131話 孤児院
ルークさんをお供に、孤児院へと歩き出したのだが、1時間は歩いた気がするのに、まだ辿りつかない。
「ルークさん、後どれくらい?」
「ハナ様の足ですと、後30分くらいですかね。普通でしたら、もうとっくについてますから」
そりゃあわたしが歩くのが遅いのもあるだろうけど、子供たちよくこの距離を歩くなー。ああ、これはもう早急に乗り物を考えなくては。
「……お運びしましょうか?」
わたしは首を横に振る。
「大丈夫」
「ねーちゃーん!」
ん? 顔を上げ、前方を見てみれば、昨日の子供たちだ。
「どうしたの? 何かあった?」
「遅いから迷ったのかと思って」
「ああ、ごめん。迷ってはいないんだけど、なかなか遠かった。みんなこの距離をよく歩いたね。っていうか、さらに山まで行ってたんでしょ。すごいね」
わたしだって森の探索へは出たけれど、それだって休み休みだ。街といっても都市ではなくて領地などの田舎に赴くと距離が半端ないことはよくあることだそうだ。
子供たちがゆっくり歩いてくれて、おしゃべりしながらだったので、なんとか乗り切れた。
古びた教会がそのまま孤児院となっているようだ。シスターである院長先生と子供たちの世話をしてくれている女性がひとり。3歳から13歳までの子が22人いるそうだ。
敷地に入っていくと、小さな子供たちが不思議なものを見るように、瞳でわたしを追いかけてくる。まずは院長先生にご挨拶だ。
背はわたしと同じぐらいだろうか。おばあちゃんって呼びたくなる優しい瞳をしている。紺のワンピースに白い大きなエリの服を着ていて、胸にはロザリオが光っている。
「初めまして。牧場を営んでおります、ティアと申します。昨日は困っているところをこちらの子供たちに助けていただきました、ありがとうございます。お礼をと思い、帰す時間が遅くなり、申し訳ありませんでした」
「いいえ、こちらこそ、しっかりと送り届けていただき、ありがとうございました。それからお風呂に入れていただき、ご馳走にもなったとか。こちらこそ感謝申し上げます」
「せっかくお知り合いになれましたので、近々簡単ではありますが、ランチパーティーなどをしたいと思っておりまして、皆様をご招待したいのですが、いかがでしょうか?」
「みなを、ですか?」
「はい、院長先生も、是非。あ、遠いですね。馬車を、あ、牛車をこさせましょうか?」
モーちゃんにお願いしてみよう。ないすアイディア!
「ええ? いえ、そんな1時間もかからないぐらいですから、歩くのは問題ありませんが」
1時間歩くのも……問題ないんだ。
警戒している感じだ。そりゃそうだよねー。いきなり来て。
「わたしも少しの間、スラムにいたことがありまして……子供たちと仲良くなれたらなと思ったんです」
素直な胸のうちを話すことにする。
「……そうですか、スラムに」
「はい、正しくは、スラムの子に助けてもらって、しばらく厄介になってました」
なるほどという顔になる。
「そうですか。ありがとうございます。ご招待感謝します」
よかった。
ロビンが抱きついてくる。
「これ、ロビン」
「え? 大丈夫ですよ」
「中を案内してあげる」
アイラに片手を引っ張られる。
院長先生が頷いてくれたので、子供たちに手を引かれるままに、案内されることになる。
木造りの建物か。造りはいいが、年数が感じられ、その分隙間風とかが凄そうだ。
全体的に清潔できれい。ところどころ、小さな瓶に野花が飾られていて、心が温まる。
途中、一番小さな3歳を背負っている女性と会って、挨拶をした。これだけの子供たちの世話を一身に背負っているわけだから尊敬だ。
それぞれのベッドもしっかりした作りで、布団や毛布なども温かそうだ。日々の細々したところには問題ないけど、建物の老朽化みたいな大きなお金がかかることは難しい感じかな。
3歳の子の上が5歳の子で、12歳の女の子が面倒をみていた。ここも14歳で旅立つシステムらしく、10歳より上の子は外へ働きに出ている。3歳と5歳の子の面倒をみるのに、必ずひとりが残っているそうだ。10歳以上でも女の子だと働ける場所がなかなかなくて、ここでの子守になることが多いそうだ。重たいものを運ぶとかは男の子に敵わないかもしれないけど、給仕とか針仕事かありそうなのになと思ったが、そういえばエーデルの街をちゃんと見たことがないから、どんな方面に強いとか全然わからないや。牧場を作り上げることしか頭になかったからな。でも、牧場も領地の、街の一部なのだから、これは知っておかないとだね。助けあったりしないと。領地は広いからお隣さんが歩いて20分の距離だ。それもわたしが歩くとなると30分以上はかかる。
お土産で持ってきたくるみのクッキーを渡すと、お昼を御馳走してくれると言う。
ご飯作りを手伝いながら、そんじゃあ一品足しますねとバッグからお米を出してご飯を炊いた。米を持ち歩いている人を初めて見たと言われた。
実質上孤児院を切り盛りしているのはマリさんと言う赤毛の女性だ。赤毛を天辺でくるくるとお団子にして、溌剌と動き回る。21歳と若い。もっと若い時に、院長先生に助けてもらったことがあり、その縁でこちらで働いているそうだ。
孤児院や街のことを教えてもらいながら、わたしはご飯の炊き方を伝授する。中に甘い味噌だれを入れておにぎりにすると、タレも、おにぎりも、大絶賛された。
ご馳走になったのは具沢山のスープだ。山菜とマカロニみたいなのが入っている。マカロニは作ったと言うからレシピを教えてもらった。これで生パスタが作れるかも。カモン、カルボナーラだ!
