里帰り編20 些細な企み
違法薬物の件は急展開をむかえた。
モードさんの調べで、というかモードさんを含めた元々マドベーラを追っていた人たちの尽力で、マドベーラを大陸にばら撒いたのは、鑑定物窓口の青年だということがわかった。彼は国の捜査班の事務員だった。主に物を鑑定する部署の窓口で、外部から請負ったり交渉したり鑑定士のスケジュール管理を任されていた。彼には鑑定のスキルはない。物品において鑑定をかけている間は目を光らせているが、鑑定が終わったものはただ破棄することが多い。わざわざ鑑定するようなものは事件となっていたものが多く、当事者に返すこともほぼないらしい。だから破棄が多かった。
最初はほんの出来心だったという。破棄する物を似た別のものに変えて破棄する。彼は持ち帰り、コレクションにしたり売ったりした。売るととんでもない値がついたものがある。そのひとつが違法薬物だ。裏の世界で捌けばお金になった。マドベーラもそうだ。欲している人は多くいて、だがこの大陸では違法となるので正規のルートでは手に入らない。
少し前に青年はギルドがマドベーラの出どころを追っている情報を耳にした。捜査班であるゆえに知ることのできたことだ。もし、鑑定物にマドベーラがあったら直ちにギルドに通達するよう知らせが入ったのだ。彼は焦った。もう、これは売れない。持っていたら足がつくかもしれない。
そんな時に、よくわからない魔物の餌やらワラやらミルクやら吐瀉物が持ち込まれた。それも件の牧場が依頼主だった。調べるということは持ち主はこれが何かわかっていないということ。だったら、これに混ぜてしまえば? 捕まるものが出れば、もうマドベーラは探されなくなる。青年にはいい案に思えた。彼は魔物の吐瀉物にマドベーラを混ぜ、鑑定士にまわした。もちろんマドベーラが入っていると騒がれ、牧場のオーナーのひとりが捕まることになったーー。ただ、身分が上だったので証拠はあったものの、薬物がオーナーの所有物だという確証には弱く、入手ルートも痕跡が見当たらず保釈することになったようだ。周りは権力で助かるなんて許せないと憤っている。青年は成り行きにほくそ笑んでいた。だが、数日後、捕らえられたのは自分だった。最初はしらばっくれたが、お金の流れも掴まれていて、闇商人も捕まり、あの人ですと指をさされてしまった。
青年はいろいろ売り捌いていたが、いつもお金に困っていた。それはある女性に貢いでいたからだ。その女性はなんとアマン子爵、第3子のゼフィーさんだった。相手にされないことはわかっていたが、彼は彼女に貢ぎまくっていた。贈り物をした時だけ、彼女が微笑んでくれたから。そして、彼女が末の竜侯爵の第二夫人になる噂も聞いていて、その話が流れればいいと思っていた。竜侯爵が経営する牧場からの依頼があったときに、これに何かあれば、末の竜侯爵は罪人となり、ゼフィーさんの結婚が白紙になると思った。まさに今、自分から彼女を取り上げようとしている侯爵に罰を与えることができる立場なのは天が味方をしてくれていると思った。
牧場とわたしの容疑は晴れた。当たり前だけど、わたしたちには違法薬物を所有するような商人との接点が何もなかったからだ。
家畜医に他のホルスタたちも診てもらうことができて、体に鱗粉が残っているとしても問題ないところまでは回復しているだろうと診断された。一安心だ。家畜医さんを知ることができたのはありがたかった。ふたつ先の街にお暮らしなので決して近くはないが、テイムしていれば魔物でも診てくれると言った。主に馬とか山羊、犬などの患者さんが多いらしい。わたしがダンジョンで見た山羊はヤンバルという魔物だったが、家畜として普通の山羊もいた。山羊は子育て中に土を食べる子もいるそうだ。塩分を欲してのことらしい。水場は夜光虫の死骸があることが多く、その水を飲んだ山羊が夜光症になることがあるそうだ。
