142話 聖女の決意(上)
わたしは道中の料理担当のひとりとなった。元々王宮の料理人がトップとなり指導して、班分けされたご飯の調理を担当するはずだったのが、何せ王宮の料理は上品すぎた。それにここは野外だ。整えられたキッチンじゃあるまいし、ここでそれを作るのはどうかしていると思うようなものが献立として出てきて、指示されたものも訳わからん状態で、なかなかのカオスとなっていた。今までひと月以上それでやってきたみたいだけど、わたしが後から合流した人たち分を自分たちのご飯と一緒に作っていたら、聖女の雛ちゃんも食べたいというし、みんなから注目が集まってしまい、指示する側に回されてしまった。
料理人たちがこぞって自信をなくしているから、みんな移動で汗をかいて体も疲れています。だから少し塩っ辛くて、もりっと元気が出るようなものの方が、食べたくなるんだと思いますとアドバイスしておく。それと暑いから疲れやすく、その回復には酸っぱいものが有効なことも。
今日のメニューは萎れた葉っぱ野菜の救済のためのお浸しと、酢飯のお肉丼と、クズ野菜のスープだ。米、ライズはわたしが広めた。わたしが食べたいからだけど。お肉が少ないというとみんな脇の森にちょっと入って獲ってきてくれた。酢飯にして、苦い湯がいた野菜を敷いて、その上にこんがり焼いたお肉を乗せ、お醤油を回しがける。わたしと一緒に食べる人たちには山葵をおまけする。雛ちゃんが食べたいだろうと思ってさ。
好きなようで大感激している。エーデルの特産品になる予定とすかさず売り込んでおいた。
話しにくい話は、お腹が空いている時は絶対しちゃダメだ。お腹が満たされている時の方がおおらかでいられる。わたしは話すことは得意じゃないし、こういった裏方が向いている。お腹を満たして、香りのいいお茶なんかでリラックスをしながら、何度も会議をした。幸い危険区域までの道のりは結構あったので、一歩手前のソコンドルについたときには、全ての用意が整っていた。
ソコンドルで設えてもらった会場で、王子は静かに話し始めた。
召喚について調べているうちにわかったことを、順序立てて話していく。
封印されている魔王は、異世界から召喚された聖女だったこと。召喚に関する記述を全て燃やしたことで魔王と呼ばれるようになったこと。最後の聖女が死んでしまったら瘴気を浄化するものがいなくなってしまう、それを恐れ、最後の聖女を死なすのではなく封印して永遠に閉じ込めたこと。
そして最後に、自分はその封印を解きたいのだと言った。
一瞬の静けさが舞い降りる。
「ここへは瘴気の浄化に来たのではないのですか?」
大きな声で尋ねるものがいた。
「聖女様がいるだけで、浄化はされる。特に赴くまでもない。近くにきた方が誰もが安心できるだろうから来たが、目的は聖女様にこちらに来ていただくことだった」
「聖女様なら封印が解けるということですか?」
「なんでそんなことを知っているんだ?」
「その情報が確かな証拠はあるのか?」
一通りすぐ思いつくような疑問が口にされた。
「もし、封印を解いたらどうなるんだ?」
誰かが未来に目を向ける。
「危険区域の浄化はなくなる」
王子が言い切る。
言葉を咀嚼し、それがどういうことなのか皆が理解するまで不気味な静けさが訪れる。
やがて、ひとりの騎士が発言をするのに手を上げる。
「……今は聖女様がいらっしゃるからいいが、聖女様がお隠れ遊ばれたらまた召喚をするのですか?」
「召喚は、もう二度としないし、できない」
一斉にみんなが恐怖を口にした。一通りの言葉が出尽くしただろうところで雛ちゃんの声が響いた。
「聖女の代わりに浄化できるものがあれば、聖女がいなくなってもいいですか?」
雛ちゃんの声は遠くまで届く。言われて、必要としていることが誰かの犠牲の上で成り立っていると解釈できたのか、言葉を失くす。会場に静けさが舞い降りた。
事前会議を思い出す。
王子の願いを話したとしてパニックになって捕らえられたら本末転倒だ。
ロダン王子、ルークさん、モードさん、バラックさんとロイドを交えて、まず少数で話してみた。バラックさんは牧場に行ってみれば、わたしたちがこの瘴気を鎮める旅に参加していると聞いて、興味深いとやってきたのだ。味方になって欲しい知り合いを抱き込みたいが、話してみてどう反応するかはわからない。だから賭けみたいなところはあった。王子が話すと、みんな考え込む。
