜めていれば気づかれることはなかった。
体調が回復してからステータスをチェックすると、わたしは12歳になっていた。服は窮屈だけれどなんとか着られていてよかった。ただ動くとお腹が見えるし、裾も袖もつんつるてんだ。どこがどうとは言えないけれど、なんとなく丸みを帯びた気がする。胸の膨らみを隠すのにサラシをきつく巻きつける。暑いし苦しいが仕方ない。
わたしは朝方、出発することにした。
部屋の外から頭を下げるだけでもと、おばあさんの部屋へ最後の挨拶に行くと、横にはなっているけれど、気配があり起きている感じだ。迷ったが、わたしは感謝を伝えることにした。その時だけこの大陸の共通語である帝国語を標準言語にした。
「入りなさい」
ノックをする前に声をかけられた。気配で気づいたみたいだ。
部屋に入ると、おばあさんがベッドの上で体を起こす。見えてないはずなのに、目はしっかりわたしを見ていた。
「失礼します。あの、ご挨拶に来ました。ごめんなさい。勝手に入って、住み着いてごめんなさい。助かりました。今から出て行きます。ありがとうございました。お世話になりました」
頭を下げる。
「ここまで来てちょうだい」
言われるままベッドの横に行くと、両手が宙を泳ぐ。
わたしが膝をつくと、両手がわたしの顔を挟んだ。指が優しくわたしの頬を撫でる。
「女の子だったのね」
顔を触っただけでわかるんだ。顔から離れた手が肩を掴み腕から下へときて両手をギュッと握る。
優しく手が離れて、頭を撫でてくれる。
上掛けの上にあるカーディガンをわたしに突きつける。
「着ていきなさい。そしてこれを売って体に合った服を買うのよ」
つんつるてんな服に気づいたんだろう。
「……でも」
おばあさんはちょっと身を乗り出して、わたしをギュッとした。
「……気をつけて、お行き」
優しさに涙が出そうになる。
「はい、ありがとうございます。お元気で」
わたしは立ち上がって、部屋を後にした。
随分さっぱりとしたものになったが、本当にいくら感謝してもしきれなかった。
この国の人に理不尽な目に遭わされたといっても、この国の全部が悪いわけでないのはわかっている。それでもやはり身構えてしまう。
それでも帝国を大嫌いだと思わずにすんだのは、おばあさんのおかげだ。
読んでくださり、ありがとうございます。
211220>理不尽な目に合わされ→理不尽な目に遭わされ
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