塩水があると夜光虫が寄ってきてしまうので、沼は埋め立てようと思っている。モーちゃんたちにも、この水を飲むと病気になってしまう可能性があるからと話した。山裾を調べてみると、所々岩塩があることがわかった。ホルスタたちはこれを食べていたんだ。沼や土から食べるのはやめるよう言って、これからはおやつに岩塩を少しあげることにした。ホルスタたちはおやつで食べられれば、もう山裾をかじったりしないと約束してくれたようだ。塩を食べに山裾に行く→沼をみつける→沼の水を飲むをしていたらしい。ただ、沼の塩辛い水を一番気に入っていたのはモーちゃんだったらしい。他の子は何度か水は飲んだが、土を食べて塩をとる方が好きだったようだ。
牧場は火と水のお休みの後、営業を再開することにした。
ただ噂は流れてしまったから、以前のように人が来てくれるかはわからない。
自警団ははなっからわたしが犯人と決めつけていたので、とにかくわたしと関わりがある外部の人から話を聞いたらしい。従業員から話を聞いたりしないんだなと思っていたが、外部のわたしと関わった人、トルネさんだとか、ハンスト商会さん。鍛冶屋や肉屋や、孤児院の院長先生にわたしのことを聞きまくっていたらしい。大迷惑をかけてしまった。近いうちにお詫びにいかなくちゃ。
彼女は牧場を貶めるようなことはしていない。彼女のことが好きな人の思惑のトバッチリを受けたけれど、ゼフィーさんがやってと懇願したわけではなく、そうではないのだから問題はない。働き手としても問題はないし、向上心もあるぐらいだ。働くことでは問題はない……。
ゼフィーさんがどんな人か確かめるのに一度話してみようと思っていた。でも、彼女は第二夫人を諦めていない。そしてやはりわたしはよく考えたけど、第二夫人を目指そうとした人と一緒に働きたいと思えなかった。
結局のところホルスタの具合が悪くなったのは誰かが原因ではなかった。それなのにわたしたちは何故かホルスタに何かされたと思ってしまった。ずっとそのことを考えている。モーちゃん一頭が具合悪くなったのなら病気かとか変な物食べたって思うけれど、全員だった。コッコやメイメイや馬はなんともない。そうだから、ホルスタだけ具合が悪くなるのは変だと思ってしまった。けれど、ホルスタだけの病気とか、感染とかあるかもしれないのに、わたしは疑ったんだ、誰かを。これってすごく怖い思想だ。
こう思ってしまったのは、ゼフィーさんのことがあったからじゃないかと思う。野菜の件だってゼフィーさんは安く済まそうと、本当に牧場のことを考えてやったのだろう。わたしが経営理念を説明したのにそれを無視したのはヲイと思うけれど、彼女の経営理念でやったことなのだろう。わたしはそれが引っかかっていて、次に起こったことも故意ではないかと思ったのではないかと思う。これは良くない。経営者としていろんなことを想定するのはいいけれど、根拠もなく悪い方へ思ってしまったのは良くない。もし最初から病気だと思っていたら、こんなことにはならなかっただろう。牧場に何かあることは、わたしたちの生活だけのことでなく、魔物、そして働いてくれる従業員さんたちみんなの生活もかかっているのだ。それを揺るがすのはとんでもないことなのだ。
そして、今後働いてもらっても何かあったとき、わたしに不都合なことが起き故意だと思ったら、わたしは彼女を疑うんじゃないかと思うのだ。その心の動きが嫌だ。まあ、今後あなたを疑ってしまいそうだからとは言えないが。第二夫人にと思った人と働けないと、わたしはそう告げようと思う。そう、辞めてもらおうと思う。青年のことがわかる前から、モードさんから彼女の処遇を任されている。明日、告げるつもりだ。
なんてゼフィーさんに切り出そうかと考えながら洗濯物を取り込んでいると、サンさんに声をかけられた。
パズーさんからの伝言で後で燻し小屋に来て欲しいという。わたしがお礼をいうと、「いいってことですよ」サンさんはドヤ顔で笑った。やはり声が大きい。
沼を埋めるための土と道具の置き場と人選のことかなとあたりをつける。あそこに置くことにしようっていうのかな。
わたしの部屋にとりあえず洗濯物を置きに行き小屋へ向かう。クーとミミは家の中にいないみたいだ。
燻し小屋に向かってテクテク歩いている時にトワラちゃんが転がるように走っているのを見かけた。慌て具合にどうしたのか尋ねると
「オーナー、モーちゃんだけまだ帰ってなくて」
と泣きそうな顔だ。
ええ?
