里帰り編13 遊んだからにはお仕事します⑤事情聴取
人類を増やせがモットーな世界観なため、以降、女性の待遇&子供の有無によりセンシティブな内容が含まれます。お気をつけください。
次の日、朝から事情聴取がとり行われた。
狭い一室には真ん中に机と椅子が二脚。それと一角にひとつ椅子があるだけだ。
向こうとこっちの取り調べに違いはあるだろうけれど、この扱いは参考人ではなく被疑者だなと暗い気持ちになる。
担当者は牧場に来た人とは違う人だったが、言葉遣いだけは丁寧だった。
ホルスタに酸っぱい匂いがすると言い出したのもわたしだし、モーちゃんが倒れて吐いて元気になったところを見たのもわたしだけ。そしてその吐瀉物には違法薬物が含まれていた。
その一連のことを5回は話したと思う。
その薬物をホルスタたちに与えたのはわたしだと思っているようだ。ただ、ホルスタたちが具合が悪くなり心配してたことや、吐瀉物などを調べようとしていたことから、知らずにやったことで、その薬物の出どころは夫の物だったという筋書きにしたいんじゃないかと思う。
その薬物は魔物にどんな影響を与えるとか、飲んでどれくらいで症状に出るのかとか、いろいろ聞いてみたが、薄ら笑いを浮かべるだけで答えてはくれなかった。
お昼休憩を挟んで担当者がまた変わる。ちなみにお昼は拳の大きさのかったいパンとコップにお水一杯だった。
ごっつい人だった。制服を崩し態度も荒々しかったが、髪を七三分けにしていて、別にいいんだけど、どうでもいいんだけど、そこだけ嫌にキッチリしているものだから妙にアンバランスで目がいってしまう。
同じことをまた繰り返す。そして今度の人には、薬物は違法だとは知らなかったが、魔物で試していたのではないかというようなことを言われた。わたしが薬を欲して他大陸から持ち込んだのでは、と。
「結婚して2年目だ。だからあんたは焦っていた」
は?
「何を焦るんですか?」
「第二夫人がきたら、平民出のあんたは立場が弱くなる。それで焦って、マドベーラを手に入れ魔物で効き目を試したんだろ?」
「意味がひとつもわからないんですけど。第二夫人って何をおっしゃってるんです?」
「まあ、認めたくないのはわかるが、子供が産めなかったら貴族が側室をとるのは当たり前だろ」
はぁ?
「でもマドベーラに手を出すべきではなかった。あれは母体によくない副作用が起こることもあるから、我が大陸では禁止されているんだ」
母体?
「魔物で試してみたのは……副作用を心配して頭を使ったのか? 法では魔物に薬を使った、そのことであんたを罰することはできない。違法薬物所持だけだ。出どころを言えば、その罪も軽くなる」
「マドベーラとはわたしはその薬名を昨日初めて聞きましたが、どんな薬なんですか? それに再三申しあげますが、わたしは魔物に害になるような物を与えたことはありません」
七三は、ため息をついた。
「マドベーラという名前ではご存知なかったということにしたいんですか? 誘発剤ですよ、受胎を強めるための」
言葉を丁寧にして、知ってたんだろと言いたげだ。
はい??