ただ、瘴気浄化の変わりになる木があることを話す前から、みんな魔王という名の聖女に同情的だったことに、王子はいい意味でのショックを受けていた。
「意見は割れると思う」
ロダン王子は意外に冷静だ。
「瘴気はみんな怖いからな。やめるべきだと、俺たちを殺す気かという奴が出てくるだろう」
ロイドの意見はもっともだ。
「そうだな。聖女様が亡くなったら、この世界は破滅に向かうしかない」
バラックさんはそう言ってため息をつき、続けた。
「だが、その気の毒な女性を縛りつけたままの上で成り立つ世界なんて、それこそ滅びてしまえと思える。だが、子供たちの、これからまだまだ生きられる者たちのことを考えると、そうも思えなくなる」
わたしは雛ちゃんとこそっと顔を見合わせた。
やってきた異世界がここでよかった。
みんな同じだ。聖人君子がいたらそれは凄いけどさ。いろんな考えがあって、それに揺れる人だから、考えを変えていけるから、そこに道はみつかると思うのだ。
「ありがとうございます」
雛ちゃんはみんなに言う。
「同胞のことを考えてくださって。皆さんの考えはわかりました。そこで、どうでしょう。もし、聖女の代わりに浄化ができるものがあるとしたら、魔王さんの解放はしてもいいと思われますか?」
「そんな物があるのか?」
聖女ちゃんは種を見せる。神様から託された物だと。
「勝手なようだが、代りの物があるならありがたい。みんなそれなら納得するんじゃないか?」
そう言うバラックさんに雛ちゃんは微笑んだ。
「ヒナが神託を受けたと、そう表に出るのか?」
ロダン王子の顔が怖い。
「わたし、聖女だから。神の言葉が聞こえて種をもらったこと、きっと信じてもらえると思う」
雛ちゃんは強い。
「でも、ヒナ!」
そんなことをしたら、神の声を聞けるとまた連れ去ろうとするものが増えると思ったんだと思う。
「守ってくれるでしょ?」
ひなちゃんが首を傾げて、ロダン王子に尋ねる。返り討ちにあっている。
「そりゃ、もちろん」
「じゃあ、問題ないわ。わたしは最後の聖女になる。それも聖女の役目だと思うから。わたしのことはロダンが守ってくれるし、何も問題ないわ」
とわたしにウインクだ。
そう言って背筋を伸ばす雛ちゃんはとても気高く、美しかった。
バラックさんやロイドは人だけではなく、なるべく多くの種族にもそれを聞かせた方がいいと言った。そして今のような話の持っていき方が一番効果的だろうとも言われた。
秘密裏に世界議会と通信をやりとりし、会議を重ねた。国の代表や主だった種族の代表に声をかけての会議だった。同じような流れとなり、やはり同情的で、そして浄化をしていく代わりがあるからそう思える自分勝手さに苦味を覚えている。そしてその苦味は忘れてはいけないと思ったようだ。
世界議会に属さない少数の民族だったり、高位の魔物やら、みんなが知るべきであり、それぞれが答えを持つことであるのだがという呟きに、では私がコンタクトとりますね? とニコッと笑ったのは雛ちゃんだ。
雛ちゃんは、神様からこの世界で一番の魔力の持ち主で、万能であるスキルをもらったと言う。世界中に魔力を馳せることができる、その魔力量と技術と。誰よりも上なんだと見せつける意味もあるのだろう。
「こんにちは。初めまして、皆さん。私はこの世界に召喚された聖女です。世界議会に属さない国や種族の代表者の方に話しかけています」
目の前の雛ちゃんからと、それと頭の中にその声が響いた。世界議会と主だった代表とはビデオ通話のような魔法で繋がったようになっている。
「私は今、危険区域の近くに来ています。ここで神託を受けました。そのことについて、世界議会と属する代表者さんとに話をしていましたが、属さない方々にも知って欲しい、答えを持って欲しいと要望がありましたので、私がそのお手伝いをしています」
雛ちゃんは突然の無作法な魔法を使って話しかけること、都合も考慮しないで時間を奪うことを詫びてから続けた。危険区域で魔王として封印されているのは、昔召喚された聖女その人であり、自分と同じ犠牲者を出さないために召喚に関する書物を焼き払い、魔王と呼ばれるようになり、死んでしまったら浄化がされなくなってしまうため封印されている哀しい女性であることを静かに伝えた。そして、その女性の封印をといて解放したいのだと告げた。
