31話 ブルーノイズ⑦呼び声
暴力的なシーンがあります。ご注意ください。
次の日テイマーさんが、わたしたちの捕らえられている部屋に転がされた。顔にも体にも殴られたあとがある。ジフが真っ青になる、わたしも似たようなもんだと思う。
「よく見とけ。お前らも逆らったり、妙なこと考えやがったら、こうなるんだぞ」
ナンバー2は、転がされたテイマーさんのお腹を蹴った。
ぐっとテイマーさんからくぐもった声が漏れる。
震えそうになるのを唇を噛みしめて我慢する。
『ほら、唇噛みしめてるぞ。自分を傷つけるな』
モードさんの声が聞こえた気がした。
ナンバー2が出て行ったので、テイマーさんに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「俺のこと心配してる場合じゃないだろ? 奴隷商人は明日くるそうだ」
「仲間割れですか?」
「仲間じゃない」
その勢いにちょっと驚く。
「ああ、悪い、こんなこと言えた義理じゃないよな」
「何したんですか? 殴られるようなこと」
「神獣に言うこと聞かせるように、飲み水に薬を入れようとしたから、薬を捨ててやったんだ」
この人はぎりぎりテイマーだったんだね。
テイマーさんは妹さんを人質に取られて、この悪事に手を貸していることは、自分では語らなかった。それにしても明日商人がくるのか、どうしよう。
一層のことラケットバットで戦おうかとも思うが、大人4人が相手では博打が過ぎる。ジフを逃して助けを呼んできてほしいが、ナンバー2に抜け目がなく、隙がない。
ドアが開いて、ナンバー2が入ってきた。
「おい、こいつらを静かにさせろ」
運ばれてきたのは神獣の子供たちだった。3つの白いもふもふの塊。毛の長い猫ちゃんみたい。白一色だけど、ぬいぐるみみたいな猫、ラグドールみたいだ。引き込まれそうになるブルーな瞳。
ピーピー、キュウウン、クー、心が痛くなる鳴き声をあげている。
テイマーさんは体を起こす。
「大丈夫だよ。怖くない。危険はないからね」
テイマーさんの言葉は通じるのだろうか、ちょっとだけ鳴き声が小さくなる。
「お前の目が気に入らねーんだよな」
ナンバー2がわたしを見る。と言われても目は付け替えることができない。元の世界でもよく言われたが、姿が変わってもということは、目自体というより、目つきのことなのか。
「なんか企んでいるんだろう?」
「企んだとしても何もできないですよ。これじゃあ」
わたしは手首の縄を見せるようにする。
「ガキが生意気な口聞くんじゃねー」
ガンっ。蹴られた。一瞬息が止まった。
座っていたから、当たったところが体の側面で助かった。この強さでお腹とかに入っていたらまずかったかもしれない。
カッとなるとボスの言いつけも守れなくなるらしい。
「子供になんてことを」
「お前がそれを言うか? 妹以外どうなってもいいんだろう? こいつらだって明日には奴隷だ。これからは毎日殴られる人生だ。それ知ってて、捕まえたんだろ?」
痛苦しい。わたしが呪いのスキルを持っていたら、毛という毛が生えなくなる強烈なのをかけてやるのに。
「おい、大丈夫か?」
「……大丈……夫そう……に見……える?」
泣きそうなジフにあたってしまった。
しばらく寝てしまったのかもしれない。目を開けると、ジフに大丈夫かとまた聞かれた。わたしは頷いて小さく「ステータス」と唱えた。蹴られたからだろう、HPが半分を切っていて、なぜか魔力も使ってないのに半分に減っている。
明日の朝には奴隷商人が来てしまう。タイムリミットだ。回復は待ってられない。
テイマーさんに足だけ縄をほどいてくれないか頼む。テイマーさんは少し考えて、逃げようとはするなと念を押してから、わたしたちの足の縄をほどいてくれた。