「モーちゃんが?」
「そうなんです。暗くなる前に探さないと」
時々、戻って来ない子がいるんだけど、モーちゃんは初めてじゃないだろうか。
トワラちゃんはホルスタが怖いはずだ。それに子供は夜も怖い。それだけではなく薄暗い。天気が悪くなるのかな。
「わたしが探してくる。奥の方に行くから、奥はわたしが探しに行ったって伝えてくれる?」
トワラちゃんは頷いて、厩舎の方へ走り出した。
沼の水は飲まないって約束したけど、沼に行っちゃったのかも。
ホルスタは牧草地でもよく寝るので、帰る時間だと教えるのに奥から追い立てるようにして帰らせるんだけど、モーちゃんはさらにその奥に行っていたのかも。奥地の沼をみつけた子だもん。
わたしは誰もいないのを確認してから、セグウェイを呼び出す。
人がいるときは、マジックバッグを呼び寄せて、そこから出すようにぐらいは人目を気にしている。
途中の燻し小屋で扉を開け、パズーさんを呼んでみたがいなかった。
モーちゃんを探しに行ってるのかも。わたしもモーちゃんを探しに向かう。
ぽつっと冷たいものが当たる。雨だ。雨が降ってきた。
セグウェイが進みづらくなってきたので降りてボックスにしまう。沼へと急いだ。
薄暗い上に、雨で視界が悪い。雨足が強まった。
「モーちゃん?」
え、何やってるの? モーちゃんが沼の中に入っているではないか。
「モーちゃん!」
大きい声で呼んだ瞬間にそれがモーちゃんでないことに気づいた。けれど一歩踏み込もうとした足は止めることができず前進すると、まだ沼ではない縁だったところがズブズブと沈む。
え? 泥に足を取られ、膝下まで濡れてしまった。
泥水が重たく冷たい。
……モーちゃんじゃない。白い何かがモーちゃんの後ろ姿のように見えたのだ。
ばかだ。モーちゃんではなくてよかったが。
わたしは沼から上がろうとしたが、そこもずぶっと沈む。何箇所かで登ろうとしたが地盤が弱くて沈む。嘘、どこから上がろう。
雨で濡れた体が芯から冷たくなっている。
「ハナ、何をやっている?」
え? 王子?
王子の手を取り引き揚げてもらう。
「ありがとう。モーちゃんを探しに来たんだけど、辺りも地盤が緩くなってて」
「大丈夫か?」
頷いたけれど、風に晒されてあまりの寒さに、歯の付け根からカチカチ音が止まらない。震えたくないのに、体が痙攣してるかのようにブルブル震えてしまう。膝下まで濡れたのがイタイ。
王子が舌打ちする。そんな王子もずぶ濡れだ。きれいな金髪が今はぺちゃんこで、滴が滑り落ちる。
雨風が凄くなってきて、途中の燻し小屋にいったん入る。雨には打たれなくなり、風に晒されることは無くなったものの、寒さは変わらない。
わたしはまず服を乾かそうとして、え?となる。
「どうした?」
「ま、魔法が使えない」
王子も何かしてみて、できなかったみたいだ。
「魔法を使えないようにしてあるみたいだな」
ウチの燻し小屋はそんな制約つけてませんけど。
王子が小屋を出ようとする。ガチャガチャやってそれでも開かなくて、そのうち激しく扉に体当たりをしたが、扉はびくともしない。
王子が振り返る。
「閉じ込められた」
王子はルークさんを呼んでみたが、反応はなしだ。
バッグを引き寄せて、以前作った火の魔具に魔力をこめてみたが、火をおこすことはできなかった。
タオルとマント毛布、持っている中では一番大きな上着を出して、王子に渡した。
「ありがとう」
と呟いた王子に、わたしも着替えるからと宣言をする。王子は向こうを向いてくれた。
これからは男物の服もボックスに入れておくべきか?
