里帰り編18 もうひとりのオーナー②子供の目
モードさんを起こさないようにベッドから出ようとすると、腰に手がまわりズズズと引き戻される。スポッとかぶるワンピタイプの夜着の裾がめくれあがり慌てる。まあ、見えやしないんだけど。
「疲れてるだろ。午前中は眠ってろ」
「大丈夫。朝ごはんの用意するから」
そう言って出ようとすると、横向きにされてモードさんの逞ましい胸に閉じ込められる。
「お前のことだから作り置きあるだろ? それを俺が出すから、眠っとけ」
おでこに口づけがおりてくる。
「本当に大丈夫だよ。ね、ご飯の用意するだけだから」
今日に限ってわたしが起きていかなかったら、誰も気にしないかもしれないけど、……わたしが気にする!
首筋にキスがおりてきてさらに慌てる。朝イチャも幸せになれるけれど、このタイミングはやめようよ。
「モードさん、てば、ね、わたしは起きるから。モードさんはもう少し休んでて」
わたしからモードさんのおでこにキスをする。おまけで高い鼻の頭にも。離れようとすると顔を素早く両手で包まれて、そのまま口づけに移行された。くるっと上下が回転し覆いかぶされたと思うと、口の中をどこまでも探られ勢いにのまれそうになる。このままでは同じ展開になってしまう。ふと離れたので見上げると、わたしの大好きな声で渋く尋ねられる。
「のあ。いや、か?」
潤んだような水色の瞳で問いかけられたら! それは反則だ。嫌なわけはない。
「い、嫌じゃないんだけど、このタイミ……」
言いかけた言葉はモードさんに食べられてしまう。
…………。
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午後からわたしも子供たちの聞き込みにまわることにした。
「ティア、無理しなくていいよ。熱まだ下がってないだろ? 顔が赤いぞ」
作り置きから出すことにして朝ごはんの時間に1階に行くつもりが、うとうとしてしまい下に降りていくタイミングを逸してしまった。幸いモードさんが体調が悪くて微熱があるから寝かしているといってくれていたが、嘘から出た実でほんのり熱が出てしまった。気が張り詰めていたところにモードさんが帰ってきて安心したんだと思う。気が緩むと熱は出やすい。でも牧場のことなのに、みんな任せっぱなしなのもおかしな話で。遅れを取ったが、しっかり聞き込みをしようと思う。
「大丈夫、あったかくしてるし」
ルシーラに応えて、まとっているショールにしっかりとくるまる。
耳の横にはクーとミミもいるからそこから暖も取れる。
『ティアの大丈夫はあてぇににゃらにゃい』
あはははは。…………はぁ。
わたしたちが担当する、交換仕事体験生&候補生は7人だ。カプタル領の孤児院から13歳のトワラちゃんと12歳のミロちゃん。ロージェク街の孤児院から12歳のロッチとアルダンと11歳のメモルちゃん。エーデルの孤児院から9歳のテオと8歳のマロン。
午前中はルシーラとトニーで、カプタル領のトワラちゃん、ミロちゃんの2人、それとエーデルのテオとマロンから話を聞いてくれていた。
トワラちゃんとミロちゃんは、ホルスタはかわいいとは思う反面大きくて少し怖いそうだ。だから実は触れたこともないし、あまり近づいたこともない。ミルク搾りはやってみたいけれども、近づくのはやはり怖い気持ちが勝つそうだ。餌当番の時は餌入れに餌をいれる。野菜などを頼まれればその通りにする。大体、従業員さんの誰かが近くにいてくれる。ちなみにふたりの好きというか、仕事のやりやすい従業員さんはパズーさんで、苦手な人はサンさんだそうだ。
ルシーラとトニーやるなー。よくそんなことを聞き出した。サンさんが何故苦手かというと、声が大きいからだそうだ。気持ちはわかる。彼は19歳。鍛冶職人の息子さんで、職人さんに囲まれて育ったそうだ。男所帯だからか、そこで自分を主張するにはどんどん大声になったんだろうと推察され、そして丁寧ではない所作から何をするにも大きな音を立てる。鍛冶職人になる気満々だったのだけれど、物を丁寧に扱わないところを挙げられて、本当にやりたいなら気持ちを入れ替えろと言われたみたいだけど、その言葉の真髄は本人までまだ届いてないようだ。魔物たちも人を見るので、丁寧に掃除をしてくれる人には懐いたりするけれど、彼はそこまでできていないので、魔物たちからもぞんざいな扱いになっている。でもまだそこも気付いてないみたいだ。
