48話 君が教えてくれたこと③感じるままに
向こうから距離を詰めてきた。
「近頃のスラムのガキはちょっとばかり小綺麗だな。ずいぶん懐があったかいみたいじゃねーか」
なるほどね、そうきたか。
「お金なんてないよ。小綺麗にしているのは、仕事をもらうために身をキレイにしているんだよ」
わたしが言い返すと、ソレイユに手を引かれた。わたしより半歩前に立ち、わたしを庇おうとする。
「ガキのくせに生意気な!」
男がわたしに向かって手を振り上げる。わたしはぎゅっと目を瞑った。ついでに繋いだ手もぎゅっと強く握り締めていた。その手を強く引かれ、ソレイユに引っ張られて走り出す。
後ろを男たちが追いかけてきた。回り込まれて、行き場をなくしてしまう。
「ランディさ、なんで言い返したの?」
大人数人に囲まれているのに、ソレイユは普通にわたしに問いかけてくる。
「そりゃぁ、頭にきたからだよ」
わたしはいい人間ではない。性格もよろしくない。自己中だし、利己的だし、気も短い。イラッとくればすぐ糾弾しちゃうし、優しくない。だから、いい人や優しい人には弱い。いい人や優しい人に会うと、憧れ、その人が一生悪いものなんかと接触がなく生きて欲しいと思う。まずは悪いものにあたる自分が、悪いものを出してしまったりしないように気をつけたりする。
逆に、わたしが悪いやつだとか、敵だと認定した人には、遠慮なくぶちかますことにしている。
わたしは人が人によって態度を変えるのは当たり前だと思う。
「頭にきたからって感情のまま突っ走っても何も解決しないって教わらなかった?」
わたしは記憶を探る。
「教わらなかった」
そんなことを言われたことはない。
ソレイユは深いため息をついた。
「君って厄介だね」
存在が厄介そうな人に厄介者のレッテルを貼られた。
「じゃぁ、今日、覚えて。感情のまま突っ走らないで、君を危険な目に遭わせたくないから」
近づいてきてそう言われて、わたしはタジっとなった。なんか色気があって、怖い。
「わかった?」
「わかった」
なんだか怖いので、頷いておく。
「おい、何無視してんだよ。おい、ズタボロにされたくなかったら、金を出せ」
「おじさんたち、こんな年端もいかない子供にたかって恥ずかしくないの?」
「金ってのは流れるんだよ。持ってるところからもらって何が悪いんだ」
「そういう考えなら、僕も罪悪感がなくすみそうだ」
ソレイユに肩を軽く後ろに押される。
わたしが後ずさると同時にソレイユは走り出し、目の前の大人に蹴りを入れ、入れ、入れ、入れ、あっという間に4人を地面と仲良くさせた。
残ったリーダーらしき人をターゲットにする。
「ま、待て。待った方がいいと思うぞ。ほら、後ろを見てみろ」
リーダーが言い終わる前に、わたしは後ろにいたらしい大人に羽交い締めにされていた。ぎゅっと体が縮こまる。
「ガキだな。見えてるものが全てじゃないんだって、いい経験になったんじゃないか?」
と講釈をぶちかましているところにソレイユの蹴りが決まり、と思った瞬間にはわたしは解放されて、わたしを後ろから羽交い締めにした大人も伸びていた。
「ごめんね、怖い思いをさせて。大丈夫?」
「大丈夫。君、強いんだね。助かったよ、ありがとう」
マズイ。ただ動きを止められただけなのに、震えを意思では止められない。
ソレイユが指笛を吹いた。するとシュッとソレイユの前に3人の大人が膝をついた。
影を彷彿させる人たちだ。
「こいつら突き出しておけ。旅人の外国人にたかったんだ。この街にはいられないようにしろ」
13歳とは思えない威厳。そして彼らも首のかすかな動きだけでその場から退場し、もう地面と仲良くしていた大人たちも残らずいなくなっていた。
一瞬の出来事で、全てが夢のような気さえしてくる。
