32話 ブルーノイズ⑧心を配ってくれるから
目が覚めると、モードさんの顔が見えた。でも、見えづらい。
モードさんだ。モードさんに会えた。また、会えた。それだけで目頭が熱くなった。
モードさんが指でわたしの涙を拭う。
「俺がわかるな?」
なんとか頷く。
口の中とか顔とか、手も足もお腹もだけど、そこらじゅう痛い。何か冷たいものがいろんなところに張り付いている。いちいち動かしづらい。痛いから動かしたくなくなったけれど。
「よく頑張った」
頭をそっとゆっくり撫でてくれる。
神獣のちびちゃんたちは? ジフは?
聞きたいのに、口が開かなくて、焦るとモードさんに止められる。
「全部話すから。まず、お前の状況だな。お前は5日間、目を覚まさなかった。しばらくは安静が必要だ。あちこち腫れていて熱を持っているから、冷やしている。口の中も切っているから、うまく話せないのはそのせいだ。意識が戻ったからご飯食べて体力が戻ってきたらポーションですぐに治るからな」
そんなことより、ちびちゃんは? ジフは?
「神獣たちは親が迎えにきて、無事に帰っていった。お前に感謝していたぞ。ジフも無事だ。密猟者は捕まえて王都に送られた。神獣に手を出すとは、ことがことだけに、奴隷落ちは確実だろう。街に魔物を誘導したことが立証できれば、罪はさらに重くなる」
「て…ごほっ」
テイマーさんは?と尋ねようとして咳き込んでしまう。
心配そうにモードさんに覗き込まれた。
口を押さえた手のあちこちが見えて、青あざを目にする。
これ、全身もだね。それとこの見えにくさ。目のあたりもどうにかなってるのかも。
直接危害を与えられたのは2回だったと思うが、その勢いで地面やらに体をぶつけたのがアザになっているのかな。
「テイマーも王都に送られた。脅されていたし、神獣に薬を飲ませるのを阻止していたから、酌量の余地はあるが、ことが神獣だからな、ちょっとわからない。あのテイマーは奴らに妹を人質に取られて協力させられていたらしい。その妹は教会に保護されたそうだ」
そっか。
「俺は生きた心地がしなかった」
モードさんの顔がくしゃっと歪む。
「ご…め……なさ、ごほっ」
わたしの頰に手を置いて、親指をかすかに動かす。
「お前は一端の冒険者だ。さすが俺の弟子だ」
嬉しかった。何か特別なことができたわけじゃないけれど、助かるための歯車になれてよかった。また、モードさんと会えて、本当に良かった。モードさんに褒められてとても嬉しい。弟子と認めてもらえて、本当に嬉しい。
小屋が明るくなったのはわたしが天に召されるのかと感じたからのセルフ効果ではなく、ちびちゃんたちの保護者がやってきたからだった。その光で、モードさんやギルマスさん、デリックさんやスンホさん他、冒険者さんたちが駆けつけてくれたらしい。
グスコングスは見かけはアレだが、本来は穏やかな性格で、人に牙を向けるのも守るべき神獣に何かあった時だけ。小さな個体が森の奥地から間違って出てしまいパニックを起こしたとも考えられたが、倒された個体はとても大きく、間違いなく守護者クラスだと。ということは、守護する神獣に何かがあり、我を忘れた可能性が高い。それがわかった時点で、ギルマスは街の門を閉門した。どうしてもの出入りは身元、持ち物もチェックだ。貴族も例外ではない。このおかげで、ゴロツキたちは街から出ることが叶わず、街中に逗留せざるを得なくなった。
モードさんは黄虎を呼んで神獣を探させたが、この街の周辺には神獣はいないという。そこで暗礁に乗り上げたところに「ジフが帰らない。ディアンはこちらに来たか?」と連絡が入る。
街中で子供がふたり消える。大人たちは探し回ったそうだが、どこにもいない。
何もつかめないまま5日が過ぎ、恐怖で押しつぶされそうになった時に、澄み切った、誰かを呼ぶ真摯な鳴き声が聞こえ。そして空が白く光った。神獣の光。それに気づき、モードさんたちは駆けつけてくれた。
神獣は咆哮をあげ、ゴロツキ4人が倒れた。金髪のテイマーさんとジフは気を失ったわたしを抱き寄せ守るようにしていたそうだ。テイマーさんとジフからの話を聞き、ゴロツキたちをボコボコにした、と。