風邪をひきたくないので着替えることにする。
中央にあるのは作業台ぐらいだからどこかに隠れて着替えるのは難しい。
お互いに背を向けて、濡れた体を拭きつつ服を着替える。作業用のズボンを入れておけばよかった。薄手のワンピースしかない。なんとか人心地はついたが、髪は濡れたままだし、やはり寒い。乾いたタオルがあってよかった。タオルを髪に巻きつけておく。
火付け石も入れておいてよかった。床に木屑を置き、そこに火をつける。火事が怖いので、燻し小屋にはその都度火関係のものを持ち込んでもらうことにしていた。だから小屋の中はほぼ物がない。隙間風で寒いから、空気は流れている。火付けぼっくりに火を移し、薪もくべておく。
でも、圧倒的に寒い。今後は魔法を使えないことがある場合も考えて、アイテムボックスにもっといろいろ入れておこう。お湯は入れてないので、スープをふたり分お碗によそって王子にもスプーンと一緒に渡す。温かい物がお腹に入り、少しは落ち着いたが、やはり寒い。冷えた体に熱が戻ってこない。
王子がマント毛布を広げてわたしを包みこむ。あったかい。
しゃーない。王子だって寒いはず。
「一緒に入ろう」
わたしは毛布の端を王子に持たせた。
焚き火の前にふたりで座り込んで、背中を毛布マントで覆う。なるべく寄り添って空気が入ってこないようにする。
火付けぼっくりの中で燻っている火はなかなか大きくはならず、故にそれほど暖かくはない。
毛布というより、王子の体温の方があったかくてありがたい。
「王子はどうして沼に?」
「従業員がパズーがいないと困っていたからペクが預かったんだ、パズーに宛てたハナからのメモをな。変だと思って中を見るとここに来て欲しい旨が書かれていた。面白そうだから私が来た」
「面白そう?」
「ハナは文字をかけるが、長い文章は苦手だろう。それなのに文章だったし。伝言すればいいのにメモするのもおかしいし。なんの企みかと思ってな」
わたしは未だ文字を書くのに苦手意識がある。だからどうしてもぶった切りの箇条書きになる。
「わたしはパズーさんにメモなんか書いてないし、渡してもない。わたしはパズーさんからここに来てっ言ってる伝言をもらったの。でも来る途中でモーちゃんがいないって聞いて。沼に行く前にここに寄ったけどパズーさんがいないから沼に探しに行ったんだ」
王子はニヤリと笑う。
「ハナを探しながら歩いていると、体験生の子供に会った。モーがいなくなったと騒いでいるから、厩舎に戻ってきたと教えてやった。ハナが奥に探しに行ってくれてると言うから、私はハナを探している途中だからとモーが厩舎に戻ったことを伝える約束をした。小屋にもハナはいなかった。お前のことだから沼に探しに行くだろうと来たら、ハナが沼にハマってた」
「モーちゃん戻ったんだ。よかった」
「ホルスタ騒動は違うが、ここにはお前に敵意を持つものがいるようだな」
調べないうちに疑うのはよくないが、こんなよくわからないことを仕組む人は彼女じゃないかと思った。と思って、さっきむやみに疑うのは怖いことだって良くないと思ったのにと自分の矛盾に呆れる。
「そのうち、ペクかパズーが来るだろう。私が小屋に向かっているのを知っているから」
うん、と頷く。
「悪いな。ルークに向かわせておけば、すぐに出られただろうに。ルークには令嬢を見張らせていたんだ。何かするんじゃないかと思ってな。ルークが戻ればすぐにここに来るから、それまでの辛抱だ」
「なんでパズーさんとわたしをこの小屋に呼びつけたんだろう……?」
パズーさんとわたしを小屋に呼び出して、閉じ込めるつもりだった? どこかに行かせたくなくて? そんなことをして、一体なんの得があるっていうんだ?
王子に呼ばれている気がした。でも声がものすごく遠い。
「おい、ハナ? おい、どうした? ハナ! ハナ!!」
お読みくださり、ありがとうございます。
220810>概念→理念
汲んでくださり適切に、ありがとうございましたm(_ _)m