ソレイユはわたしをにこにこと見ている。いろいろと聞きたい気もするが、なんとなく怖い気がして、尋ねるのをためらってしまう。でも、尋ねないのも変だし。
「今の人たち、何?」
一応尋ねる。
「僕の護衛。あのゴロツキたちは二度と君の前に現れないから、安心して」
マジか。でも、皇子なら、可能か。
「あ、ありがとう」
「心配してるだろうから、アジトに帰ろうか」
「そ、そうだね」
ソレイユが手を差し出してくれたので、わたしも手を伸ばす。
「そんなに怖かったんだね。大丈夫?」
「あ、これ、違うんだ。ちょっと前に騒動に巻き込まれて大人から蹴られたりしたことがあって。それから、知ってる大人は平気だったんだけど、大きい人がちょっと怖いんだ」
モードさんやギルマスさんたちは大丈夫だったんだけどね。モードさんたちには心配をかけるから言わなかったけれど、聴取のときの騎士さんたちは大柄で。あの時は直後だからかと思っていたんだけれど、あれ以来、大きな人が必要以上に近くにいると身がすくむ。
「それなのに囮になろうとしたの?」
「囮じゃないよ。狙われてるのがわたしだから、巻き込みたくなかったんだ。ソレイユを巻き込んじゃって、解決してもらっちゃったけど」
わたしは反省する。
「嫌な態度をとってごめんね。それなのに、助けてくれて、本当にありがとう」
ソレイユはニコッと笑った。風が吹き抜けていくような爽やかさだった。皇子でもいい人はいるんだね。
アジトに戻るとちびちゃんたちに抱きつかれる。ソレイユが強くて助けてもらったと言うと、みんな尊敬の眼差しだ。
その日は外に出るのはなんだか怖くなってしまったので、もう外には出ずに簡単なお昼ご飯を作る。人数が少ないので、うどんを作った。うどんは元の世界で作ったことがある。結果は、まずくはなかったけど、外で食べるか買ってきて食べるんで全然いいと思った覚えがある。
小麦粉と塩と水で捏ねて捏ねまくり、寝かせて、三つ折りにして、細目を目指して切る。家で作った時は、ビニールに生地を入れて足で踏んでこねたのでそこまで力はいらなかったのだが。ビニールさまが恋しい。お醤油と乾燥野菜とでスープを作ってうどんと一緒に煮込む。野菜たっぷりうどん。みんなで美味しくいただきました。醤油味にみんな目を輝かせていた。
年長組が帰ってきて、ゴロツキに絡まれソレイユに助けてもらったことを報告したが、ゴロツキがどうなったかを彼らの方が知っていた。ちょっとした騒ぎだったらしい。
奴らは王都に連れて行かれ、裁きを受けるとのことだ。ひえー。
街中で旅人にたかるのは、ものすごく罪が重いことらしい。まぁ、実際はソレイユの身分が高いからだろう。わたしがたかりにあい、怪我をしたとしても、同じことにはならないはずだ。ボスのトーマスが改めて、ソレイユにお礼を言った。ソレイユは微笑む。
「それじゃあさ、僕たち少しの間、ここでお世話になっていい? 大人たちの商談について行ってまわるより、ここにいたいんだ」
「雑魚寝だぞ。食事も、今はランディが美味しく作ってくれているが量があるわけじゃないし。それでいいのか?」
「うん。ランディの食事、本当に美味しいね。うどんだっけ? すっごく美味しかったよ」
「うどん?」
みんなの目が光る。
「ランディ、うどんって何?」
「まだおれたち食べたことないやつだよね?」
「すいとんと同じだよ。形が違うだけで」
わたしは慌てて言う。
「つるっとしてて、美味しかったよ。いつもと違う味なの」
クリス、余計なことを。あれ、19人分は捏ねるの大変なんだよ。
……拗ねちゃった。あー。
「今度つくるよ。今日は予定通りにね」
と言うとみんなぱっと顔を輝かせて頷いてくれた。
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