わたしの怪我を治すのに、魔力も生命力も少なくなっているのが見て取れたので、ポーションをあまり使えなかった、と。ポーションとは、魔力や生命力で免疫力を最大限にひきあげ、体を一番いい状態に持っていく媒体らしい。わたしはポーションというのは傷にかければ傷が治り、飲むと内側から効いてくる万能回復薬だと思っていたのだが、それは違っていた。魔力や生命力が低下している場合、身体は生命維持を最優先させるので効き目はないに等しい。万能回復薬はエクスポーションというもので、ポーションと名はつくが全く別物で、こちらが生命力も魔力も関係なく、飲めば全身、かけた部分は完全な元の状態に戻るすっごいものらしい。
神獣が関係しているので王都に連絡をとり、聴取の過程で領主が関わっていたことがわかり、捕縛。街は大変な騒ぎとなったそうだ。神獣というのは軒並み強く、街どころではなく国のひとつ滅ぼすのもなんてことない力を持つ。だから人は神獣に害をなすようなことは決してしない。テイマーは高位の魔物をテイムはしても神獣と契約をすることはほとんどないそうだ。何がどう逆鱗に触れるかわからないし、神獣も契約するぐらい人に興味を持つことなど滅多にないことだそうだ。わたしはモードさんが黄虎と一緒にいるから、神獣はそこそこ人と触れ合うものなのかと思っていたのだが、そうではないらしい。
わたしたちを捕らえていたゴロツキはテイマーさんを入れて5人だったが、他にも仲間がいた。森に潜んだ陽動チームだ。あの神獣たちは親子でよく湖に水浴びや水を飲みにきていたそうだ。そこで悪い奴らに目をつけられた。彼らは神獣をよく観察した。神獣の子供は、ちびちゃんたち3匹と、もう少し大きな3匹がいた。湖に行くときは3匹ずつ連れて行っていたらしい。森には守護者であるグスコングスがいるので、安心して置いていけるのだろう。あの日、ちびちゃんたちを連れて湖に行った。そこに、残してきた子供たちの1匹に危害が加えられた。その波動に驚き、グスコングスが守れないとはよっぽどの出来事だからだろう、ちびちゃんたちを湖に置いて、森に帰る。陽動班は神獣の子供に危害を与え、グスコングスを怒り狂わせ街を襲わせるのが目的だった。目論見通り、子供を追ってきたグスコングスは子供が傷ついた鳴き声を上げると怒り狂って、追ってきた。そして街の方向へ誘導する。
母親は、森の子供に寄り添い、怪我を治すのに奔走する。
その森中で、デリックさんとスンホさんがグスコングスと遭遇し、そのままわたしたちと合流し、守護者はモードさんに倒される。
一方ゴロツキたちは。神獣の子供に封印具をし神気がわからなくなったら、親がパニックを起こす。別れたこの湖にやってくるだろう。封印具をしたら親が来る前に湖をでなくてはならない。ところが待てど暮らせど、街の警鐘がならない。グスコングスが街に入ってこない。これは何かあったと、情報を集め、流れの冒険者にグスコングスが討伐されたことを知る。
グスコングス騒動で人々が逃げ惑う中をゆうゆう立ち去るはずだった。
時期外れの観光地では、地元民でない自分たちは目を引き、神獣の子供を入れた大きな袋を持っていたら目立つのはわかっていたからだ。
グスコングスの騒動に紛れられなくなったため、人目につかないよう暗くなるまで待機していた。神獣好きな子供が親だけが帰ってしまったことを疑問に思い、隠れて見ていたとは思わずに。夕暮れ時になり、テイマーに封印具をつけさせると、「何をするんだ」と子供が飛び出してきた。見られてしまった。神獣がくる前に去らなくてはいけないのに。猶予はない、とらえることにする。そしてまたそこにひとり、新たに子供がやってきた。それがわたしだった。捕らえて逃げようとすると、またしても不都合なことが起こる。街が閉門していた。
読んでくださって、ありがとうございます^^
211218>隠れて見られていた→隠れて見ていた
適切に、ありがとうございましたm(_ _)m
211218>翻弄→奔走
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220424>捉えて→捕らえて
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220610>怒りの琴線→逆鱗
適切な言葉へのご指摘、ありがとうございましたm(_ _)m