そんな薬があるんだ、こっちでも。
ん? 誘発剤? 第二夫人……言われていることの意味が繋がりかけた。
「……この国では王族以外も一夫多妻制なんですか?」
できることなら、こめかみをグリグリほぐしたかった。
担当者は目を大きくしてから、訝しむようにわたしを見た。
「この大陸出身じゃないのか? この大陸ならほとんどの国で貴族は一夫多妻を認められている」
なるほどね。ほーーーー。
「その2年ってのは何なんです?」
「は?」
「あなたさっきおっしゃいましたよね? 2年目だから焦っていたとかなんとか」
「あ……ああ。2年ぐらいで子供が生まれなければ生まれにくいと考えられて、第二夫人を持つのが一般的だからな」
2年セオリーなんて知るか。
一連の嫌疑を理解した。
「もしかして知らなかったのか? 旦那から何も聞かされてなかった?」
ちょっと同情的な表情になって、それもまたムカつく。
「再三申し上げますが、夫は2ヶ月と2日、冒険者ギルドの仕事に出てから戻ってきておりません。連絡も取り合っていません。一昨日ホルスタの世話をしていたら、酸っぱい匂いがすることに気づきました。続いてホルスタの1頭が倒れ、吐いたら元気になりました。ですから吐瀉物、餌、ワラなどを原因追及のために調べてもらうことにした、これが事実です」
「認めちゃどうだ? 違法薬物だとは知らなかったんだ、それなら酌量してもらえるようにしてやるよ」
「認めろも何も、事実以外何もありません。わたしはそんな薬は知らないし、ましてや牧場の子供たちに得体のしれない物を与えるわけないでしょう? あなたも気付いていると思いますが、あなたたちがいうことは矛盾ばかりです。わたしはそんな薬物初めて聞きましたし。どうやら特殊なものみたいですね。それをどこで、どうやってわたしが手に入れたんですか?」
「気が強いじゃねーか。元は同じ平民出身だと思って、優しくしてやればつけあがりやがって」
間にある机をガンと蹴ってきた。
「お前は夫の寵愛が薄れるのが怖くて、薬を手に入れた」
顎を掴まれる。両手首は犯罪者のように椅子に縛り付けられているから、その手を振り払いたくても何もできない。ただ睨み付けてやる。
「どっから、どこで、どうやって?」
「それを吐け。無駄に税金を使わせるなよ」
また机を蹴る。椅子を動かせないから近づいてきた机に挟まれ、お腹に当たって痛い。
「そう。最初はモードさんが持ち出したものと言っていたのに、それは違うことが確認とれたのね。だから、わたしがひとりで全部仕組んだように筋書きを変えたのね」
図星だったらしい。少し焦りが見える。よかった、モードさんが関係ないことは立証されたんだ。
「お前わかってるのか? 旦那の容疑が晴れたってことは、お前の罪が確定したってことだぞ。その容姿でどう侯爵様を口説き落としたのかは知らんが、助けてもらえるとでも思ってんのか? お前みたいな罪人はこれを機にお払い箱にされるだろうよ。可哀想に違法薬物にまで頼って旦那をつなぎとめようとしたのにな!」
七三はにやっと嫌な笑いを浮かべた。そして足を上にあげ上から机を蹴ろうとする。蹴られたら、今度は椅子ごと倒れる。真後ろに倒れない限り、椅子の背もたれとに挟まった腕が折れるんじゃないかと思える。それを免れて真後ろに倒れてもそれなりの痛みと衝撃があるはずだ。頭を打ちつけたら、かなりまずいことに。
せめて睨みつけていようと思いついたものの、やはりきつく目を瞑っていた。
あ…れ……衝撃がこない? そうっと目を開けると、ルークさんが立っていた。腕の中では暴言吐きまくりの職員が白目をむいている。音をさせないよう職員を下に置く。
「大丈夫ですか?」
机を引いてくれたので、机がお腹に当たらなくなった。
「ありがとうございます」
「このまま眠っていてもらいましょう。手の縄をゆるめると後で面倒くさいことになるので、そちらは解いて差し上げられません」
「いえ、椅子ごと倒されるのを止めてもらえただけで、ほんっとありがたいです」
いや、これマジでやられてたら腕折るか何かしたと思うからね。骨折系は治りが遅いし熱とかも出るから、どれくらい寝たきりになるかわからない。恐ろしすぎる!
しばらくして外からノックが聞こえると、ルークさんは寝かせていた職員の背中に膝を入れた。ブルッとして職員さんが目を開ける。一瞬何が起きた? ような顔をしたが、外のノックに気づいて開けるために赴く。
わたしの釈放を伝えるために職員がきたのだった。お父様が迎えにきてくださって帰ることができる。容疑は晴れてないようだから、これは権力だ。侯爵家の恩恵を受けて、家に帰ることができた。
家に戻ると、みんなから温かく迎えてもらった。魔物たちからも歓迎を受ける。クーやミミもわたしの胸から離れない。たった1日だったのに、ものすごく長い時間だった気がした。
「ティア、大丈夫か?」
ルシーラに大丈夫と頷く。お茶を入れテーブルについて現状を報告しあう。
まず、心配をかけていたので、わたしの方からご報告だ。