代表者だけであるのだろうけれど、それでもすごい数だ。一拍後にいろんな思想が流れ込んできて、倒れそうになる。ここにいるみんなは同じ状態だと思うのに、後ろでモードさんが支えてくれた。
どれも、そんなことをしてこの世界の瘴気がひどいことにならないのか心配するものだった。十分に不安が膨れ言葉が出尽くしたところで聖女は問いかける。
「では、瘴気がどうにかなるなら、いいってことですか?」
自分勝手な思想を恥じてか、しんとなった。
「ここに樹の種があります」
雛ちゃんの軽やかな声は、心が安定する心地いいものだ。
「この種は生きたい希望を持つものがいる限り決して枯れない木となります。瘴気を浄化する木となります。後は今までのように瘴気で活性化された魔物を倒したりしていれば、瘴気が溢れることにはならない、と」
代表者になるような方々だからか、ところどころ感情的にはなるものの、取り乱すほどの混乱はなかった。一度持ち帰ってもらい、危険区域に一番近い国、ソコンドルで一堂に会することにした。そこで瘴気を鎮める一行に伝える。一堂に会した時に結論は出そうと。
恐らく代表者だけでなく世界中の生き物全てでもいけるんじゃないだろうか。圧倒的な魔力に雛ちゃんへの尊敬の色が濃く、上手くいくとそう思えた。
シンとした会場に、雛ちゃんの声が響いた。
「ここに世界樹の種があります」
世界樹ときたか!
「世界樹?」
わさわさと騎士たちが話し出す。代表としてやってきた2回目に聞く人たちには混乱はない。
「神より御神託がありました。この種は生きたい希望を持つものがいる限り決して枯れない木となります。瘴気を浄化する木となります。後は今までのように瘴気で活性化された魔物を倒したりしていれば、瘴気が溢れることにはならない、と」
人々が信じたいけれどすんなり信じられない微妙な顔をすると、雛ちゃんの周りでポンポンと小さな光がいくつも生まれた。まるで世界が雛ちゃんを祝福でもしているかのように。わたしには光魔法だとわかってしまったが、周りを見ると、崇拝しているのが見て取れた。
雛ちゃんは今度は自分の後ろに後光がさしているような演出をはじめた。
ペテンという言葉が思い浮かんだのは、気のせいだろう。
「竜人族は、その行いを讃えよう。瘴気で世界が壊れることがないのなら、何もその気の毒な女性を留めておく必要はないはずだ。魂だけでも救えるのならなんておこがましいことこの上ないがな」
バラックさんは長老から権限を持たされ参加している。
「我ら魔族は、気の毒な人の子のことを知っていた。けれど、どうすることもできなかった。我らはかわいそうな子に敬意を表しておる。できるなら解き放ってほしい」
高位魔物代表のトボムさんの声がする。
世界議会からの声がけで集まった種族代表の人たちは、みんなバラックさんやトボムさんと同じような考えだった。世界議会のこの事案に於いてのトップも、議会の代表としてと推奨された。
そして人々は。やはり同情的だった。召喚自体、誘拐という認識ではあるようだ。そして余計に身勝手さが出るから苦笑いになるものの、瘴気が溢れることにならないなら、魔王とされた哀しい聖女はもう解放するべきだと、そう結論がでた。そこで閉会になった。
お読みいただき、ありがとうございます。
211202> 通信をとり→通信をやりとりし
適切に、ありがとうございましたm(_ _)m
211220>御信託→御神託
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220809>用意してもらった誂えられた会場→設えてもらった会場で
ご指摘ありがとうございましたm(_ _)m
220825>開放→解放
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
(220825修正はすべて開放→解放です)
221204>最もだ→もっともだ
正しい漢字だと読むのに難しいかと思い開きました。
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




