128話 モードさん同盟
馬車の中で、わたしがアルバーレンの間者的な者に思われているのかもの発言があったことは伝えた。信じてもらうしかないが、間者では決してないとも伝えた。それはわかっているよと言われる。……ほっとした。
ドレスを着替えてしまったことをなんて謝ろうと思っていたのだが、お父様が王子が誤って水をこぼして水がかかったからと説明してくださって、ことなきを得た。
疲れただろうから休みなさいと言われて、ちょっと眠るつもりが、夕ご飯で起こされるまで本気寝してしまった。気疲れもあったしね。
夕飯はレオンお兄さんと奥様もいらして、賑やかなものになった。レオンお兄さんの奥様も穏やかで美しい人だった。わたしは皆様に婚約祝いのお礼を言うことができて、皆さんはふわふわパンを食べた時の衝撃を語ってくれて、わたしの親族入りをとても喜んでくださった。
スタンお兄さんのおうちのご飯もとてもおいしかった。
夜に熱が出てしまい、顔の赤くなったわたしを心配したミミたちがルークさんを引っ張ってきた結果、みんなにバレることになる。緊張もあったのだろうけどという枕詞とともに、水がかかったら体調を崩してしまう繊細さを持つ子と誤解が発生してしまった。朝方には熱は下がっていたが、その日はゆっくり休むように言い渡された。せっかく王都に来たのに。
次の日はゼノお兄さんとウォルターお兄さんがやってきた。わたしに見せたい物があると運んできてくれたのは、なんとドライヤー。出来上がったんだ!
女性が片手で持てる大きさと重さで筒状だ。中は空洞。ボタンを押すと上半分の外側の表面から温風が出る。もう一回押すと冷風も出た。魔力の合わせ技の付与をつけるのが一番苦労したところらしい。ダイアナさんも食いついてきて、これは素晴らしいと拍手喝采だ。
ドライヤーを売り出してもいいかと聞かれて驚く。わたしは何もしていないからだ。アイデアを出したのはわたしだからという。いえいえ、ただわたしはそういう物が欲しかっただけなのでと、現品支給してもらえることになった。そしてアイデア料として売れた1割ももらえるという。不労所得はありがたい! ラッキー。
ブラシ型ドライヤーにしてもいいかもと言えば、どういうことだと詰め寄られる。表面にブラシをつけたようにすれば、髪をとかしながら乾かせると言ってみる。ゼノお兄さんが検討し出す。付与に手間取っただけだそうなので、形とか付け足すとかはさほどのことではないらしい。それも作ってみるかとやる気満々だ。
エアコンにもなるなと思って、寒い時もいいですねと言えば、瞬きをして考え出す。ダイアナさんも寒い時にこの暖かい風が出てきたら嬉しいと言ったら、考え込んでいる。温風機も作ってくれそうだ。
みんなに柔軟な発想と褒められまくりだ。ふふふ、全ては元の世界からの恩恵だけど、ありがたく頂戴して、活用するよ。
ウォルターお兄さんには近頃の頻繁な転移のお礼をやっとちゃんと言えた。お兄さんは「俺は妹には甘いんだ」と笑ってくれた。
そういえば王家からもドレスの返却とともに、紅茶の茶葉をもらえた。いい人やん。皆さんにミルクティーを入れると喜んでもらえた。こちらではお茶に何かを入れて飲むという発想はないみたいだ。ジャムを入れるジャムティーとかスパイスを利かせたものとかも、お茶ではないけど、ゆず茶みたいに皮と果実を甘く煮てそこにお湯を入れるものとか、いつか売れるかも。
ドレス姿にしてくださったお屋敷の人たちにも飲んでもらう。甘いのが苦手な人にはレモンティーも用意した。どちらも好評だった。ただ、紅茶は高いからね、やっぱり。なかなか飲めるものでもない。
お客様がいらしたようだが執事さんが大慌て。侯爵家の執事さんが慌てるなんてかなり稀なことのようで。スタンお兄さんに話が行く前に、様子を見たウォルターお兄さんが玄関に赴いた。そこにいらしたのは第二王子のアドバス殿下だったらしい。昨日は王室からわたしにお礼がしたいと手紙があったそうだ。わたしが寝込んでいるので断ってくれたそうだが。
「アドバス殿下。何故、そんな格好で、ここへ?」
「ウォルター。そうか、そういえばスタンとお前は兄弟だったな。私はティア嬢を誘いにきたのだ。貴族っぽくしていないから、これなら身分はわからないし、平民は婚約者がいても友と街を歩いたりするのだろう?」
「単刀直入にお尋ねします。ティアは我がローディング家において、すでに大切な末の妹です。妹はモードの婚約者です。アドバス殿下、ティアに何かしら含みがおありなら……」
「待て。お前たち一家がティア嬢を大切にしていることはもうわかっている。友の婚約者に何か思おうはずもない。ただ私はちゃんと詫びがしたいと思ってな。ハーバンデルクの誇れる王都を案内したいと思っただけだ」
