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召喚に巻き込まれましたが、せっかくなので異世界を楽しみたいと思います  作者: kyo
第2章 自由時間の過ごし方

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71話 君を想う⑦息するぐらい普通に

 火の日だったので、教会へ行く日だった。

 来ている子供たちが少ないとは思ったけど、それ以上、気にしなかった。じわりと街に変化が訪れていたが、見逃していた。


 わたしたちはいつものように礼拝堂の掃除をして、ベルンは学びに行き、わたしたちは外で待つ。クルミ油カスを利用したクッキーを神父様とシスターへのお土産に渡すと喜ばれた。

 すっごく迷ったんだ。お金ができたからとこれからはお金払って学びますねと切り替えるものなのか、子供が。その考えは至極当たり前であるとも思えるし、子供がするとなんか嫌らしい気もして。どうしようと思っていると、ベルンが分配されたお小遣いで寄付をしたいと言った。感謝と、お金がなくて学べない子が、自分のように道が(ひら)けるのを祈ってのことらしい。とても素敵なお金の使い方だと思った。神父様たちもそう思ってくれているみたいなので、わたしたちは今まで通りお掃除をしてその対価でベルンは学ばさせてもらっている。


 ベルンは学ぶ意欲が強く文字はもちろん、計算も上達した。小さなうちからスラムに来た子は、ベルンから文字を習ったりしていたが、ある程度大きくなってからここに流れてきた子たちは、言わなかっただけで、文字も読めていたみたいだ。ブラウンは商人に憧れていただけあって、計算ができたし。もしかしたらルシーラなんかは貴族だったのかもしれない。アルスはもちろんだけど、トーマスもいいところの出かもしれないと思う。なんとなくだけど。ブラウンは午前中、商人ギルドの顧問ムロイスさんについてまわっている。ギルドから提案されて、商いについてのあれこれを学ばせてもらっているようだ。



 帰り道、驚くほどの大きな人を見かけて、わたしは目を見開いた。

 ギルマスだ!

 ギルマスも驚いたようにわたしをみつめる。

 あ。わたし大きくなってる。成長期で誤魔化せる?


「ランディ?」


 急に立ち止まったからだろう、クリスに服を引っ張られる。


「クリス、メイたちを連れてアジトに帰っててくれる? わたし少し話をしてから帰るから」


 クリスは心配そうに頷いて、メイの手を握る。

 子供たちの姿が見えなくなってから、ギルマスが切り出す。


「生きていて、よかった。あの後、カードを使った形跡がないから、気がかりだったんだ。モード氏は緊急依頼か?」


 わたしは頷く。


「訳ありだとは思っていたが……」


 ギルマスがわたしを抱き上げ、腕にわたしを乗せる。

 モードさんとダブって見えた。


「大きくなったな」


 なんて言っていいのかわからない。


「だから、破棄させたいんだな」


 成長期以上の成長のようだ。


「ごめんなさい」


 親切にしてもらったのに。


「誰にだって事情はある。お前が生きていたならそれでいいんだ。なぁ、お前がただ生きてたってそれだけをツグミに言ってやっていいか? ずっと心配していたんだ」


 わたしは頷く。


「祝福してもらったおかげで、元気にしていますって伝えてください」


 ギルマスが頭を撫でてくれた。


「ギルマスが街をあけていいんですか? なんでこの国に?」


「ちょっとギルドで問題があってな」


 商人ギルドに行くというので、案内をかって出る。おろしてくれていいと言ったのに、ギルマスはそのまま運んでくれる。街のみんなも元気だそうだ。前領主の横暴さに嫌気がさし出て行った商売人たちも市場に戻ってきて、活気が戻ってきたという。ずっとここで暮らすつもりなのかを聞かれ、わたしはモードさんの故郷に行く途中なことを告げた。少し不安そうに『そうか』と頷かれた。