ホルスタに近づいた人を見たりしなかったかの問いには、当番以外でホルスタに突進して行ってるのはオーナーしか見たことがないと言ったそうだ。
トワラちゃんはコッコが好きで、ミロちゃんはメイメイが好き。東の大きな木の下がメイメイたちのお気に入りなようで、そこにいる時は、いつもより長く撫でさせてくれるらしい。
そういえばホルスタは山裾がお気に入りなんだっけ? トワラちゃんに教えてもらった気がする。
テオとマロンからは、いつとは言えないけれどホルスタたちはもっと前からイライラしていたような気がすると言ったそうだ。メスは穀物の他に柔らかい草が好きで、オス、メスに関わらず時々土を食べていると教えてくれた。土? 山裾のどこら辺によく行くか知っているかと聞いたところ、場所はわからないけれど、塩を食べに行ってるんじゃないかと言っていたそうだ。塩や土を食べに山裾に?? 仕事はハイドさんに着くと楽しいらしい。いろいろ教えてくれるんだって。苦手な人はゼフィーさん。販売とはほぼ絡むことはないが、すれ違ったりすると上から下まで見られていたたまれない気持ちになるようだ。
午後からは3人でロッチ、アルダン、メモルちゃんに話を聞く。
食堂の一角で話を聞くかと思いきや、外で話すと言う。それ寒いじゃん。でも子供たちからすると誰にも聞かれないことが大切で、開放的な方が話やすいのかもしれなかった。
わたしはミミを抱きかかえて、クーには首に巻きつくようにしてもらう。これ、あったかっくていい。首の横のところにクーのポタポタのお腹があたり、なんとも気持ちがいい。時々、反対側で巻きついてもらう。
ロッチとアルダンはものすごく仕事に対する意識が高く、子供とは思えない受け答えだった。テオたちと同じくもう少し前からホルスタはイライラしていたように感じていたらしい。ただ午前中に厩舎から出ていかない子が出たのはあの日が初めてだという。土を食べているのを見たことがあるか聞いてみたら、ロッチとアルダンは知らなかったがメモルちゃんは山裾をガリガリやっているのを見たことがあるという。メモルちゃんは動物が好きなようだ。ホルスタは足が汚れることが気にならないから山裾に行くが、メイメイやコッコが行きたがらない。足が汚れるからだそうだ。山裾はあったかくなると雪解け水で、寒い時は凍ったりなんだりで足場が悪い。そんな推察を話してくれた。
メモルちゃんの話で思い出したようで、そういえば何日か前、厩舎の掃除をした際、潮のような匂いがしたという。アルダンは海を見たことがあるらしい。
ホルスタに絡む人はという問いには、3人はちろっとわたしを見て、オーナーと言った。わたしとパズーさん以外、そこまでホルスタに構う人は見かけないとも。魔物たちと関わろうとするのは、掃除とかの仕事とは別にしたら、テイマーのわたしたちしか見たことがない、と。
「この牧場の人が、誰か外の人と会っているの見たことあるか?」
トニーが尋ねる。
「ペクさんかなぁ」
「あと、ゼフィーお嬢さん」
「サンさんも、よく喋ってる」
お礼を言って別れ、わたしは家の中に入ってロッキングチェアに腰掛けた。うー、さみぃ。みんなよく平気だな。暖炉に椅子をさらに近づける。
『ティア、顔赤い』
『ルーク、呼ぶか?』
膝の上から心配そうに覗き込んでくるふたりに、首を横に振る。
王子とルークさんが部屋から出てきた。わたしを見て、驚いた顔をする。
「なんだ、体裁のいいように言ったのかと思ったら、本当に熱があったのか?」
嫌な奴め。
「ハナ様、お休みになった方がいいのでは? その顔はけっこう熱がありそうですよ?」
言わないでくれ、余計にぐてっとくるから。
いろいろ思ってはいるのだが、反論するのも面倒なので頷いておく。
暖炉の前なのに寒いなーと思っているうちに、気づけば次の日の朝になっていた。
椅子でわたしは眠ってしまったらしく、モードさんに運ばれたようだ。モードさんは無理をさせて悪かったなとさらに過保護になり、嬉しそうにわたしの世話を焼いている。
ご飯はみんなで用意して食べてくれたみたい。悪いことをしちゃったな。
お読みくださり、ありがとうございます。
220203>方便→体裁のいいように言ったの
ご指摘、ありがとうございましたm(_ _)m