「詫びとは?」
「怒るなよ。妹御がハーバンデルクに何か思うところがあって、侯爵家に取り入ったという心配があった。そうでないのか尋ねたが」
「尋ねたのか?」
「ああ。否定はしたが、多くを語るわけではなく、菓子を食べていた。私が呆れていてもどこ吹く風。こんなおいしい菓子を食べないのは損だと言い切ってな、おいしい紅茶の飲み方も教えてくれた。妹御が作ったものを飲もうとすると、それで何かあったときに、ローディング家に何かあっては困ると念を押してな。私は本心を隠しながら疑って接していたのに、彼女は馬鹿正直に私という人間に向き合ってくれていた。だからせめてもの詫びに、我が街をみてもらおうと思ってな」
そんなやりとりがあったそうで、どうするかはわたしが決めていいそうだ。
街には行きたかったし、ルークさんの護衛付きで、街に繰り出すことにした。王子様とのお出かけだから、クーとミミはお留守番だ。口を尖らせている。明日は埋め合わせをするからと約束をした。
今日はゆるいワンピースにペタンコ靴だ。
王子もかなりラフな格好をしていたが、高貴さが迸り出てるね。でも持って生まれたものだからしょうがないんだろう。魔法かなんかだろう、瞳の色が茶色く見えて、それだけで印象はかなり変わった。
平民言葉でいいというので、ありがたくそうさせてもらうことにした。
どこに行きたいというから食品の買える市場みたいなところに行きたいと告げる。
ドレスを買うんでも、カフェにいくのでもないのかとブツブツ言っていたが、市場へ案内してくれた。
野菜も新鮮なものが集まっている、伊達に王都じゃないね。
変な感心をしながら、歩き回る。こういう時だけ、足は痛くならない。後からどっとくるけどね。調味料がすごい。胡椒がある。超高いけど。でも、胡椒入りを食べたい。
あと、辛子というタネがあって。鑑定するとカラシだった。やったーカラシゲット!
お肉類も色々ある。ベーコンになったものもある。これはいいね。どんな味か見てみようっと。こちらも少し購入しておく。
「ありがとうございました」
市場を満喫した。本当によく文句言わなかったな。王子を道案内にしたのに。
「じゃぁ、今度は私に付き合ってくれ」
そう言われて、レストランみたいなところに入った。
そこまで高くはなく、民衆よりみたいなところだ。
メニューを見て、わたしはホロホロ鳥のコンフィにした。アドバス王子はフィレ肉のステーキだ。
「アドバス王子様はモードさんと仲が良いのですか?」
「私は仲がいいと思っていたのだが、モードにとってはそうではなかったみたいだ。婚約者を紹介してもらえなかった」
なるほど、それでだったのか。この人はガチでモードさんを心配していたんだ。変なのが付きまとってきたんじゃないかって。
「わたしが平民だったことで厄介ごとに巻き込まれそうになり、わたしを守るのに婚約者にしてくれたんです、前倒しで。なので、いろんな方に不義理となってしまっているのかもしれないです」
話をしていると料理が運ばれてきた。
メインは2つとも王子の前に置かれる。彼は品のいいナイフ捌きで、ホロホロ鳥の骨を外してくれた。そして一口大に切り分けてくれて、わたしの前にお皿を置く。
うわー、王子に切り分けてもらっちゃったよ。
王子は自分のステーキを切り分けて、そのひとつをわたしのお皿に移す。
ホロホロ鳥を食べるか尋ねると頷くので、こちらもひとつを王子のお皿に移した。
どうぞと言われて、わたしはいただきますとステーキのお肉を頬張る。
ガーリックのパンチのきいた肉汁が一緒に炒めた丸ネギとで甘さも醸し出していて、とってもおいしい。
スープを一口飲み込むと、なんだろ、とろみのついたオニオンスープみたいだけど。もっと優しい何か。
セットについてきたミニサラダは、野菜がシャキッとしている。
ホロホロ鳥はホロホロ鳥だった。ホロホロ鳥のコンフィは大好物のひとつだ。なんの油を使っているんだろう。癖もない油でジューシーに煮てある。オリーブオイルはまだ一般的じゃないだろうし。付け合わせのジャガモもいい具合に火が通っている。
口に味が残っているうちにパンを放り込む。ああ、おいしい。
「君、一生懸命食べるねぇ」
「モードさんにも言われました」
「モードにも?」
わたしは頷く。
「同じのを頼めばよかったな」
ホロホロ鳥を気に入ったらしい。
「もうひとつ食べます?」
とお皿を持ち上げようとすれば、急に後ろから声がかかる。
「ティア様、食べかけを人に勧めたりしてはなりませんよ」
ルークさんの声に驚く。ルークさんいたんだっけ。
それに、食べかけを人になんて、普通にダメだよね。何やってるんだ、わたしは!