「そこが商人ギルドです」


 指をさしたところに声が掛かる。


「ランディ!」


 トーマスだ。アルスやソレイユ。ソングクやマッケン、カルランもいる。


「あ、仲間です」


 そういうと、ギルマスが下ろしてくれる。


「スゴイじゃないか。ナイトがいっぱいだ」


 小声で言って頭を撫でてくれた。

 ナイト? いや、家族だけど。でもナイトっていうと守られているみたいでなんかいいかも。


「みんなどうしたの?」


「チビが、お前が知らない大人と話をしてるって」


「ああ、この街に来る前の知り合いなんだ」


 みんなはホッと息を吐き出して、胸のところに拳を置き、ギルマスにお辞儀した。

 それに応えるように、ギルマスも拳を胸に置いた。


「ランディ、案内、ありがとうな。元気でな」


 ギルマスはわたしをランディと呼び、ウインクを決める。

 手を振ってギルマスと別れる。


「遠くの冒険者ギルドマスターだよ。商人ギルドに呼ばれたって」


 説明すると、みんななんとなく察したみたいだ。


「ずいぶん親しげだったね」


 ソレイユに言われる。


「そう?」


 あの街の人はみんなフレンドリーだったからな。


「アルバーレンが来た」


「え?」


 わたしはカルランの次の言葉を待つ。


「まだあまり情報は出てないけど、聖女の聖水ってのを見にきたみたいだ。領主の家に滞在するらしい」


 そうか、側室方向じゃなくて、聖水絡みから来たのか。影にはもう会いたくないし。しばらくは街中に来るのはやめとこうっと。




 アジトに戻るとカルランに確かめられる。


「本当に前からの知り合いなんだよな?」


「うん、そうだよ」


 なら、いい、とぶっきらぼうに言うカルランはどこか不安げに見えた。


「どうかした?」


 気になって追っかけていく。


「なんでもない」


 とてもそうは思えないんですけど。怪しいので、ついて行く。カルランはアジトから出て、川原の方に向かって歩き出した。

 歩くの早い。いつもちびちゃんたちと行動するので、歩くのはゆっくりで、そこはとても助かっている。

 わたしは走るのもだが、歩くのも遅い。ちなみに自転車を走らせても遅い。その代わり、自転車を遅く走らせるのは得意だ。歩く人と同じ速度で自転車に乗ることができる! 足を地面につけずにね。もし、遅く走らせる選手権とかあったら、いいとこまでいくんじゃないかと思っている。わたし的には結構すごいと思っているんだけど、誰からも褒められたり、羨ましがられたりしたことはない。

 カルラン歩くの早すぎ。息が荒くなって立ち止まる。差はどんどん開いていく。その背中をみつめていると、カルランが足を止めた。そして振り返って、絶望的な顔をする。


「お前、歩くのも遅すぎだろ。森の中でなんでちんたら歩くんだと思ってたが、慎重に歩いてたんじゃなくて、お前に合わせてたんだな」


「え、そうなの?」


 それは悪いことをしたかも。

 カルランは髪の中に手を入れてガシガシと頭をかいた。


「ああ、もう、お前、お節介だな」


 そう言ってカルランは木の根本に座り込んだ。わたしも隣に行って座る。


「別に何かあったわけじゃないんだ。ちょっと思い出しただけ」


 いつも無駄に自信がありげな人が弱っちく見えると、心配になる。


「ここにはさ、ねーちゃんたちも、妹もいたんだよ」


「スラムを卒業したの?」


「卒業? はっ、そりゃいいな。卒業ならいいがなー。里親が現れた。そんでついて行った。里親なんて孤児院で証書を交わしてやるもんだ。それをスラムに来て、直接可愛がるふりして連れてったんだ。あれは絶対、売られてる。そんな騙し討ちみたいなことして。一番欲しがる親なんて餌をチラつかせて。やることがきたねーんだよ。まだ攫われた方が納得がいく」


「どういうこと?」


 詳しい事情を聞くと、優しくして、娘にしたいと近づいて、一緒に暮らそうと街を出て行った、と。

 カルランは、絶対騙されていると言ったそうだ。けれど、それを信じてもらえなかった。『私、父さんと母さんと暮らして幸せになりたいの。カルランは私が羨ましくて、邪魔しようとしているんだ』と言われたそうだ。