言われたことから、疑われている内容を推察して話した。次はお父様が話してくださった。
「モードとは連絡を取った。実際のところモードの関わっている案件は、件の薬の延長上ではあるが薬そのものとは関わっていないそうだ。事情をよく知らない下っ端のものが先走った誤った情報で動いたようだ。チームで動いていたため、モードの嫌疑は晴れた。その薬のことでこれからはこちらで動くことになり、向こうですることを済ませ次第モードはこちらに戻るそうだ。ティアに伝言だ。それまで耐えてくれ、と」
お父様の報告にわたしは頷く。
パズーさんが手をあげる。
「ご報告します。以降、ホルスタに健康被害のある子は見当たりません。火の日と水の日のホルスタの餌やり当番は、交換仕事体験生のトワラでした。掃除は同じく体験生のロッチとアルダン。木の日は餌やりは従業員のバンナで掃除は体験生候補のテオ、マロン、トニーです。全員に尋ねましたが、普段と変わったことはありませんでした」
「薬物が検出されたのは吐瀉物だけでした。いつ、どこで薬物が体に入ったかは、わかっていません」
続いてペクさんが報告をしてくれる。
「このままだとティアへの疑いが晴れないですね」
ルシーラの呟きに場の雰囲気が重たくなった。
「薬物は誰が買ったものなのか、そこからしか証拠は見込めないだろうな。今のところ、それなりの理由づけをされてしまっているからな」
「もしそれがみつけられなかったら、わたし、どうなる?」
そういった判断に一番強そうな王子に聞いてみる。
「ハーバンデルクの細かい法は知らないが、知っていての所持、取り寄せ、さらに販売などしていた場合、大陸追放ではないかと思う」
「ティア、そんなことは絶対にさせないから、安心なさい」
お父様がそうおっしゃってくれるので、とりあえず頷いておく。
「パズーさん、ホルスタたちはいつからイライラするようになったとか、怪しい人を見たとか言ってませんか?」
「はい、尋ねてみましたが、朝から何だかいつもと違う調子だったようです。特に変わったことはなかったと」
「朝からということは、その日の昼から作業に関わったハナは関係ないはずだが、魔物とテイマーの証言では弱い」
まぁ、そうだよね。
報告会はそこまでにして、みんなには休んでいろと止められたが気分転換に料理をすることにした。昨日の夜からろくなもの食べてないから、ちゃんとしたものを食べたい。重たい気持ちに負けてご飯を食べないでいて動けなくなったら、そんなつまらないことはない。
ルシーラとトニーが手伝いに入ってくれる。ルシーラとトニーに食べたいものを尋ねると、トニーは何でもよくて、ルシーラは赤いご飯の卵のを食べたいと言った。オムライスだね。マットマは十分にあるし、王子もオムライスは好きだからいっか。
お父様も食事に誘ってみたが、やることがあると帰って行かれた。
オムライスにポテトサラダもどき。ソーセージもどきでお腹に満足感をプラスして、野菜たっぷりのあっさりスープ。小麦粉を捏ねて掌サイズに丸く伸ばした生地を何枚も作り、餃子を包むようなあんばいでチーズを詰め込む。オリーブオイルで揚げ焼きしたら、塩を振って、すぐに食卓に出す。ぶどうジュースをふるまって、チーズ揚げを食べてもらう。
「これはうまいな」
「中のチーズがトロトロですね」
「皮はパリパリしてるのに、チーズがとろーっとしておいしいよ、ティア」
トニーは黙々と食べている。
「チーズとぶどうは合うな」
と王子が言うので、ぶどう酒を成人組には振る舞う。
チーズとぶどうは合うと思う!
オムライスを初めて食べたトニーとパズーさんとペクさんが、作った者に満足感を与える食べ方をしたのは大変良きことと思う。
今いるメンバーはわたしを疑いはしないけれど、薬物盛った嫌疑がかかったわけだから、今後わたしの作る物を食べるのを躊躇する人が出てきてもおかしくない。
わたしはそのことに傷つかないよう、心を防御する必要があると思った。
後片付けはトニーが手伝ってくれた。テーブルを拭いて戻ってくると、お皿を洗い終わったところだった。お手伝いをありがとうと、ミリョンの蜂蜜漬けのカケラを口の中に入れてあげる。もぐもぐして少しだけ嬉しそうな顔になる。
手を洗っていると、急にトニーに手を掴まれた。袖口を上にずらし、驚いたような顔でわたしを見上げる。
「縛られたのか?」
その声でルシーラがこちらにやってくる。
わたしは袖口を下ろしながら答える。
「罪人と決めつけられていたからね」
ルシーラが痛ましそうな表情になる。クーとミミがルシーラの肩に駆け上がる。
『痛いか?』
『しゅじゃくのおねーちゃん呼ぶ?』
『げんぶのにーちゃん呼ぶか?』
「いや、大丈夫。もう痛くないから!」
慌ててクーとミミに答える。こんな痕があるぐらいで、神獣朱雀や玄武を呼ぶのは違うから! でも呼ぶ前にクーとミミが聞いてくれてよかった。とんだ神獣の無駄使いになるところだったよ。
お読みくださり、ありがとうございます。