わたしはなんとか立ち上がった。
神獣の子供たちに近寄ろうとすると、それだけで威嚇された。
こんなにちっちゃくて、もふもふなのに、決して相容れない敵認定された怒りのこもったブルーの瞳で、唸り声をあげ、牙を見せてくる。大きな引き込まれそうなブルーの瞳にわたしが映る。睨まれると瞳の中のわたしがブレて、テレビの画面でノイズが入ったように見えた。そうだ、まさにこの子たちにとってわたしたちはノイズだ。想定のなかった不愉快な現象。
体が痛くて、中腰でいるのが辛いので、そこで座り込む。
「人がひどいことしてごめんなさい」
「お前、言ったって無駄だろ」
後ろでジフが声をあげる。
「わたしも伝わって欲しいとは思っているけど、わかってもらえるとは思ってないよ。でも、伝えようとすることは無駄ではないと思うんだ」
だって黄虎はわたしをわかろうとしてくれるから。寄り添ってくれるから。きっと神獣の方は、気持ちが向けば寄り添うことができるんだと思う。
ジフに話してから、子供の神獣に向き直る。
「わたしは弱いからこの状況をどうにかしたりできない、ごめんなさい。でも、わたしのスキルで突破口を開けるかもしれない。そしたら自分たちの力で助かって。声が届かないのは、居場所を探してもらえないのは、あなたたちに嵌められた封印具の首輪のせいだと思う。だからそれを壊せるか試してみる。そのために首輪に触らせて欲しい。できるかどうかわからないけど、やってみる価値はあるでしょ? 成功したら、声が届くかもしれない。会いたい人に会えるかもしれない。わたしも会いたい人がいるんだ」
モードさんの顔が浮かんだ。
クー、クーとチビちゃんたちが鳴き出した。まるで会話をしているようで。
ちょびっと耳の長い垂れたような耳の子が意を決したようにわたしに近づこうとしたのを、一番元気なチビちゃんが首のところを噛んで止める。噛まれた子が鳴き声を上げると、離して、その子の前に自分が出てくる。
俺のでやれと言わんばかりに。
「ありがとう」
手を出そうとすると、その手を睨みつけてきて、牙も見え隠れするので、手が一瞬止まってプルプル震えてくる。息を静かに吐き出して手を伸ばす。
なるべく首輪だけを掴んで、目を瞑り定義する。
これはただの首輪である。何の力もない、ただのファッションである。
スッと冷えきる。魔力も半分になっていたが、何かを創るわけでなく性能を失くすだけだから、これぐらい平気かと思ったんだけど。
意識が途切れる前に。
「ほら、呼んで。一番会いたいのは?」
「クーーーーーー」
鳴き声自体はこの部屋の隅々まで届くかしら?ぐらいの音量だった。
けれど空気がより先にそれを伝えようと共鳴でもしているかのように音が響くのを感じる。
なぜかわかった。呼んだものがいて、呼ばれたものがいる、と。
ドタバタと乱雑な足音が聞こえ、ドアが蹴飛ばされ、悪い奴らが入ってくる。
首元を掴まれる。傷のある男がすごい形相でわたしを睨んでいる。
「お前、何やった?」
だめだ、口が開かない。気持ち悪い。でも成功したもんね。神獣の子供たちはきっと助かる。
持ち上げられて、思い切りひっぱたかれる。その勢いで地面に転がった。
意識が遠のいて、死ぬのかなって静かに思った。
足を鳴らして怒りを露わにしている男とわたしの間に、白いふわんふわんの毛並みが見えた気がした。ちびちゃん? 危ないよ、蹴られちゃう。
なんか外が明るい。光が眩しい。部屋の中にも光が入ってきて。
そうしてわたしは意識を飛ばした。
お読みくださり、ありがとうございます。
211218>捉えられている→捕らえられている
適切に、ありがとうございましたm(_ _)m