元の世界では一緒にご飯いくような人たちとはシェアしたり、一口あげたり、もらったりなんて普通にやっていたことなので、まだ手のつけてないところだからいいかなんて、甘く考えてしまった。大皿料理を直バシで突っついちゃおうぜー的な気持ちになっていたけど、自分皿だし、場面違いすぎるし、やらかしてしまった。
「すいません、失礼しました」
わたしは謝る。
「いやいや、欲しがるようなことを言ったのは私だしね。そうか、君たちはそうやって食事を一緒に食べたりするのかい?」
モードさんとかな?
「おいしいものを口にすると、一緒に喜びたくて、食べてもらったり、食べさせてくれたりしますね」
「へーーーー」
目が半開きだ。
「モードは君に優しいかい?」
「はい、モードさんはとっても優しいです」
殿下は少しだけ首を傾げる。
「あのモードが女性に優しいって想像がつかないんだが」
「最初に会った時、……黄虎にみつけてもらってモードさんの元に運ばれたのですが。わたしは食べられちゃうんだと思って意識をなくしかけてました。わたしは汚れていて、お腹を空かせていて。そんなわたしなのに、モードさんはきれいにしてくれて、ご飯を食べさせてくれて、一緒に寝てくれました」
王子はうっすら頬をピンクに染め、わたしから目をそらしてコホンと咳払いした。
「あいつ、女に興味ないような態度だったくせに、冒険中はえらく自由だな」
モゴモゴなんか言ってる。
「で、君はそんな成り行きで良かったの?」
「? モードさんに生かしてもらいました。その後も生き方を教えてもらいました。それでわたしは生き延びられた。いいも何も、モードさんには感謝しかありません」
殿下は頷く。
「そうか」
それから少し目を伏せてもう一度頷いた。
「……そうか」
第二王子はモードさんが大好きなんだね。親近感が湧く。
「わたしたち、同志みたいですね」
「同志?」
ルークさんに後ろから口を塞がれた。
なんかまずかった?
「今日は平民だからね、大丈夫だよ」
そっか、王族に同志なんてまずいか。
ルークさんの手が外れる。
「気になるから言ってくれるかな? 何の同志なのかな、君と私は」
「……モードさん大好きな同志だと思って」
王子はぷっと吹き出した。
「ティア様」
ルークさんに小さい声で非難の声をあげられる。まずかったかな。でも事実じゃん。
王子は間違いなく、モードさんを大好きだもん。
「モードが君に振りまわされる様子が見えるようだよ」
残念ながらわたしにそんな影響力はないが、後ろからのルークさんの圧が怖いので、微笑んでおく。
王都では何が流行っているとか、おいしいパン屋を教えてもらって、お礼を言って1日は終わった。
帰って、こってりルークさんに怒られた。わたしの振る舞いはやはり常識から外れまくっているらしい。特に未婚女性が婚約者でもない男性に食べ物をあげるなどは言語道断みたいで、口を一切出さないはずだったのに、思わず言ってしまったらしい。最初にホロホロ鳥をあげたのもアウトであれは我慢していたそうだ。
「ごめんなさい。向こうではよくやってたんだよ」
「食べ物をあげたりするのをですか?」
「っていうか、シェアするの。違うメニューをふたつ頼んで、ふたりで分け合えば、二つの味を楽しめるでしょ。それとか、どんな味か気になるじゃない? 一口ずつ味見で最初にあげたりね。そうだね、男性はみみっちく思うみたいで一口は嫌う人が多いけど」
「何故、そんなことを……」
「想いを共有したいんだよ。おいしーとか。辛いとか、不味い、でもね。どう思って、どう感じたのか、せっかく一緒にいるんだから、どう思ったのか、楽しみたいじゃん?」
そういうと、何故かルークさんは押し黙ってしまった。
読んでくださり、ありがとうございます。
211201>シェア論のところを修正
ご指摘、ありがとうございましたm(_ _)m
220104>やってたんだよ→やってたんだよ」
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220128>ロシアンティー→ジャムティー
ご指摘、ありがとうございましたm(_ _)m
220730>そんなんが→そういうものが
丸投げ単語や
適切に、ありがとうございましたm(_ _)m