生パスタは一度しか作ったことがなくて、配合とか覚えてなかったから。いつか本気で食べたくなった時に、配合を試してみようとは思っていた。ベーコンは燻して作ればいいしね。
ずいぶん長居をしてしまった。帰る頃には仕事に行っていた年長組の子たちも帰ってきていて、次の闇の日に牧場にきてねとだけ告げて、お暇した。孤児院にいた子供たちとは結構仲良くなることができた。
普通に帰ってきて、普通に食事の準備をし、みなでご飯を食べ、闇の日のパーティーのことを伝え、後片付けもして、お風呂も入り、全部順調にいってベッドに入った。
クーもミミもかごの中でちゃんと眠っている。
さて、どうしたものか。どうしたもこうしたもない、眠ってしまえと目を瞑ると、冷たいものがおでこにあてられた。
「いつ、言ってくださるかと思ったのですがね」
ルークさんだ。
「気持ちいい」
冷たいタオルが熱を少しばかり和らげてくれる。
「全く、明日は寝ていてください。そうしないとあんなに喜んでいる子供たちをがっかりさせることになりますよ」
それは嫌だ。
「はい、休みます」
一日動きまわっただけなのになー。でも、そうか。王宮に行って緊張して、2日動きまわって、戻ってきてからも昨日も今日も歩きまわったし。疲れが溜まってしまったのかも。あのドレスが地味にきいた。締め付けも辛かったが、あの重さ、尋常じゃない。いろいろ飾りがついているから仕方ないけれど、あれが体力を削ったんだよなー。
「無理はしないでと言うのは難しいんでしょうね。でも、それなら、体調が悪くなったらそう申告してください」
「はい。……あの、モードさんにこのこと言わないでね」
「このこととはどのことですか?」
「う」
「王宮に行って熱を出したことですか? 帰ってきてから2日動きまわって熱を出したことですか?」
「どちらも……お願いします」
「報告してはいけないようなことを、もうしないでくださいね。わかりましたから眠ってください」
「ルークさん、いつもありがとう」
朝ごはんは、ルークさんに作ってもらってしまった。作り溜めした物はモードさんに持っていってもらっちゃったから、残っているものがなかったのだ。
朝方になると熱は下がっていたが、闇の日にぶり返したら厄介なので、ちゃんと休むことにする。
バラックさんがやってきた。
「また寝込んでいるのか?」
「違うよ。大事をとって寝てるだけ」
とおでこに手を当てられ、少し熱いなと言われてしまう。
「寝ろ寝ろ」としっかり毛布をかけられた。
闇の日にパーティーをするつもりだから、よかったら来てねと言っておく。孤児院のことを話しているうちにいつの間にか眠ってしまって、起きたらもう夜だった。
ちょうど、クーとミミが入ってくる。
『起きたにょか』
『大丈夫?』
「うん、すっきりした」
すぐにはまた眠れそうになかったので、起き出してちょっと書き物をする。
大量に人やものを運べる牛車が欲しい。いずれそれを作るとして。
わたしひとり移動用のセグウェイも欲しい。
特集記事に携わっただけだから、そのもののことなんて何ひとつ知らないけど、あれは確か重心によって前に進んだり止まったりできるものだった気がする。でもその感知を魔力回路でどうするかはわたしの頭だと考えにくい。重心で移動するもの、スキーとかローラースケートとか、苦手だった。自転車みたいに手での操作がいいな。
立ったまま乗れる乗り物で。ハンドルを前に倒すとスピードが出て引くとブレーキがかかる、ならわかりやすい気がする。道が凸凹しているから、それに負けないタイヤがいるね。あの形に近い、木の枝? 素材、木でいいのかな。動くと止めるでスライムの魔石を2個入れるか。やっぱり木じゃなくて金属がいいな。金属を買いに街に行こう。街の様子も見られるしね。どんな働き口があるかもわかるし。
ようし、明日から忙しくなるぞ。いや、ほどほどに。とにかく成長以外では体調を崩さないようにしなくちゃ。みんなに心配かけたり、モードさんに辛い顔させたくないからね。
お読みくださり、ありがとうございます。
220508>マカロニ見たいのが→マカロニみたいなのが
誤字報告と適切に、ありがとうございましたm(_ _)m