 カルランのトラウマになっちゃったんだね。それを刺激するような、わたしとギルマスの立ち位置が、思い出させちゃったんだ。でも、カルランは信じてもらえなくて傷ついたことより、止める力がなかったことが、一番心残りなんだね。


「カルランの思い違いで、ちゃんと愛されて幸せになっているといいね。それか、売られそうになっても、逃げ出して、たくましく生きているかもしれない。そうだよ。カルランは物語とか書けそうだから、お芝居も書いてさ。座長になって、いろんな街を回ってさ。その街で、たくましく幸せに生きているその子たちと会うんだよ」


「勝手に話作るなよ。しかもなんでおれ座長になってるんだ? お前がいうと本当になりそうだからやめてくれ」


「えっ? だからそんなスキルないってば」


「でも、そっか。そうだな。みんな、じゃじゃ馬だったし。たくましく生き延びて、しっかり幸せになってるかもな」


「そうだよ。祈ろう。今、幸せであるように」


 わたしは、その子たちのことは知らないけれど、カルランは大事だから、カルランがそれで心を痛めずにいられるなら祈ろうと思う。その子たちがきっと今幸せであるように。




 クリスが体調を崩した。お腹を壊したのは初めてだそうで、ものすごくへこんでいる。2、3日暑い日が続き、そして急に涼しくなり雨が降った。気温の急激な変化に体がついていけなかったのかな。大事をとって横にならせて、暑がって嫌がるがお腹にはタオルをかける。お腹は冷やさないようにしないとね。ご飯も食べたくないというので、しばらく抜いて、食べたくなってからお粥を作った。


 ウチは太ろうが何しようがご飯はたんと食え、具合の悪い時もしっかり食えという方針だったので、その通りに育ち、しっかり肥えたが。動物などに倣えば、具合の悪い時は食べずに寝るのがいいみたいなんだよね。体が要求してきたら食べればよくて、食べたくなかったら無理に食べる必要はない。体の問題だったらね。食べ物を消化するためにエネルギーを使うより、回復にエネルギーを使うのが理にかなっているからだ。だからとにかく休ませ、水分だけは補給して、お腹が空くようになってから、消化のいい温かいものを食べさせる。


 クリスはお腹を壊したことがとても恥ずかしいみたいだ。

 排せつはとても大切なこと。症状に現れるのは対処ができるから体の健康にとって必要でありがたいこと。言ってはみたが、理屈ではないみたいだ。


「生まれてきて、人が一番最初に何するか知ってる?」


 クリスは考え込む。クリスが寝ている間、しょっちゅう様子を見にきていたベルンは、クリスが起きていられるようになると離れなくなった。何をするのも一緒な一番身近なお兄ちゃんの具合が悪くなって、ベルンの方が気を揉んでいた。別行動が淋しかったのだろう。隣で横になり、少々甘ったれになってるベルンが先に口を開く。


「泣く」


「惜しい」


 わたしにひっついているメイは考え込む表情だ。


「正解はね、息を吐き出す。吐き出したから泣き声をあげられたんだ」


 クリスがガバッと起き上がる。


「吸うんじゃなくて?」


 うん、元気出てきたね。頭を撫でる。


「吐き出すから、吸えるんだ。ちなみに人が最期にするのは息を吸うこと。吸って、息をひきとる」


 人は息を吐き出すことで人生を始め、息を吸うことで人生を終える。

 いつの間にか、アジトのみんなもわたしたちの話に耳を傾けていた。


「最初にするのは、大切だからだよ。吐き出すのはとても大切なことなんだ。排せつは、とても大事。食べられないより、出ない方が怖いこともある。排せつは自分の体のことを知るのに、ものすごく重要なことなんだ。だからお腹が壊れたり、出なくなったりしたら、それは体からのサインだから、ちゃんと聞いてあげて、治さないとね。クリスの体はちゃんとクリスに助けを求めたんだよ」


 クリスは自分のお腹を見た。


「クリスも、クリスのお腹も偉かったね」


 そう言うと、ベルンと顔を合わせ、ちょっと照れたように笑った。


「出すのが大事なのは分かったね。いっぱいになってるともう入れられなくなっちゃうしね。食べることだけじゃなくて、全てに言えるんだ。思っていることも、パツンパツンになっちゃう前に、思い詰める前に、誰にでもいいからちゃんと気持ちを伝えるんだよ。一人で辛くならないこと」


 最初クリスはお腹も痛かっただろうに隠そうとしたんだよね。トイレに度々行ってることに気づいたのはエバンスだ。クリスがなんか変とボスに報告した。スラムの子はかなりみんな丈夫だから、初めてのことに驚いて、どうしていいかわからなくなっちゃったんだと思う。恥ずかしいと思ったり、迷惑をかけないようにという心の動きも大人になるのに必要なことだけど、ひとりで辛くならないでは伝えたいと思った。


 わたしたちは誰に教えられたわけでもないのに、生まれて初めての息を吐いて泣き声を上げるというミッションをコンプリートしている。本能で知っているのに、自我が出てくると却ってできなくなることもある。だけど大切なことは、ちゃんと本能で知っているから大丈夫。思い出しておけば、ますます大丈夫。

 みんながみんなを気にかけているけれど、わからないこともある。だから、ちゃんと吐き出して欲しい、発信して欲しい。助けを求めたら、お兄ちゃんたちは絶対助けてくれると思うから。


「おれ、ランディ大好き!」


 予想外の方向から、早速、伝えてくれる。


「わたしもクリスが大好きだよ」


「おれも、ランディ大好き」


「わたしもベルンが大好きだよ」


「メイも! メイも!」


「もちろん、メイも大好きだよ」


 この子たちの未来がひたすら明るいことを切に願う。神様が贔屓してくれたらいいとさえ思う。



「クリスのこと、ありがとな」


 トーマスにお礼を言われる。


「お粥作っただけだよ」


「いや、それもだけど。ああいうの隠そうとするのわかるし、なんて言っていいかわからなかったからさ」


 確かに、気持ちを考えるとね。怒ることでも、強制することでもない。でも体調を隠されるのは怖いよね。


「トーマスも抱え込むタイプだよね。大丈夫? 吐き出せてる?」


「そうだな。お前と会えなかったらやばかったかも」


 そう前置きして、トーマスは言った。

 朝起きるのが怖かった、と。働いても働いてもパンひとつ満足に食べられなくて。みんなどんどんやせ細っていく。寒くても火を焚く薪もない。未来に希望がひとつもなかった。でも、ボスだから、リーダーだから。せめてそんな顔を見せずに、なんでもないことのように取り繕っていた。でも、起きるのが怖かった。誰かが永遠に起きてこないんじゃないかと思えて。死んでいるんじゃないかと思えて。毎朝、怖かった、と。

 それが今は、早起きの誰かに、手を踏まれたり、起こされたりして。起きると、火がおこしてあってスープのいい匂いがする。みんなが笑顔で「おはよう」っていう。朝が待ち遠しくなった、と。

 ボスで大変だったね。一人で背負ってきたんだ。トーマスは本当にスゴイ。

 恥ずかしそうにその話をしてから、わたしに尋ねる。


「お前はさ、ちゃんと思いを吐き出せてるか? ひとりで辛くなってないか?」


「ここで、辛くない。すっごく楽しいし、吐き出しているけど。でも、トーマス。わたしやっぱりモードさんに会いたいな。すっごく会いたい」


 ギルマスに会ったら、モードさんに会いたいが加速してしまった。

 トーマスが頭を撫でてくれる。甘ったれてるなー。トーマスの器が広いからって。


「神様なんかいるもんかって思ってきたけど、考えを改めようと思う。祈ってやるよ。お前が、家族みたいに思っている大切な人に絶対会えるように」


 その呟きは温かすぎて、目頭が熱くなって非常に困った。

読んでくださって、ありがとうございます。


211201>返って→却って

誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m

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